昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

子曰く!恋愛に役立つ中国古典のことば16選

中国古典

 

 

MannerStyleさんが、ことわざから恋愛テクニックを語っていました。

 

www.mannerstyle.jp

 

実は、ブログネタの一つとして前のブログから

「中国古典の言葉で紐解く恋愛の極意」

という記事の構想を描いていました。

ノートにネタの下書きくらいは書いていたのですが、まだ記事として出すには時期尚早と思い数年が経ち、カビが生えてしまいお蔵入りしていました。

 

よし、

「そっちがことわざなら、こっちは中国古典や!」

とケンカ売ってるわけじゃないですが、お蔵入りネタを浮上させる良いきっかけになりました。

ここにて御礼申し上げますm(_ _)m

むしろ、お互いを読むことによって、恋愛に悩んでいる人たちへの、ピンク色の清涼飲料水になるかと思っています。

 

中国古典とイメージするものは、

「子曰くうんぬん」

となんだか堅苦しい言葉が並ぶ、お説教のようなイメージが強いと思います。

確かにそういうものもあります(笑

しかし、今に残る中国古典の言葉は、数百年から数千年の風説に耐え、磨きに磨かれた宝石のような人生訓、人間学の結晶なのです。取るに足らない書物なら、そもそも数千年も残ってません。

 

中国の古典は、今残っている10倍はあったと言われています。

しかし、戦乱や資料の散逸(目録だけ残っている)、そして「危険思想」として時の権力者に消されたりして、残ったのは今に伝わるものだけなのです。

 

昔から指摘されていたことですが、中国古典は星の数ほどあれど、どの書物にも恋愛のことは一言も書いていない!まるで放送禁止ワードのごとし。

しかし、中国古典は人間学のエキス、書いていなくても恋愛にきちんと応用できます。読み手の心情や状況によっていくらでも変化する、それが中国古典のいいところなのです。

 

それに、調べてみると…中国古典で恋愛観を書いたブログは皆無。

 じゃあ・・・

いつ書くの?今でしょ!

 

 

 

論語

1.利に放(よ)りて行なえば、怨(うら)み多し

 (『論語』里仁第四12)

「(自分の)利益追求ばかり優先させると、人の怨みを買うことになるよ」

 

ザ・キング・オブ中国古典、『論語からです。

恋愛でも、自分のことばかり考えて相手のことをないがしろにしていると、好きな人どころか、本当は応援してくれるはずの周りの人まで敵に回してしまうよ。

ということです。

 特に女性は、「恋愛無罪」という考えを持ちがちです。

「恋のためなら何をしてもいい。恋のためのことは無罪である」

好きな人を避けたりつっけんどんな態度を取っても、女性どうしだと

「わかるわかる!」

と理解してくれますが、自分の気持ちがわからない男性は理解してくれません。

それを棚に上げ、理解しない方が悪い!とつい自分勝手な考えに走ってしまう。これが「恋愛無罪」です。

 

これと似た言葉が同じ『論語』にあります。

君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩(さと)る

 (里仁第四-16)

「君子は人としての常識をわきまえて行動するが、小人は自分利益優先で行動する」

これを恋愛話に変換すると、

「大人の恋愛は相手のことを思いやるけれど、ガキの恋愛は『私が、私が』と自分勝手になってしまう」

ということです。

 

論語

2.義を見てせざるは勇なきなり

(『論語』為政第二-24)

「正義を行うべき時に行動しないのは臆病者だ」

と直訳ではこうなりますが、ちょっと堅苦しいので恋バナ風に変換します。

「ここぞという時に誘ったり告白しないと、ただの臆病者になってしまうよ」

特に男性は肝に銘じたい言葉ですね。

女性は好きな男には、非常に微弱な電波(サイン)を出します。ただし、肉食系女子は電波というより電磁波ですけどね(笑)

「モテる男の秘訣7カ条!」

などと大々的に書いているサイトやブログもありますが、一つにまとめるとこれ。7か条も要らん。微弱な電波を受信できるかどうか。これがモテる男の秘訣と言っていいでしょう。

誘って欲しい時や告白して欲しい時も、非常に微弱ですが信号を送っています。

そこに気づきつつも、断られるのが怖いとか、嫌われたくないとか、勘違いして恥かくの嫌だとかでチャンスを逃すと、

「なんだつまんない・・・」

と相手の恋は冷めてしまいます。

ここぞとばかりに勇気を出せ!孔子からの2500年の時空を超えたエールです。

 

なんだか堅物のおじいちゃんって感じの孔子も、こう解きほぐすと

「話がわかる人じゃねーか!」

と思いません?(笑

 

 

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3.天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず

 (『孟子』公孫丑章句下)

「天から与えられたチャンスも、立地条件の良さにはかなわない。しかし、それさえも人の結束力には及ばない」

 

これは高校の古典の授業で必ず習うレベルの、有名な言葉です。

孟子』は「孟さんの屁理屈全集」というサブタイトルをつけて良いほど、ああ言えばこう言うのオンパレードです。読んでてうんざりします(笑

しかし、日本人は孟子が大大大好物。上の言葉も公務員試験や大学入試にも出てくる定番フレーズです。一般教養として、恋愛うんぬん抜きでこの言葉は覚えておきましょう。

 

じゃあ、これは恋愛に変換するとどういうことを言っているのか。

孟子がいちばん強調したい言葉は、最後の「人の和」です。

つまり、どんなにチャンスがあっても(天の時)、クラスや会社で相手と隣の席になっても(地の利)、周囲の人に助けてもらうこと(人の和)が恋愛成就の秘訣だよ、ということを言いたいわけです。

自分の力だけで恋がかなうなら万々歳ですが、状況が八方塞がりになってもうじうじせず、周りに相談したり素直に助けてもらう。すると、あれだけ悩んでいたのがウソのように、道が開けるかもしれません。

 

 

 

易経

4.天を楽しみ命を知る、故に憂えず

(『易経』繋辞上伝)

「天命を自覚し、それに安んじればくよくよすることはない」

 

恋愛をしていると、得意の絶頂になったり、逆に何をしても上手くいかなかったり、山あり谷ありです。

しかし、山でも谷でも「天命」を自覚できていれば、必要以上にくよくよすることはなく、淡々とした気持ちでいられるし、気持ちの切り替えも早くなります。

「まあ、しゃーないわ~」

と、こんな感じになれます。

恋愛がかなっても、フラれても、それは「天命」だとわかれば感情がジェットコースターのように極端に上がり下がりすることはありません。冷静に事態を観ることができるということです。

 

知命」と対になっている言葉が立命です。「知命」「立命」は一つのコンビといっていいでしょう。

その「立命」から取った学校の名前が、かの「立命館」です。

 

 

書経

5.必ず忍ぶありて、それ乃(すなわ)ち済(な)すあり

 (『書経』君陳篇)

「困難に耐え忍んでこそ、大事を成し遂げることができる」

 

恋愛は数々の困難、ハードルが待ち構えていますが、それから逃げず耐え忍ぶ事こそが恋愛成就の真髄だと言うことですね。

人間は、困難や厄介なことは避けたい、逃げたいと思います。それは仕方ありません。「楽をしたい」というのは脳の本能であって、ヒトが動物として持っている原始的な機能です。だからこそ、「努力」ってしんどいし苦労するのです。何故ならば、本能に逆らっているから。

しかし、昭和天皇ではありませんが、「耐え難きを耐え、忍びがたきを忍び」でじっとチャンスを待つことも必要です。

 

 

老子

6.大器は晩成す。大音は希声なり。大象は無形なり。道は褒(さか)んにして名なし

(『老子』第四十一章)

「とてつもなく大きな器は、完成するのもまた遅い。とてつもなく大きい音は耳で聞き取ることはできない。とてつもなく大きい形は目で見ることはできない。『道』は途方もなく大きいので、名前をつけようもない」

 

「大器晩成」という言葉の元になったフレーズとして、あまりに有名です。

数ある中国古典の中でも、最上級の難易度を誇る『老子』の一節ですが、『老子』は人生経験を積み、世間の酸いも甘いも味わった人こそわかる古典と言われています。

血気盛んで勢いがある二十代の時に読んでも、

「何わけのわからんこと言うとんねんこのおっさん」

とまったく意に介さなかったのが、アラフォーと呼ばれる年齢になり改めて読んでみると、

「めちゃわかる!」

読んで涙さえ出てくる摩訶不思議な古典、それが『老子』です。

 

上のフレーズを読んでも恋バナ以前に、「大器晩成」以外何が言いたいのかわからないと思います。何を言うとんねんこのおっさん、と(笑

 

上の訳を、ちょっと変えてみましょう。

とてつもなく大きなは、完成するのもまた遅い。とてつもなく大きいは耳で聞き取ることはできない。とてつもなく大きいは目で見ることはできない。の道は途方もなく大きいので、名前をつけようもない」

本当の恋、つまり愛というものは、言葉で表現できるものではなく、形で表現できるものでもない。そして、愛はすぐにはできない、じっくり時間をかけて育ててゆくものであるということ。

これと似た言葉が、ユダヤの格言にあります。

「恋愛へは急げ。結婚へは歩け」

恋は冷めやすいから急ぐべきだけど、『愛』が伴う結婚は、歩きながらゆっくり形作れ、とユダヤの賢人も言っておるわけです。

 

ね、意味不明のフレーズでもなんだか深い、これが『老子』の真髄です。逆に言うと、『老子』の内容が身体に染み込むようにわかってきたら、人間として経験値を積み、一皮剥けたと思っていいと思います。

 

 

老子

7.大国を治むるは、小鮮を烹(に)るが如し

(『老子』第六十章)

「大きな国を治める時には、小魚を煮る時の様に無闇にかき回さず、じっとしてると良い」

終戦時の総理、鈴木貫太郎(元海軍大将)が、

「早く戦争終わらせないと日本が滅ぶ!」

と焦る側近に、引用した言葉がこれです。

旧帝国海軍の提督は何故か『老子』の愛読者が多く、鈴木貫太郎も軍艦の艦長の時も総理の時も、机の横に常に『老子』を置いていたと言います。

 

恋をしていると、どうしても気がはやってしまい、土台から崩してしまうことも多々あります。恋は「小鮮を烹るが如し」、つまりあまり突っつくと恋の魚の形が崩れて食べられなくなりますよ、ということです。

早く食べたいから、小魚を突いて早く熱を通したいという気持ちはわかります。が、じっくりゆっくり、弱火で煮ましょうや。

 

 

老子

8.取らんと欲する者はまず与えよ

(『老子』第六十章)

「何かを得ようと思うなら、まず差し出しなさい」

 

新約聖書』にも、

「与えよ、さらば与えられん」(マタイの福音書7章7節)

という言葉がありますが、『老子』のは自分の欲望を叶える手段としてこれを使え、とより老獪です。

更に『老子』お得意の逆説表現を使うことにより、ただ与えるだけじゃないんですよ感がプンプンします。ある種の策略ですね。

 

例えば、好きな人がいるとしましょう。
好きな人に何とか自分の気持ちを伝えたい、でも恥ずかしい。でも伝えたくてたまらない・・・。
この気持ちが恋愛ってもんだと思うのですが、まずは相手に振り向いてもらわなくてはいけません。

「好きな人の笑顔が見たい」

「好きな人に向こうから挨拶して欲しい」

「相手からアプローチして欲しい」

いろいろ願望があると思いますが、自分の願望を叶えたければ、まず自分からやれ!

老子は言っております。

 

「好きな人の笑顔を見たい・・・」

→「自分から好きな人に笑顔になればいい」

 

「好きな人に向こうから挨拶して欲しい・・・」

→「自分から相手に挨拶すればいい」

 

「相手からアプローチして欲しい・・・」

→「自分からアプローチすればいい」

 

至ってシンプルであります。

「相手にこうして欲しい」「こうなって欲しい」と自分の欲を押しつけるのは、レベルが低い自己中な恋愛。高レベルの恋愛は、「まず自分から与える」ことだと思います。
「相手からデートに誘って欲しいな」って思うだけで何もしないと何も叶いません。そんな自分の都合だけで世界は動きません(笑

 

 

莊子

9.機械あれば必ず機事あり。機事あれば必ず機心あり

 (『莊子』 天地篇)

「効率の良い仕掛けが使われ始めると、それに伴ってたくらみごとが起こってくる。たくらみごとが起こると、人間の心までそれに振り回されてしまう」

 

「ありのままで〜」という歌が流行りましたが、そのスタイルを数千年前に言っていた『莊子』の言葉です。

 

言及先にこう書かれています。

「幼馴染との恋愛を成就させる7つのコツ」

「男が放っておけない、愛され女子の特徴5選」

「モテる男はやっている、女性を虜にする3つの仕草」

なんてタイトルがずらりと並んでいました。

中には読みたくなるようなタイトルの記事もあるのですが、いざ読んでみると、どこかで読んだような内容のものが多い気がしました。

それぞれの記事に書いてある内容はごもっともなんですが、どうも心に響かなくて。

 そういうことです。

え?わからん?わかりました、面倒臭がらずに解説します(笑

 

ちょっとググると、恋愛のテクニックがごまんと出てきます。

恋愛にテクニックは確かに大切なのですが、それに溺れて大切なもの、相手への思いやりや敬意、自分の恋する気持ちを忘れてはいませんか?と莊子は警告しているわけです。

テクニックばかりに気を取られず、包み隠さない真心をストレートにぶつける。それをぶつける「勇気」を持つ。

莊子はまるで宇宙から人間世界を見ているような、超俯瞰的見方の持ち主ですが、ここではきちんとエールを送ってくれています。

 

 

韓非子

10.善く吏(り)たる者は、徳を樹(う)う

(『韓非子』外儲説左下篇)

「立派な官吏(役人)は、人民に徳を施すことにつとめる」

韓非子』は「血も涙もない古典」と言われています。

師匠である荀子の「性悪説」を発展させ、徹底した人間不信による「人間操縦法」を説いています。その方法は「法」と「術」。今風に言うと徹底した「アメとムチ」。

秦の始皇帝がこれを読み、

「感動した!こいつに会いたい。どんな手段を使っても絶対連れてこい!」

と命令したことは有名です。

 

『表人間学』の王様は『論語』ですが、『裏人間学』の王様がこの『韓非子』。

しかし、日本では真逆の「性善説」が主流なので、戦前の教養人は本棚に置かずカギをかけた引き出しに隠し、一人でこっそり読んでいたといいます。

しかしその分、『韓非子』は人間の『悪の本性』を余すところなく突いています。

ちなみに、今は堂々と読んで大丈夫です。むしろ、ビジネスマンなら『韓非子』くらい読んでおけと言われる空気になっています。特に国際ビジネスマンは必携の書です。外国人、特にアメリカ人と中国人は『韓非子』で動きますから。

 

恋では、些細なテクニックにこだわらず、ふだんから真心を持って相手にぶつかっていけば、必ず相手に響くよということを、韓非子は説いています。

まずは相手の心に「徳を植える」ことから始める。それは恋のための土台作り。土台を作らずして恋は成就せず、ということですね。

「徳を植える」とは具体的には何か。

私は「あいさつ」がその一つだと思っています。

好きな相手に会ったら、笑顔であいさつする。面識がないと、最初は無視されるかもしれません。それでも何度もあいさつを続けていると、いつしか親しく会話できる間柄に。「徳を植え」ていたら花が咲いたということです。

 

しかし、『韓非子』の本音は、

「人民(部下)を黙らせたかったら金ばらまきゃ(給料上げりゃ)いいじゃんww」

と言ってるわけで、そう書いたら身も蓋も、恋愛もへったくれもない(笑

 

 

孫子の兵法

11.将とは智・信・仁・勇・厳なり

(『孫子』始計篇)

 

戦いのイロハを唱えた有名過ぎる古典、『孫子の兵法』からの言葉です。戦いの古典ではありますが、ビジネスにも応用できるとビジネスマンが読むことが多い書です。

しかし、恋も「戦い」である以上、応用できないはずはない。

 

これは「人の上に立つリーダーは、『智、信、仁、勇、厳』の能力を持っていないといけない、としているのですが、恋バナではこの5つの条件は何か。

 

:状況を読む力、洞察力。猪突猛進を戒める冷静・客観的なものの見方ということですね。

 

:嘘をつかず、約束は守り、相手の「信」、信用と信頼を得なさいということです。

 

:思いやりです。相手のことを考え、相手の気持に寄り添う。

顔色が悪そうな時は、「どうしたの?体の調子悪いの?」と声をかけるのも「仁」です。

 

:読んで字のごとくです。しかし、デートに誘ったり告白したりと進む勇気だけではありません。

中国では、「進む勇気」だけしか持たない人間は、「犬武者(日本では猪武者)」と言って軽蔑されます。バカのテンプレとして歴史書に掲載され、未来永劫恥を晒すことに。

中国では、「退く勇気」の方が重視されます。なので中国人、形勢不利と見るや、とりあえず逃げます。その逃げ足の速いこと(笑)

恋愛でも、猪武者のように猪突猛進するだけではなく、冷静に状況を観察し、時には退く。これが本当の「勇」です。

 

:「仁」とは矛と盾の関係ですが、やさしさだけでは相手が甘えてしまいます。よって厳しさも持てということ。

恋をしていると、好きゆえにどうしても情に流されてしまう面があります。それは致し方ないところがありますが、それを断ち切る。相手が悪いことをしようとしたら、

「それはやっちゃダメ!」

と止めること。それでも止めなければさっさと身を引く、別れる。それが「厳」です。

 

 

菜根譚

12.苦心の中(うち)に、常に心を悦(よろこ)ばしむるの趣を得(う)。得意の時に、便(すなわ)ち失意の悲しみを生ず

(『菜根譚』前集58)

「苦労しているさなかにこそ、喜びがある。得意絶頂でいると、とたんに失意の悲しみが訪れる」

 

菜根譚』は、古典の中でも新しい部類のもので、日本では織田信長が生まれた頃の書です。著者は名前だけ伝わっていますが、経歴は全くの不明。「いた」ことだけは確かなようです。

これは中国より日本でよく読まれた古典で、江戸時代初期には伝わっていました。日本人の愛読者は非常に多いですが、中国では全くの無名。明治時代に中国人留学生が『菜根譚』を知り、中国に逆輸入しました。

 

中国語という面からこの書物を見ると、少し面白いことがわかります。

それまでの古典は、いくら中国語ペラペラでも原文はチンプンカンプンです。

「中国語わかるんやから、漢文もわかるやろ!」

とよく言われますが、ここで言います。わかるかい!!(笑)

そういう時は、

「じゃあお前は、『源氏物語』の原文読んで全部理解できるんやろな?」

と反論しています。

しかし、『菜根譚』は現代中国語の知識だけで半分以上わかるようになります。

これは、500年前になると中国語自体が現代に近づく過渡期とか、『菜根譚』が(当時の)口語文で書かれたのではないかと言われています。

 

このフレーズは、プラスの中にマイナス要素が潜み、マイナスの中にもプラスの種があるという、いかにも東洋らしいものの考え方です。

辛い恋愛の時でも嬉しいことはある。それを見逃さず大切にしなさい。逆に恋愛がかなってテンションが絶頂の頃に我を忘れると、とんでもない落とし穴が待っているよ、ということです。

剣道の「勝って反省、負けて感謝」に通じる言葉かもしれません。

 

 

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13.忍激の二字は、これ禍福の関なり

(『呻吟語』存心篇)

「じっとこらえて我慢するか、一時の感情を爆発させるか。どちらを取るかで幸と不幸の分かれ目となる」

 

呻吟語』は呂新吾という明の時代の官僚が書いた書物で、『菜根譚』より少し後(豊臣秀吉絶頂期の頃)に書かれた書です。『菜根譚』の著者とは違い、経歴もはっきりしています。

『呻吟』とは、病気などで苦しむうめき声のことで、人生の酸いも甘いも味わい尽くした著者が、これは私の『呻吟』ですと序章で述べています。

 

恋は忍耐なり。誰が言ったか至言ですね。

しかし、理不尽な仕打ちを受けたり、あり得ないことが起こったりするのも恋愛。そこでじっと耐えるか、感情を爆発させてキレてしまうか。それが恋の幸と不幸の分かれ道となります。

キレたり気持ちはわかります。しかし、そこはじっと耐えるべきです。キレてしまうことによって、99%完成していたハートが、木っ端微塵に粉砕されてしまうこともあるのだから。

ツメがいつも甘い私は、こんなこと何度も経験済み(笑)

 

 

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14.その利を思わんと欲すれば、必ずその害を慮(おもんばか)り、その成るを思わんと欲すれば、必ずその敗るるを慮る

(『諸葛亮集』便宜十六策)

「利益を得ようとするなら、損の方も計算に入れなさい。成功を夢見るなら、失敗のことも考えておきなさい」

 

日本人にとってある意味いちばん有名な中国人が、三国志諸葛孔明でしょう。

その孔明が遺した言葉を集めたと言われる、『諸葛亮語録』がこの書物です。

 

恋は盲目とは言い尽くされた言葉ですが、盲目になるとバラ色の先しか見えません。失敗したら、フラれたら・・・なんてことを考える人は少ないと思います。

諸葛孔明は、「利益↔損害」「成功↔失敗」を考えてバランス思考を採りなさいと勧めています。恋では特に頭がヒートアップしがちなので、「反対のこと」を考えることによって、頭をクールダウンさせることも大切です。すると、今まで見えて来なかったことも見えてきます。

それで百年の恋が冷めても、それは「天命」と思ってさっさと次行きましょう(笑

 

 

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15.天下、意の如くならざる事、十に常に七・八なり

(『十八史略』巻三 西普)

「この世の中で思い通りにならないことが、10個のうち7~8個ある」

 

十八史略』は中国の古代から宋の時代までの歴史を簡単にまとめたもので、『略』は今で言えば「ダイジェスト版」という意味です。

これも中国でより、日本で広く読まれた書です。

こんなエピソードがあります。

文学者の幸田露伴が、大学生の孫娘(随筆家の青木たま)に、学校では何を習っているのか聞きました。

孫が「『十八史略』とかを勉強しています」と答えると、彼は大笑い。

 

「そんなの、ワシが5歳(満4歳)の時に鼻くそほじくりながら読んでた本だぞ!!」

 

江戸時代から明治初期では、小学生の「あいうえお」レベルが『十八史略』だったのです。

しかし、読んでみると中国の長い歴史がダイジェストにまとめられていて、かなり面白い本であります。今でも

「中国の歴史を勉強したいのですけど、おすすめの本ありますか?」

と聞かれれば、四の五の言わずにこれを読めという初心者本です。

 

閑話休題

この言葉は、三国志の後の時代の総司令官が述べた言葉です。何十万もの軍隊を操る将軍でも、

「やりたいこと10個のうち、7~8個は上手くいかないんだよ」

と、おじいちゃんが若い孫に諭しているような、やさしい言葉です。

恋愛でも、自分が頭の中で描いていたことの7~8個くらいは上手くいかないと思います。イライラしてストレスが募ると思います。

しかし、それでイライラせず、

「10個のうち7~8個は上手くいかないんだ」

と割り切ることも、恋愛のテクニックの一つではないでしょうか。

恋愛は上手くいかなくて当然。行ったら素直に喜び、行かなくてもクヨクヨ落ち込むことはしない。淡々と流しつつ、次の手を考えましょう。

 

 

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16.酒極まれば則ち乱る

(『史記』滑稽列伝)

「酒を飲みすぎると醜態を晒すことになる」

 

「ザ・キング・オブ中国古典」が『論語』なら「ザ・キング・オブ歴史書」が『史記です。

登場人物の数は2000人以上、それぞれにドラマがあります。言い方を変えれば、『史記』には2000人分の『歴史』が詰まっているということです。

 

この言葉、翻訳なんて要らなくね?というほどそのままです(笑

お酒はコミュニケーションの潤滑油ですが、飲みすぎるととんでもない失態を演じることになります。

 

私自身、酒で恋愛の大失敗をしたことがあります。

10年以上前、いい感じの関係だった女性がいました。ブログで出会った恋なのですが、あとは告白するだけという状態で上海へ出張。その時、彼女を驚かせてやろうとケータイに国際電話をかけました。

しかし、その時ベロンベロンの泥酔状態で、自分でも彼女に何を言ったか、全く覚えていません。

そして帰国の日、彼女が関空まで迎えに来てくれ、そこで告白する手はずで気合は十分。が、到着してメールしても電話をしても、全く反応せず。結局電話で暴言を吐いて愛想つかされたようでした・・・。

さらに、私用電話でかけたつもりが会社のケータイでかけてしまい、始末書+電話代7万円自腹という詰め腹を切らされるハメに。

今だから笑い話+ブログネタにしていますが、当時はめちゃ落ち込みましたよ。

この記憶だけ、重しをつけて大阪湾に沈めたい気分でした(笑

 

 

こう書くと中国古典もカビが生えた書物ではなく、柔軟性のある生き生きとした「現代の書」でもあることが、おわかりいただけたと思います。

逆に言うと、人間って数千年経っても進化してないのよねーということも、痛いほどわかるのですけどね(笑

 

現代文訳参照

『中国古典の名言録』(守屋洋守屋淳 著)

 

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