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昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

【中華新聞を斬る】趙家の人々


中国で流行する言葉「趙国」とは?中国人の帰属意識の危機が露呈 20160219

中国のネットでは、「你国」という新語が出てくることがあります。「你国」で「ニークオー」と言いますが、「你国」の「你」は中国語で「こんにちは」という「ニーハオ」の你で、「あなた」「君」という意味です。

中国語で「我が国」は「我国」と書きますが、「你国」は「我国」の反対。直訳すると「あなたの国」となりますが、これは自分たちが属する中国のことを指し、他国のことを指してることではありません。そこに現代中国に潜む中国人の病理が隠されています。

また、「趙国」「趙家人(趙家の人々)」というワードも、中国ネット上でトレンドになっています。これも「你国」と同じ意味で使われています。このワードは魯迅の『阿Q正伝』が元ネタで、特権を得ている共産党幹部を揶揄った隠語です。言論の自由がなかった旧ソ連で、「アネクドート」というロシア流ブラックジョークが鋭く時勢を突いてたのと同じように、中国でもトップを皮肉る隠語やブラックジョークが巷にあふれています。だって、ストレートに

習近平はボンクラやん!」

なんて書いたら、書き込みが削除されるだけならまだマシ。ある日公安警察が家にやってきて逮捕・・・なんてこともあります。「国家機密漏洩罪」という罪状で。

 

「我が国」を「あなたの国」と言う心理

中国の歴史を勉強してみると、歴代の王朝というものは天命を受けた皇帝の私物であり、皇帝の私物である国の管理サポートをするのが官僚、という構図になっています。官僚は皇帝の威光が及ぶ地域に派遣され、土地や税金の管理の代理を行うのですが、そこに大多数の大衆、今風に言えば「人民」の姿はありません。大衆も皇帝の私物であり、生殺与奪権は皇帝と官僚の気分次第。基本的人権なんてあったものじゃありません。

皇帝や官僚の機嫌を損ねたらさあ大変、突然記憶にない罪をかぶせられはい死刑。中国に皇帝がいた昔の話なら、

「昔はヤバい時代でね」

と客観的に見ることができますが、これが21世紀の時代に現在進行形で存在するのが中国の厄介なところであります。

 

しかし、大衆も黙って皇帝・官僚の理不尽な搾取にしたがっているわけではありません。

「上に政策あれば下に対策あり」

という言葉を、どこかで聞いたことがあると思います。上(国)が何か政策を行おうものなら、その下はどうにか穴を見つけてくぐり抜けてやろうと対策を考える。中国の環境破壊が大変問題になっていますが、これもいくら政府が危機感を煽って法整備をしても、企業やそれと癒着した地方政府がいっこうに守ろうとしない、という事情があります。これも「上に政策あれば下に対策あり」で、日本のマスコミなどは政府が対策してるんだから良くなるとうわべだけを取って報道し、我々もそう受けがちですが、現実は何をしても「ザル」にしてしまう下の悪知恵が勝っています。

皇帝が天命を受けたというタテマエはあるとはいえ、大衆のため、国のためという『公』ではなく『私』で動きます。トップが『私』で動くなら部下の官僚も『私』で動き、大衆も『私』で動く。14億みんな別の方向を向いて、勝手な方向へ動いているのが中国の「常態」なのです。

革命家の孫文は、中国人を「散砂の民」と呼びました。中国人はバラバラの砂のようなもので、固めても(硬い)石にならないという意味ですが、孫文は事実上海外で育った華僑なので、中国人を客観的に見れる眼があったのでしょう。これは上に書いた『阿Q正伝』を書いた魯迅も同じで、日本で医学を勉強中に「中国人のダメっぷり」に奮起して文学を志したことは有名です。

よって、中国人に愛国心というものは存在しません。国家が皇帝、今なら共産党の「私物」である以上、

「なんであいつらの『私物』を愛しないといけないんだヨ!」

となるのは当然です。「国を愛せよ!」と国が上から目線で旗を振っても、中国人はどこ吹く風と完全スルー。日本人は愛国心がない、と言われていますが、まだ日本人にはその概念が残ってるだけマシだし、表面に表さないだけです。中国人はその概念すら希薄、あるいはゼロなのだから。

トップに挙げた『新唐人テレビ』のニュースは「帰属意識の危機」と銘打っていますが、そもそも大衆の帰属意識は家族・宗族に向いていて国には向いていません。『新唐人テレビ』は比較的中国や中国人の心理を突いてると思いますが、やっぱり同族だけあって少し見方が甘めのようですね。

 

最近、というか江沢民の時代から血眼になって「愛国心教育」を行っていますが、逆に言うとそれだけ中国人に国を愛する気持ちがないということです。しかし、どれだけ愛国心を口を酸っぱくして言っても、今の共産党政権が過去の王朝と同じく『私』である以上、一般人民も『私』に走り、結果絵に描いた餅で終わるのは目に見えていますね。

「お前ら”愛国心”とか言ってるけど、お前らがいちばん国を愛してないじゃねーかヨ!」

というのが中国人の本音でしょう。

そんな大衆の心理が、「你国」であり、「趙国」という言葉に出ています。中国は「我」の国ではなく、「你」の国だから、所詮他人の国。

「オイラはオイラで勝手にさせてもらいますわ」

とそっぽを向いてしまっている状態ですね。

共産党は国と人民の乖離を力で押しとどめようとしていますが、それが余計に乖離を加速させるハメになっています。たぶん共産党政権もわかっていると思いますが、ソ連や東欧のような民主化は絶対に避けたい以上、力でしか人民を抑えられない事が、現代中国の深い病巣であります。「我が国」を「あなたの国」と言わざるをえないのも、それだけ今の中国が大衆とかけ離れた存在で、大衆のストレスが臨界点に達しつつあるあらわれでしょう。

 

中国の民主化が今後の東アジア情勢の課題になっていくと思いますが、少なくても秦の始皇帝の時代から二千年以上、皇帝の『私』と大衆の『私』が乖離している歴史を見ると、いきなり民主化を与えてもどうしていいかわからない。そして、歴史的流れから見て誰かが必ず独裁に走り「現代の皇帝」を名乗り、元の木阿弥。

中国の歴史の流れを見てみると、一時的に民主化されても、必ず元の鞘に収まることになっているので、そこはあまり期待しない方がいいと思います。

 

 

阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)

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阿Q正伝

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