昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

CHAGE & ASKAと中国

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CHAGE & ASKA(以下チャゲアス)のASKAさんがはてなブログをやっていたことに、つい最近気づきました。

 

aska-burnishstone.hatenablog.com

 

ブログをやっていたのは知っていたけれど、まさかはてなだったとは。それもProではなくドノーマル。なんと攻めているんだ。


チャゲアスASKAさんの歌が大好きな「愛聴者」として、彼(ら)の歌を忘れろと言われてもそれはできぬと言うくらい、私の中で染み付いております。
このブログを見逃すわけにはいきませぬ。
なんの抵抗もなく読者ボタンをポチッとなさせていただきました。


特にASKAさんの声は、ある時は癒やしになり、ある時はアグレッシブになれる声、唯一無二の個性を持つ声。

チャゲアスなら後で書く『SAY YES』は別格として、『万里の河』が好きではありますが、ASKAさん単独であれば、SCENE2というアルバムに収められている『蘇州夜曲』です。
『蘇州夜曲』は昭和一桁に流行った流行歌なのですが、アルバム内でASKAさんがアレンジして歌っております。

これを聞くや否や、


「惚れた!」


と断言して良いほどの衝撃を受けた高校生の私。体中に衝撃波が貫く感覚、これを一目惚れというものなのだろうか。
蘇州の街を、ASKAさんの歌を聞きながらいつか歩きたい。死ぬまでには一度やってみたい。16歳のささやかな夢となり、『蘇州夜曲』を聞きながらまだ見ぬ蘇州を妄想していました。
まさか数年後にあっけなく叶うことになろうとは、その時は思いもしなかったですが。

 

ASKA版「蘇州夜曲」を聞いてから、カラオケでこれが十八番になりました。
我が祖父母ほどの世代には、
「なんで高校生がそんな古い歌知ってんねん!」
とよく驚かれたものですが、ここである誤算が起こりました。

 

 

蘇州市街の風景

蘇州の風景

『蘇州夜曲』は過去から現在まで、何十人もの歌手によってリメイクされています。
古くは李香蘭山口淑子)や美空ひばり版、最近ならJ-popの平原綾香版もありますね。

昨日ある有名女性歌手バージョンをようつべで聞いたのですが、全く聞くに堪えない。このヘタクソと1分ほどでタブを消してしまいました。素人目にはそう思えないのですが、プロの歌手でも「ヘタクソ」がいるほどなので、意外と難易度が高い曲なのかもしれません。
『蘇州夜曲』は数々の歌手によって歌い継がれてきた名曲なのですが、ASKA版は揚子江の流れ、大陸の時空の過ぎ方のようなゆったりとした調べ。曲自体にどっしりとした重みがあり、いちばん「蘇州」っぽさを醸し出していると、贔屓目ではなく実際に蘇州を見てきた人間として感じます。全員の『蘇州夜曲』を聞いたわけではないですが、ASKA版は独特の重厚感があります。

 

しかし、カラオケバージョンは渡辺はま子さんのオリジナル。渡辺バージョンはけっこうテンポが早いのです。
少しオーバーな例えをするならば、ASKA版が演歌調であれば、オリジナルはAKB48の『恋するフォーチュンクッキー』調。
ASKAバージョンにすっかり慣れ、耳にこびりついている私にとって、ちょっとちゃうんやけど・・・という感じ。そっちの方が原曲なのに。

 

 

中国の『SAY YES』地獄

高校生の時にASKAさんの「蘇州夜曲」と出会い、すっかりASKAワールドに引き込まれた私ですが、その数年後の1994年に中国に流罪となります。
最初の流刑場所は上海でしたが、中国の地理に詳しい方はおわかりの通り、上海と蘇州は目と鼻の先、すぐ隣です。オンボロバスでも1時間強。気力と体力さえあれば、時の運がなくとも自転車で行けます。すぐ隣と言っても、中国の地理感覚での隣ではあるのですが。
そうして「ASKAの『蘇州夜曲』を聞きながらガチ蘇州を歩く」という夢は、なんだかあっけなく達成されてしまったのですが、あまりの水の汚さと異臭で、
『♪水の蘇州の~花散る春を♪』
ではなく、
『♪ドブの蘇州の~鼻摘(つ)む街を~♪』
と化していたことを除けば、古き良き中国を残す良き街でした・・・今は「ドブの蘇州」はそのままに、街並みが安物テーマパークになっちゃいましたが。

 

 

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その時、日本のドラマの『101回目のプロポーズ』が中国のテレビで放送されていました。
今の35歳以上の方なら、間違いなくみんな見ていたでしょう。
これは後に2013年に(遅っ!)映画化されるほど大ヒットとなったのですが、その中の名台詞に、

 

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『僕は死にましぇん!』
があります。これは流行りましたね~。
しかし、国が変われば流行も変わる。中国は流行になりませんでした。
ドラマはリアルタイムで見ていたのですが、吹き替えの声優が武田鉄矢の迫真の演技をすべて台無しにしていました。
セリフは棒読み。全く緊迫感がない。コシが全然ないうどんのようなもの。コシが入っておらん、コシが!

日中の価値観の違いなどという崇高な問題ではなく、この腑抜けた吹き替えじゃ印象に残らんなと。

 

 

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その代わり、爆発的に流行ったのがチャゲアスの『SAY YES』でした。

街を歩いていても、日本人とわかると

「『SAY YES』歌ってくれ!」

ニーハオの代わりの挨拶となっていました。
留学生と言えば響きはいいが、基本は暇人。日本人だったら歌えるだろうという中国人民の単細胞にお付き合いし、フルコーラスで熱唱させていただきました。
しかし、1度や2度ならいいものの、一日5回も6回も歌わされるとさすがにうざい。
のちに、カセットテープに『SAY YES』を録音しカバンに忍ばせ、歌えと言われると
「ならラジカセ持ってこい!さもないと歌わんぞ!」
と対策を打ったのですが、それがまたどこからか持ってくる。結局は歌うハメに。

ある日、大学前のオンボロ食堂でメシを食っていた時のこと。
顔見知りの中国人学生が急に、
「ちょっとお願いがある!」
と。メシ中になんやねんと聞いてみると、彼と恋人とのお付き合い1周年パーティーを食堂の奥の個室でやっていたらしく、そこで『SAY YES』を歌ってくれとのこと。
ここで断ると彼のメンツの問題もあるし、一曲歌うくらいなら別にいいやと日本人数人で一曲披露したのですが、流行曲を日本語で、それも日本人が歌ってるという箔に全員大喜びでした。
その後の「アンコール」は、空きっ腹につき断りました。アンコールの前にアルコール・・・ではなくメシ食わせろと。

この1994年だけで、『SAY YES』は50回、いや、薄々ながら3桁の大台は突破したんじゃないかと思うほどでした。確かなのは、数え切れない回数歌ったということだけ。


バスの中のコンサート

留学生の同期仲間8人で、安徽省黄山という観光地へ旅行しようといことになりました。

 

 

 

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黄山は風光明媚な景勝地で、古代からそのリアル水墨画のような風景が知られていました。
黄山を見ずして、山を見たというなかれ」


「天下の名勝、黄山に集まる」


と昔から言われ、中国最強の山の名を欲しいままにしていた名山です。
当時は全く知りませんでしたが、私が行った時は既に世界遺産になっていました。

さすがに上の画像のような絶景はなかなか見れるものではないと思いますが、

 

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これくらいなら見れました。

まるで『西遊記』の世界、孫悟空が筋斗雲に乗ってやって来そうな所でした。なんだか『ドラゴンボール』の初期の世界観にも似ている気がする。

しかし、黄山での思い出は絶景より、食事のマズさと頂上のホテルで日本人観光客と麻雀をしたこと、そして今から書く「コンサート」の方をはっきり覚えています。


上海からは直行便が飛んでおり、ほんの1時間弱で到着。
しかし、空港から黄山の入り口までがえらい遠く、道路状態の悪さもあって2時間以上かかると言われ全員テンションLOW。
気分転換に音楽でも聞こうかと、同期の誰かが持っていたチャゲアスの『SUPER BEST 2』のテープを運転手に渡し、車内でかけてもらいました。
当時の中国の歌謡曲にはないリズムに、同席の中国人客も大興奮。
その一人が、
「この声、チャゲアスじゃないか?」
と言い出し、おい日本人、チャゲアスだったら歌ってくれと。


私がASKA係、友人がCHAGE係となったのですが、一曲だけかと思ったら大間違い。BESTすべてを歌えと。数時間のバス旅、中国人もヒマだったのね。
そして、今も覚えているのですが、『SUPER BEST 2』の最後から2曲目が『SAY YES』でした。さすが『101回目のプロポーズ』が大ヒットしただけに、
最初の出だしの「ジャーン!」という音で、よっ大和屋!待ってました!とばかりの拍手の嵐。凸凹道で揺れるバスの中、『SAY YES』を含めて即興コンサートとなってしまいました。
バスの乗客全員が自分ら二人に注目し、気分は人気歌手。このスポットライト視線、なかなかいい気分です。

 

しかし、全曲休憩なしで歌い終わると我々はグッタリ。喉もカラカラ。
その上車内から
「アンコール!」
という無情のコール。勘弁してくれ!せめて水くらい飲ませてくれ!と思ったものの、バスはまだ終点に着く気配なし、バスの中では逃げられない。
結局、『SUPER BEST 2』もう一巡歌うことになるハメに。
登山が本番なのに、本番前の余興で体力を消耗してしまった即興チャゲアスの二人、この日はホテルに着いた途端に寝込んでしまいました。
そして、ロクに動いていないのに、まだ黄山登山すらしていないのに、マッサージのお世話になることに。
歌手ってけっこう過酷な職業ということを、体感させていただきました。

あれから23年、今でも『SAY YES』を素で歌えるのはもちろん、『SUPER BEST 2』も全曲、歌おうと思えば歌えるんじゃないかと思っています。

 


ASKAさんのブログを見て、中国で山の数ほど、人民の数ほど『SAY YES』を歌った青春の思い出が蘇りました。
そしてまた、自分だけでなく聴く人を惚れさせ、震えさせられるような歌を作って欲しい。

 

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