昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

宝塚のブスの25か条

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いきなりですが、この記事は女性にケンカを売っているわけではありません(笑

 

『宝塚のブスの25か条』

というものを聞いたことがありますか?

「宝塚」とは宝塚歌劇団(以下タカラヅカ)のことで、音楽学校や舞台裏に突然、誰でも目が届く所にある日突然貼られていたものでした。

しかし、書かれていた貼り紙はいつの間にかなくなった、謎の戒めだったそうです。

なので、タカラヅカの劇団員に代々伝わっている伝統の教えでもなく、全員知っているわけでもないものです。

『ブスの25か条』をリアルタイムで見たある元団員さんが本で書いたことで有名になり、今ではタカラヅカファンはもちろん、ビジネス面でも知る人ぞ知る教えになっています。

 

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台湾の標準時が変わる!?そこから見える台湾の「脱中華」

昨日、夜も遅いしそろそろ寝ようかと思っていたところ、スマホであるニュースを見てビックリ仰天しました。

 

台湾の標準時変更か現状維持か

台湾の標準時をめぐり、市民から変更と現状維持で対立する要望が寄せられたのを受け、内政部は19日、標準時変更は形式上のものになる可能性があり、効果は限定的だとする見解を公表した。
発議者は変更の効果について、中国大陸と台湾が互いに従属していないことを海外からの旅行者に象徴的に訴えられると主張していた。

市民からの提案は、公共政策について一般市民から意見を募るサイト「公共政策網路参与平台」に提出された。
10月16日に標準時を現行のGMT+8(グリニッジ標準時から8時間進めた時刻)から、日本や韓国と同じGMT+9に変更すべきだとする提案が発議された後、同20日には同提案に反対する市民から現状維持を希望する意見が出され、いずれにも立案に必要となる5000件を大きく上回る8000件以上の賛同が寄せられた。
先月24日、提案に関する会議が行われ、発議者や賛同者、所管機関の内政部をはじめとする関係機関の職員が意見を交わした。 

japan.cna.com.tw

 

この話のきっかけは、2ヶ月前のこちらのニュースからでした。

台湾の標準時「日韓と同じに」 提言に多数の賛同集まる
中国と同じ時間帯にある台湾の標準時を1時間早めて、日本や韓国と一緒にする案が、台湾当局の検討課題として取り上げられることになった。
経済政策などを所管する「国家発展委員会」のサイトに寄せられた提言に、多数の賛同が集まったため。同委は2カ月以内に見解を示す予定だ。

www.asahi.com

 

2ヶ月前の10月、

「時間帯を日本・韓国と同じにすべきだ!」

という声が、「国家発展委員会」という政策提言サイトにあがりました。このサイトで5000人以上の賛同があると、政策としての俎上に載せることになっているのですが、その5000人の壁は3日で突破し、8000人以上になったとのこと。

その動きに台湾の内政部(内務省)は、2ヶ月の時間が欲しいと検討を開始、12月19日に内政部の見解が発表されたという流れです。

内政部の見解は、

「変わったからって、何が変わるってことないんじゃないの?」

と消極的で、台湾の標準時が変わる可能性はおそらく低いと思われます。しかし、まだゼロではない上に、そもそもなんでこんな声が出始めたのか。今回は、そこを見て行こうと思います。

 

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禁煙して半年経ったので、所感をQ&Aで書いてみる

禁煙半年達成

禁煙してからはや半年が経ちました。

と言っても、あと3日で7ヶ月達成なのですが、独断と偏見で「七捨六入」します(笑
半年とは長い禁煙街道の中でも、「まだ半年」とも「もう半年」とも思えるこのビミョーな時期ですが、ファイザー製薬によるとアメリカでの禁煙半年達成率はわずか10%とのこと。私は1割の選ばれた禁煙エリートということか(違
禁煙半年達成記念ということで、いつものブログ記事とは少し変え、自分の半年間の禁煙経験をQ&A方式で書いてみます。半年続けたら、少しは偉そうなこと書いてもいいでしょ。

 

禁煙中、もしくは禁煙したいなと思っている人のために、あるいは家族が、友達が、また大切な人が禁煙する時の心構えとして、何かの参考になればと思います。

 

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ANAは堺市が発祥だった?!日本航空輸送の魁、日本航空輸送研究所と大浜飛行場【昭和考古学】

堺という町

大阪市の南にある堺市は、日本でいちばん新しい政令指定都市・・・かと思ったら違っていました。時代は私の意思とは関係なく動くものです。しかし、その歴史は古墳時代にまでさかのぼります。

堺が大発展したのは室町時代から。商業を中心とした自治都市として栄えました。学校の日本史でも、習ったことを覚えている人が多いと思います。茶の湯千利休や、和歌の与謝野晶子を思い浮かべる人もいるかもしれません。本能寺の変の時、徳川家康が遊んでいたところ(家康は信長の死を堺で聞き、岡崎まで逃げて帰った)とマニアックな連想をする人もいるかもしれません。

室町時代後期、周囲は運河(堀)によって囲まれ、「東洋のベニス」と呼ばれていました。

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今のGoogle mapでも、堀の跡をかなりくっきり確認できます。私が小学生の頃は、これはそのまま戦国時代のものだと習いましたが、考古学の発展で江戸時代のものだと確定しています。信長が暴れていた頃の堺は、発掘調査によると一回り小さかったようです。

 

堺は今でこそ大阪府ですが、堺出身の私は大阪市内(方面)へ行く時はいつも、

大阪に行ってくる」

と言っています。梅田へ行こうが天王寺へ行こうが、USJへ行こうが海遊館へ行こうが、全部「大阪」。幼いころから言っている習慣です。親も、

「大阪のどこやねん!」

と突っ込むこともなく、はい行ってらっしゃいと。

これは、東京から家に泊まりに来た友達に、

「同じ大阪なのに『大阪に行く』っておかしくない?」

と指摘されるまで、おかしいとも何とも思いませんでした。ここは堺、あっちは大阪なんやから大阪言うて何がおかしいねんと。

今は京都市にされている伏見は、江戸時代まで京とは独立した別の都市でした。その影響か地元の人は京都市内へ行く時、

「京(都)へ行く」

と言うという話を聞いたことがあります。当然おかしいとは思わず、伏見よお前もかという親近感を感じました。

堺は大阪ちゃう!大阪なんて歴史的に見たら青二才やないかい!という、東洋のベニス以来の(?)プライドが、この「大阪へ」というさりげない言葉にあらわれているのかもしれません。私は100%無意識及び、周囲がみんなそう言ってたからですけどね。

 

堺は歴史的に「商業」のイメージが強いですが、一つの戦国大名並みに成長した堺の勢力が信長・秀吉・家康によって削られ、商人も全国に分散させられ弱体化しました。が、商人は全国に定住し、全国各地に残る「堺町」などの地名や、「堺屋(家)」などの屋号に残っています。作家の堺屋太一さんはペンネームですが、この由来はご先祖が堺出身だから。

両足をもぎ取られたかに見えた堺ですが、江戸時代には一変、工業都市として発展しました。

今でも「鉄砲町」「材木町」などの地名が残っていますが、職人の町として脱皮した堺は包丁や線香、明治以降に鉄砲鍛冶からジェブチェンジした自転車などで、近代に入っても栄えました。今でも堺に本社がある自転車部品メーカー、八田製作所やシマノ(釣具メーカーとしても有名)もそうですが、スーパードライアサヒビール、ボーリングのラウンドワンなど、堺を発祥の地とする企業も多く残っています。

大阪の「食い倒れ」という言葉は有名ですが、関西全体では京都の「着倒れ」もよく知られています。堺は「建て倒れ」と呼ばれ、近世から近代にかけて立派な建物が築かれました。もっとも、その建物はほぼ100%、空襲で焼き払われてしまいましたが。

 

堺発祥のものは、重箱の隅をつつくとけっこうありますが、今回は堺市民もあまり知らない堺発祥の物語を。

 

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大阪珍登山紀行-蘇鉄山と天保山

大阪は平野が南北に伸びる、比較的平らな土地ですが、一方で兵庫県以外の県境がすべて山でもあります。
大阪で有名な山の一つに、金剛山があります。大阪の小学校では耐寒登山で真冬の金剛山に登るのが儀式になっているのですが、最近はミリオタや二次元好きの間で、戦艦『金剛』の命名山になったところとして有名になったそうな。
標高1000mちょっととは言え、金剛山も立派な山ですが(地元の人はサンダルで登るらしいけど)、大阪にある山はこれだけではありません。他都道府県にあれば、たぶんネタにもならない、大阪にあるから輝ける名山ならぬ「珍山」もあったりします。
大阪人なら、タイトルで「ああ・・・」とすべてを察するでしょう。

 

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BEのぶの外国語論 第三章ー英語落語で英語を勉強しよう

語学論外国語論

英語をはじめとする外国語を勉強する方法・・・勉強したいけれどという人は、まずそこで迷路にはまってしまうことが多いです。本屋に行っても、英語のテキストが山というほどありますしね。
しかし、私が外国とその言葉に興味を持ち始めた30年前、小学生のガキが外国語が聞ける機会と言えば、NHKの語学講座と短波ラジオくらいでした。短波ラジオ片手に、ベランダで夜空を見上げながらチューニングしていると、ノイズの奥からかすかに異国の言葉が・・・という経験をした人は、たくさんいることでしょう。

 

今では、インターネットを通してクリック一つで世界中のラジオが、短波ラジオと違ってノイズなしで聞ける。本当に良い世の中になったと思います。
しかしこれ、海外からの視点だと「ただし、日本を除く」だったりします。
日本にも、radikoNHKらじる★らじるなど、リアルタイムでラジオが聞けるアプリがあります。が、これにはある制限があります。それは「日本国内限定」。海外に行かないと実感が沸かないですが、これらのアプリは日本でしか起動しないんです。

仮にradikoを起動させてみて下さい。まずIPチェックが行われているはずです。海外から聞こうとするとこの時点で、
「お前に聞く権利などない!」
と弾かれてしまう。つまり、日本のアプリでありながら海外在住日本人は使用不可。

私はPCやiPhoneのアプリで中国・台湾・ロシア・イギリスのラジオをリアルタイムで聞いていますが(どれを聞くかは気分次第ですが、台湾の国営ラジオの語学講座を聞くと面白い)、何の制限もありません。こんなアホみたいな制限をかけているのは、世界広しといえども日本だけでしょう。いや、北朝鮮があったか(笑)


それはさておき、ネットラジオの普及で外国語学習の選択肢が増えたことは確かです。
それだけに外国語学習の道標が増えてしまい、混乱していることも確かです。語学への入口が多すぎて、どれを、どこから手を出して良いのかわからなくなり、モチベーションがフェードアウトしていく・・・と。


「海外旅行に困らない程度、そこそこ会話ができればいい」
「最初からとっつきやすい英語の教材が欲しい」
という方のために、私は、ある新しい選択肢を用意しました。

それが英語落語です。

 

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上方で活躍した江戸落語家、東京で活躍した上方落語家

 

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私の中で、激しく燃えているわけではないけれど、メラメラと小さな炎が絶えることがない静かなブームが落語になっています。

というか、世間でも1960年代以来の「平成落語ブーム」なんだそうです。落語に(漫才のような爆発的)ブームはない、と言ったのは誰か忘れましたが、私の中の落語ブームのように、小さな炎があちこちであがっているのがいわゆる落語ブーム。
しかし、最近は若手(江戸落語でいう二つ目)に個性的な噺家が出てきているようで、彼らがそれぞれの場所で火を起こしている状態のようです。
 


落語を生で初めて見たのは約10年前のこと。初期のガンになった知り合いの女の子を、「ガンは笑いでやっつけろ」とばかりに、大阪のNGKでお笑いを見に行きました。
トリが笑福亭仁鶴師匠だったのですが、仁鶴さんとくれば某テレビ番組のMCくらいしかイメージがなく、着物を着て高座に上がる姿に違和感すら感じていました。
しかし口を開くと一変。気づけば腹を抱えて笑っている自分がいました。
「落語って、けっこうおもろいやん」
ここで、私を囲っていた偏見の壁の一角が崩れ落ちました。

それから数年後、ぶらりと東京に行った時に東京の寄席の前を通ったところ、ある有名落語家の演目があるというので、好奇心だけで入ってみました。
その有名落語家は、『笑点』でお馴染みだった桂歌丸師匠だったのですが、聞いてみると上方落語とは違い、面白いというより「聞かせる落語」でした。時間を忘れて語りに聞き入り、終わった時は一本の映画を見たような気分でした。
それから、江戸落語上方落語の違いを含めて、かじりかじりではあるものの、寄席に通ったりようつべで落語を聞いたりしています。

 

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