昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

ブログと自分史

 

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2月6日はブログの日

 

なんだそうです。

 

www.yuru-ppo.xyz

 

こんな日誰が決めたんや、そもそもなんで2月6日がブログの日やねん!

と吠えても仕方ない。ただ、ブロガーとしてこの日はちょっと見逃せない。
全日本2,300万の(?)ブロガーの諸君は、この日にいっせいに記事を上げるが良い。私もそもそも予定がなかったものを、こうして無理矢理上げているのだから(笑)

 

それはさておき、我々は、はてなブログでブログを書いているわけですが、ブログとはそもそも何なのか。

 

ブログは、狭義にはWorld Wide Web上のウェブページのURLとともに覚え書きや論評などを加えて記録(ログ)しているウェブサイトの一種。
「WebをLogする」という意味でウェブログと名付けられ、それが略されてブログと呼ばれるようになった。
その執筆者はブロガー、個別記事はブログエントリーと呼ばれる。

(By Wikipedia先生)

 

まあ、そういうことです(笑)

私のブログの定義は、「アウトレンジ発信型Webノート」だと思っています。
ブログは、基本的には何を書いても自由です。非公開で書くという方法もあるものの、基本的には無差別発信型です。書くことによって物事や自分自身を客観的に見据え、その反応によって物事の視野を広げる「書き物ツール」が、ブログなんだろうと。

そういう意味では、ツイッターFacebookなどのSNSも同じです。
しかし、ツイッターは日本語なら140文字という文字制限があり、Facobookは発信の射程距離が短い。私がブログをやっている理由は、それらの欠点が自分にとって致命的だから。ブログは自分にフィットするツールなのです。

 

 


ブログと自分史

ブログ黎明期

ブログというツールがいつ誕生し、いつ日本に現れたのかは、曖昧でこれといった定説はないようです。
しかし、日本には2002年あたりからポツポツとサービスが始まり、私がブログという存在に気づいたのが、14年前の2004年でした。
元々書くことが好きで、自分で言うのもおこがましいが、想像力(≒妄想力)は人一倍強い自負がありました。友達に請われて短編小説なども昔から書いていたのですが、書き方は頭の中のスクリーンに「映画」を映し、それを文章にするだけ。だから私のストーリーは「映画」の方が先なのです。これは、私の少年時代の流行作家だった赤川次郎氏と同じやり方で、あの大先生と同じやん!と狂喜した記憶があります。
しかし、小説は自分が書くことではない。自分が書きたいのは他にある。と気づいたのもこの頃でした。

 

そういう話はさておき、それまでは、ものを書きたくても発表する場所が限られていました。同人誌はハードルが高すぎるし、出版社に原稿を持ち込めるほどの自信もない。
掲示板に書いても所詮「便所の落書き」だし、HPを作るという手もあるけれど、当時はそんなIT素人がおいそれと作れず。
実際、スペースを借りてWebサイトを作ってみたものの、ある程度のHTMLの知識は必要だし、そもそもアクセスがほとんどなくテンションが上がらない。
私が欲しかったのは、『書くだけ』のためのWebサイトだったのです。
そこで出会ったのがブログでした。「書くだけのツール」、まさしく私が望んでいたそのものでした。

 

ブログ始めは海外から

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当時私は、中国の上海に商社の駐在員として派遣されていました。
「商社 駐在員」とくると、仕事をバリバリこなすエリートビジネスマンというイメージがありそうですが、それはただのイメージ。24時間働けますか?なんて甘い世界ではなく、選択肢なしの24時間働け!だは、本社と客の中国ビジネスに対する無知の板挟みだは、深夜2時に朝のアメリカから、ヘイ、調子はどうだい?というチョーハイテンションの電話がジャンジャンかかってくるは(メリケンどもは相手の国の時差など全く考えへんしw)、ストレスだけは常にMAX状態でした。おまけに、三○商事とか丸○などの大手じゃないので、給料も安いorz
転職サイトの「リクナビ」に昔、「本音で語る、『NG職種』」というようなアンケートがありました。
その2位に商社マンがランクイン。ああ、それわかるわと納得した覚えがあります*1
私も結果的に、胃に穴が開きましたし(笑)
それでもメリットはありました。
仕事にかこつけて中国中を飛び回り、お接待という名目でビジネスパートナーと、グルメと飲めない酒三昧。当然経費は会社持ち。
出張大好き族の私にはうってつけでした。胃に穴が開いたのはストレスじゃなくて暴飲暴食のせいじゃないかと、会社から嫌味も言われたものです。

 

中国とくれば、最近は多少しおらしくなり面白味が欠けてきましたが、それでもまだブログネタの宝庫。
中国という国を一言で表現すれば、私はこう答えます。
「3歩歩けばブログネタに当たる国」

それだけあって、ブログネタには全く困りません。
その上、この頃はブログが世間に認知され始めた頃。発信する悦びを得た私は、狂ったように中国のブログを書き始めました。
「水を得た魚」という言葉がありますが、あの時の私はまさにそうだったに違いありません。
毎日2~3記事、5000文字程度のをガシガシ書いていたのですが、クソが10個つくほど忙しかった駐在時代、ブログを書く時間とスタミナがどこにあったのか。今でも私の人生の謎となっています。
逆に言うと、それだけ書く悦びにあふれ、愉しくて愉しくて仕方なかったのだろうと思います。

 

○○が書かないなら俺が書く


当時、私はある不満を抱えていました。
当時はまだYoutubeなどの動画サイトはなく、当然SNSもない時代でした。

「メディアのフィルタにかからない生の中国が知られるようになったのは、ネットの普及」
という人がいますが、個人的には×に近い△ではないかと思います。
この前から、2ちゃんねるで中国在住者どうしで、今あれこれ言われていることを書いてはいたのですが、やはり「便所の落書き」では発信力としては乏しく、Webページでも同じ。生の中国が認知されるようになったのは、Youtubeでリアルな映像が発信され、一瞬で全世界に広がるSNSの拡散力が加わった後だと。

 

メディアは、一言で言うならば「中国の良いところ」しか日本に流していませんでした。
上海の繁華街だけ映して、
「中国はこんなに賑やかです!」
「中国はこんなに発展しています!」
と。日本に例えるならば、渋谷駅前のスクランブル交差点だけ映して「これが日本です!」と言っているようなもの。
仕事で中国国内を回り「現実」を目の当たりにしている私にとっては、中国全部が上海じゃねーよと不満たらたらでした。
中国駐在の某新聞記者に、
「なんで都合の良いことしか記事にしないんだ。ウソは書いてないけれど、ホントのことも書いてないよね。
あなたはジャーナリスト?それともただのサラリーマン?」
と食ってかかったこともありましたが、答えは「某大人の事情」。それは何か。また追って話す機会があるかと思います。

 

ホントのことを書かない以上、じゃあ、良くも悪くも俺が見て感じたままの中国を書いてやる。それが私をPCに向かわせキーボードを叩かせるエネルギーの一つでした。
当時の私のブログのコンセプトは、以下の通りでした。

1.上海の街を周り昔の建物を巡る(昭和考古学の原点ですね)

2.上海や中国の他愛もない情報発信(情報系ブログのようなもの)

そして3つ目は、

3.メディアが絶対に書かない「裏中国」「黒中国」

これは具体的には何かというと、

・上海駅近くにあった、現地人も近寄れない極悪スラム街潜入レポート

・上海のタクシーの運ちゃんが語る治安と景気の話

・街にたむろする乞食

・人身売買など(これがホントのダーク中国)

やっていることはほぼジャーナリストでした。
「そんなこと書くと、公安にしょっぴかれますよw」
という心配をいただきながら、誰も書かないなら俺が書くという使命感に燃えていました。
「誰も書かないなら俺が書いてやる」というのは、今もある意味変わってはいないです。


その後、書いていたブログサイト自体が消滅してしまいました。
消滅の話を聞いた時は既に別サイトに移っていたので、風の便りでその話を聞いたのは消滅の数日前。慌てて文章の引っ越しをした結果、上の1しか引っ越しできず。他はサイト閉鎖とともに消え、跡形も残っていません。
ブログ、そして渾身の思いで書いた文章は、サイトの都合で一瞬で消えるものなのです。

 

文章を書く愉しさを味わうのがブログ

で、その後いろいろすったもんだがあり、現在ここはてなブログでで落ち着いています。
自分とブログとの出会いを書くはずだったのが、自分史を書くこととなってしまったのですが、それだけブログと現在の私が、密接につながっているという証明にもなっています。

ブログを書く目的は、書き手によって違います。
愚痴を吐きたいというストレス発散もあれば、アフィリエイトというお金もある。人それぞれ意見はあるものの、私は十人十色で良いと。
しかし私は、
「文章を書く愉しさと、それを発信する愉しさ」
これが原点です。やはり根っから書くことが好き、No Blog, no lifeなのです。そりゃあ、自分の書き物が結果的に金になればいいなーとも思ってはいますけどね。そこは全然否定しません(笑
自分は何故ブログを書いているのだろう、とふと迷ってしまった時は、果たして自分はものを書くのが愉しいのか。その根本を問うてみるといいと思います。何を書いたらウケるのか、読者が上がるのか、PVが上がるのかを考えるのではなく、好きなことを好きなだけ書いた結果ウケた、読者が増えた、PVが上がった。

少なくとも、自分はそうでありたいし、そう思いながら、おそらくこの生命尽きるまで書き続けるでしょう。

 

 

 

*1:ちなみに1位はSEやプログラマなどIT系。