昭和考古学とブログエッセイの旅へ

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香港の天気予報のおねえさん-香港よ、あの時の君は輝いていた

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ニュースの天気予報には、きれいなおねーさんがつきものですね。これはどうやら日本だけではなく、ほぼ全世界共通のようです。

・・・と以前某SNSで書いたことがあるのですが、ドイツに住んでいる知り合いから、

「ドイツじゃひなびたおっさんばっかりだよ~!」

と早速否定されてしまいました(笑

 


中国広東省では、お隣香港のTVがほとんど制限なく見れました。

私が中国に留学していた頃は、香港がまだイギリスの植民地の頃でした。よってまだ香港は外国です。

しかし、中国広東省ほぼ全域で香港のテレビが見れるのです。

これを専門用語で「スピルオーバー」といいます。

 

スピルオーバー

スピルオーバーとは、電波が想定外の範囲に届いてしまうこと。 あふれ出たものを意味する言葉で、放送分野ではこのように使われる。

経済用語などとしても、使われることがあり、英語では「spillover」と書く。 エリアが定められた放送で、本来電波を受信できないはずのエリアで受信できてしまうことを、こう呼ぶ。

 KDDIのHPより

 

広東省の人は香港のテレビを見ることができるので、中国国内のテレビはほとんど見てません。香港の方が番組のバラエティが豊富で面白いし情報も正確だから、当然の流れ。ただし、昭和時代のジャーナリズム用語で”香港情報”は、

「ほぼガセネタ(ただし、本当かもしれないので絶対ウラを取れ)

というコードらしいので、香港もあまり人の事は言えない。まあ、「国営ウソ」よりは「ガセネタ」の方がマシということか!?

中国政府も由々しき事態と思っていたはずですが、いきなり放送を遮断すると広東人が香港と組んで「独立宣言」しかねないので、一部を除いてほぼ垂れ流しでした。

その「一部を除く」は、

  • 反中国的な報道(反中デモとか)
  • 台湾関係(総統選挙投票日は、8時間くらいシャットアウトされたことも)
  • 中国にとって都合が悪いもの(天安門事件ダライ・ラマ、中国のTVが報道しない事件etc)

中国メディア界の「一部を除く」は、だいたいこんなリストで相場が決まっています。

香港のニュースで上記が流れると、急に画面が真っ黒になり、終わると元に戻るという仕組みでした。当局が電波をチェックし、中国に都合が悪いニュースを流さないようにしているのです。

しかし、監視している人には盲点がありました。それは英語がわからないということ。香港には英語ニュースもあったのですが、そちらはほとんど垂れ流し、という素晴らしいオチがありました。

 

香港は自他共に認める国際都市、日本の番組も放送されていました。ネットがなかった頃は、これが貴重な日本の情報でした。

私がいた20年くらい前は、毎週土曜日の夜にドラゴンボールを1時間ほど、日本語のまま放送していました。もちろん、下に英語と広東語の字幕付きで。

海外で見る日本語の放送は、砂漠の真ん中に鎮座するオアシス。あまりにありがたくて、ドラゴンボールを正座して見ていたものです(笑

 


 

 

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私が中国にいた頃の香港の地上波テレビ局は、「亞州電視台」(ATV)「無線電視台」(TVB)という2つのテレビ局があり、長い間ライバル関係にありました。「亞州電視台」は香港第一号テレビ局で、NHK BSのワールドニュースでも「香港のニュース」として取り上げられていたので、日本でも知る人ぞ知る存在でした。

個人的には、ニュースのオープニングの音楽が好きでした。世界には物好きがいるもので、『亜州電視台』のニュースのオープニング20年分を集めた動画がありました。

私が覚えているのは、1995年バージョンからですね。

www.youtube.com

 


しかしATVは、
TVBに視聴率で大きく水を開けられ経営難になり、そのスキに中国資本がドッと入り込み、一気に親中国テレビ局に。それを嫌った視聴者のATV離れが進み、ますます経営不振という悪循環の末、去年の4月をもって廃局してしまいました。日本に例えたら、NHKが潰れるようなものです。

その終わりたるやまことにあっけなく、お別れの挨拶などもなく、停止になった2016年4月2日0:00、突然画面が真っ黒になっただけ。

 

www.youtube.com

 

その瞬間を上の動画で見ると、死とは突然やってくるものだと寂しい思いがしました。亜州電視も中国在住時はよく見ていたので、その「死」に花束の一つでも添えたかった気分です。亜州電視よありがとう、安らかに眠れ。

今はガリバーとなった「無線電視台」と、その他小さなCATV局という構図となっております。

 

中国にいた頃は「無線電視台」の広東語チャンネル、「翡翠台」の天気予報のおねーさんに釘付けでした。

ふとそのことを思い出し、当時の天気予報映像がネットに転がってないかな〜と、中国語を駆使して探してみました。

しかし、20年前の映像、ましてや香港の天気予報。その上推しメンのおねーさん単騎待ちとハードルは超高め。そんなのあるわけないか。心の中では半分は諦めてました。

 

 

 

 

 

すると・・・ホンマにありました(笑

生まれて初めて、Youtubeというサイトに身震いしました。

 

 

 

 

www.youtube.com

 

「ウーさん」と勝手に呼んでた吳咏梅(北京語読みで「ウーヨンメイ」)さんです。広東語だと呉を「ンー」と読みむので、本当は「ンー」さんなのですが、そう呼ぶのもあれなので、以下「ウーさん」と呼びます。

 彼女の「中国語」を聞いて、

「何言ってるか全然わからない(泣)」

という中国語学習者もご安心下さい。これは北京語ではなく広東語。わからんのは当然です。北京語と広東語は同じ「中国語」といっても、英語とイタリア語くらいの差はありますからね。

でも、中国語の知識がゼロでも、漢字を見るとなんとな~~く概要がわかると思います。そこが世界で唯一現存する表意文字、漢字のすごいところ。

 

「ウーさんを美人と思った日本人第一号に違いない」私は、夕方の天気予報コーナーの2分弱が毎日楽しみで、正座して彼女の登場をお待ち申しておりました。

この映像は、まさしく中国で見ていたリアルタイムの天気予報です。

なんでわかるのかって?それは後ほど。


天気予報のおねーさんは3〜4人の持ち回りで、必ず彼女が出てくるとは限りませんでした。それも順番がランダムで何曜日に出てくるか読めない。

その分、天気予報の軽快な音楽と共に、画面にウーさんが出てきた時にはもうテンションが0.1秒でMAXでした。あまりのウーさん神推しぶりに、当時付き合っていた元カノのA子が嫉妬でふてくされ、テレビを消されたこともありました(笑)

 

数人いたお天気おねーさんの中でも、ウーさんはとびっきりの美人な代わりに、とびっきりの愛想の悪さでした。他の二人は笑顔を振りまきながらなのに、彼女はなんだか冷たさを感じました。

今こうして見てみると、まだ経験が浅く緊張して表情が固かった感がありますが、当時22歳の私はそんなことつゆ知らず。

だが、この冷たさがいい。表情が豊かでない女は生理的に大嫌いなはずなのですが、ウーさんなら許す。これを「あばたもえくぼ」と言います(笑)

 

彼女が出た日の私の機嫌は非常によろしかったようで、同じ天気予報を見ていた他の留学生が、

「あいつに用事頼むなら今だ!」

と、部屋にやって来てはいろいろ変な用事をお願いされました(笑

 


ウーさんを美人と思っていたのは私だけではないようで、上の動画のうP主の説明にもひと言、

「美女」

と書かれていました。

美女という一言に込められたうP主の深い想い、よくわかるぞ同志よ。

 

しかし、この動画にはある歴史的に重大な事実がありました。我々が鬼籍に入る頃には、第一級歴史資料になっているかもしれません。

ウーさんと20年ぶりに再会できて年甲斐も無く心がときめいてしまい、その重大さに気づきませんでした。この私としたことが。

 

動画の左上に注目。

 

呉咏梅さん

 

何やら時間表示が。時間が減っているので何かのカウントダウンの模様。

 

香港無線電視台の吳咏梅さん

 

表示の国旗が、イギリスから中国の「香港特別行政区に変わっています。

 

そう、この数字は香港が中国に返還されるカウントダウンを表示したもので、動画は香港がイギリス領だった最後の日、今からちょうど20年前の1997年6月30日のものでした。この動画の天気予報は、次の日の7月1日、つまり返還当日のお天気のお知らせだったと。

更にカウントダウンの時間から逆算すると、香港時間20:06に放送されたものということですね。日本時間との差は1時間、21:05前後にこの記事を見た方は、ピタリ20年前の香港の天気予報を見ていることになります。

上の動画は編集バージョンですが、ようつべにはノーカットフルバージョンも転がっていました。こちらのうP主は、歴史的価値あるという意味でアップしていますが、フルバージョンには世界中の天気予報も放送されています。さすがは世界が認めた国際自由都市香港(半分過去形になってるけど…)。それによると、20年前の7月1日の東京の天気は曇り。最高気温29℃だそうです。

 

そうか、ウーさんは香港がイギリス領だった時の最後のお天気おねえさんだったのか。なんだか感無量であります。

 

 

珠江デルタ地図

その時私は、香港返還の日は中国と香港の国境が閉まるというウワサが広まり、念のために留学先の広州で待機。

なので、おそらくこの天気予報は絶対にリアルタイムで見ていたはずです。ウーさんのこの白い中華服(?)、なんだか記憶の片隅に残っているので。

 

この天気予報によると、香港返還当日の天気は「曇り時々雨、のち晴れ」とのこと。

しかしこれがとんだハズレ

確か返還当日は一日中、バケツをひっくり返したような大雨だった記憶があります。

 

これに懲りずにウーさんの動画をYoutubeで探していると、いくつか出てきました。

世の中の男どもの考えていることに、国境はないようです。

 

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ウーさんの10年後、2007年バージョンの姿です。

すっかり熟女・・・じゃなかった、大人のレディーになっています。

うーん、俺の見る目は決して間違いではなかった。自分でもよくわかりませんが、なんだかワイン片手に一緒に乾杯したい気分です。

 

 

ちなみに、今年2017年の同じテレビ局の天気予報はこうなっています。

 

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映像はHDになってきれいにはなってるけれど、やはり私には、香港の天気予報のお姉さんはウーさんでないといけないみたいです。

あかん、あかんねん。全くドキドキせーへんねん・・・天気予報にドキドキを求めてどないすんねん(笑

 

それにしても、まさかYoutubeで、20年ぶりにウーさんのご尊顔を拝めるとは予想だにしていませんでした。ありがたやありがたや(-人-)

私の中国青春時代がぎっしり詰まったこの動画を何十回も見返し、お腹いっぱいです。いやー、もうこの世に未練はございません(違

 

ただいま私のテンションMAX、ご機嫌MAXです。何か用事を頼むなら今です(笑

 

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