昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

雑記型と特化型・・・何故分けないといけないの?

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少し言葉は古いですが、「ブログサーフィン」が最近の楽しみになっています。

読者登録しているブログはもちろんですが、いつも私のブログを訪問してくれる方のブログや、他のブログに押してあるスターを適当に踏み、そこのブログを見てみるのも楽しくて仕方がない。

中国に留学していた20代前半、バス停でバスを待ち、行き先も何も考えず来たバスに乗り、適当なところで下りる。そこのバス停でまた適当にバスに乗る。という遊びをしていました。

行き先なんて全く考えず、来たバスに乗るだけなので、気づいたらここはどこ?と地名すら聞いたことがない場所に着いていた・・・なんて事はしょっちゅう。

仕方ない、タクシーで帰るか!と思ったら、そのタクシーが全く走っていない。地元の人に道を聞こうとしても、中国語すら通じない(方言オンリー)。やっとタクシーが来たと思ったら乗車拒否。スリルとサスペンスいっぱいの自作ミステリーツアーでした。

 

それと基本は同じことを、今ブログの世界でやっています。

タイトルも見ずに、その人がどんなブログを書いているかもノーヒントの状態で訪問すると、余計な先入観を持たずスッとそのブログに入ることができます。

 

特に好きなのが各ブロガーが書くブログ論です。ブロガーが100人いればそれぞれのブログ論があるのは当たり前。なるほどなーと感心したり、いや、それは違うんじゃないかなと訝しんだり、それぞれがそれぞれの個性があります。その個性がぶつかると、たまにはケンカになることもありますが、それで勉強し良いところは吸収してゆけば良い。

それでいいじゃないか。

 

 

様々なブロガーのブログ論を見ていると、最近気になることがあります。

 

「特化ブログか雑記ブログか」

 

こういうお題の記事を多く見ます。

書いていることはごもっともなことが多いのですが、私はいつも疑問に思うのです。

 

何故分けないといけないの?

 

「分けないという選択肢」はないの?

 

ブログを書くには「雑記型」か「特化型」か絶対に分けないといけない。書き手はそう主張します。

説得力がありそうな記事で、ブログ初心者が見るといかにもごもっともな内容。それもどこかで判を押したような内容がいくつも見つかると、読み手は自然とそれを「常識」として処理してしまう。

「ブログを書く前に、『雑記型』か『特化型』か決めないといけない」

書く前から頭を悩ませ、やっぱ止めたとブログを作ったのにゴーストと化す。

もしかして、書き手にはすごく文才が隠れているかもしれません。書くことが楽しくて、絵を描くことが楽しくて、今まで隠れていた才能が発掘されるかもしれません。

それを、「雑記型」か「特化型」かに分けろという記事で台無しにしている可能性もなきにしもあらず。金太郎飴のようなブログ記事で、一人の才能を殺している算段になります。

 

何故、「どちらか」に分けようとする傾向が生まれるのか。ここからは私の推定です。

ある日、どなたかの有名ブロガーが何か悟るものがあって、

「雑記ブログか特化ブログに分けろ」

と書いた。もしかして書いた人が字足らずだったかもしれないが、盲信した読者がコピペのようにそれを伝え、ネット世界に伝播して行ったのでしょう。

しかし、「分ける」はあくまでブログの酸いも甘いも知り尽くした中級者以上の人が言う言葉です。自分のブログが熟しているからこそ、「分ける」という選択肢が生まれるのです

しかし、そういう熟練者の言葉を盲信してしまった読者が、「何故分けないといけないのか」を深く考えることもなく、

「この記事書いたらPV増えそう」

とコピペのような記事が増えてゆく。言っちゃ悪いが、20~30記事書いたくらいで「雑記型」「特化型」のどちらが良いなんてわかるの?と思うのですが。ブログ歴「だけ」ならそんじょそこらの人には負けない私でも、そんな偉そうなことは書けません。

やがてその記事は、「常識」として「しなければならない論」という空気になってゆきます。本人が望む望まないを問わずね。つまり「雑記ブログ」と「特化ブログ」は必ず分けないといけないという空気になり、その記事を見た初心者が「そうなんだ」とまた盲信し、伝播してゆく・・・。

 

これって、なんだかブログ世界にとっては、良くない悪循環に思えるのです。

 

「どちらも」という選択肢

じゃあ、「雑記型」「特化型」のどちらがいいの?

誤解なきよう申し上げておくと、「雑記型」「特化型」に分けること自体は全然賛成なのです。全く文句はありません。

しかし、ブログを始める初っ端から「ブログはどちらかに絞れ」という傾向に異を唱えているのです。

ものすごくマニアックな内容を、長期間深く書けるほどの知識量を持っていて、かつそれをテーマにしたブログを書く目的であれば、即「特化型」に走っても結構です。しかし、大多数は何を書いて良いかすらわからないような人ばかり。それも、まだ書いてもないのにやれアフィリエイトだ、やれブログでお小遣いだと下心丸出しで(笑

そういう下心を持っている人ほど、「雑記型」「特化型」ブログ記事のトラップに引っかかりやすいのです。

 

ブログ記事だけ見ていると、「どちらかに分けろ派」(仮称)が圧倒的多数に見えます。そりゃそうです。ググってもそういう記事しか出てこないのだから(笑 

しかし私は、敢えてその風潮に逆らいます。

関西弁で言えば、

「なんで最初からいちいち分けなあかんねん!」

言葉は悪いですがこう思います。アホちゃうかと。

 

そこで、私はもう一つの選択肢を用意します。

 

「どちらも」です。

 

キザな表現を許していただければ、「雑記型」と「特化型」のハイブリッドブログです。

 

私のブログはハイブリッド

 

私のブログは、提起したハイブリッド型です。

この記事のようなとりとももない雑記もあれば、中国という多少ニッチな話もあれば、「昭和考古学」を軸とした超ニッチな話題もあります。「昭和考古学」なんて書いている本人が、マニアックやなーと苦笑いしながら書いていますから(笑)しかし、幸い好評につき書かせていただいている次第。

「分けないといけない信者」は、私のブログなどナンセンスの極みだろうと思います。何せ「同居してはいけない」ものが、一つのブログに同居しているのだから。

 

だからこそ、ここでもう一つの選択肢を用意するのです。「ハイブリッド」という選択肢を。

そのほんのささやかな一例として、自分はハイブリッドにこだわっているのです。

一粒でいくつもの味がするアメちゃん、いいじゃないですか!

「ブログの味は一つでないといけない」と、誰が決めたのですかね?

「二つ以上の味がするブログ」はダメなのですかね?

 

いずれは一つのブログ内の情報量が多くなり、分けないといけない時が来るとは思います。私もそこまではきちんと考え、そのためのURLは既に取っています(笑)といっても、proにしたら意味がなくなりますけどね。

 

しかし結論としては、

「ブログを始めたては分けなくていい」

ということを言いたい。

「雑記型」か「特化型」かで頭を悩ませているのは時間とエネルギーの無駄遣い。そんなことよりまずは一に書け、二に書け、三に書け。最初は「ハイブリッド」でいいのです。書きたいことを書いてゆくと、いつの間にか道が出来ているはずです。その道をまっすぐ進むのもよし、道を脇にそれてみようかと思うのもよし。違う道を進んでみようと思った時、はじめて「雑記型」「特化型」に分ければいいのです。

もちろん、書くというアウトプットだけではなく、インプットも忘れずに。むしろインプットの方が大切だと私は説いています。

 

parupuntenobu.hatenablog.jp

 

ブログを書こうとしても、運悪く「雑記型」「特化型」の記事に出会ってしまい、それが敷居を高くさせてしまう。ブログを書こうとする手にブレーキをかけてしまう記事は、はっきり言って害毒でしかない。それを壁とするならば、私は敢えてその壁を否定することによって壊し、風穴を開け自由に気軽に書けるブログの世界へといざないたい。

ここで一首。

 

まずは書け 迷わずゆけよ その道を

 

書けば見つかる ブログの答えを

 

字余りになりましたが、お粗末さまでした。

 

 

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