昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

ラマダーンの黄昏 前編

 

イスラム教のラマダーン

 

かつての職場の同僚に、外国人のイスラム教徒がいました。国籍はアフリカのキリスト教国ガーナなのですが、いつかどこかは知らねどもイスラム教に改宗したらしい。

彼はエジプトのアル=アズハル大学という、イスラム教界では最高級の権威を持つ「イスラムの東大」卒でした。歴史と権威なら東大など0歳児レベルのアズハル大学卒が、人生の羅針盤の何をどう見間違えたのか、遠い東の島国ニッポンで一サラリーマンとして働いていました。


イスラム教というと、日本では馴染みがほとんどない上に、911テロや自称「イスラム国」、昨今欧州で頻発しているテロなどのイメージがあって、決して良いイメージが持てないと思います。


しかし、本来はのどかで平和的な宗教なんです。


ちょっとくらいはイスラム教のことを知っとる人は、イスラム教徒は
「右手にコーラン、左手に剣」
という言葉にもあるように、武力で宗教を広めたという、何かきな臭い暴力的なイメージが強い。
しかし、これは十字軍の時代から数百年間、いやある意味今でも戦争をしていると言えるキリスト教の偏見で、そもそも無理矢理押し付けられた宗教が、今でも信仰を集めているはずがない。

今も根付いている宗教にしろ習慣にしろ、すべてはそれなりの「理由」があると思います。

 

昔某広告代理店で働いていたときのこと。

夜も10時をすぎ、机に向かってせっせとパソコンとにらめっこ。営業なのにコピーライターや編集者などの一人三役以上をこなさないといけなかったので、当時は毎日が終電コースでした。

当時は20代なので若かったからこそこんな激務をこなせたようなもの。今同じことやったら、死亡フラグが立つ前に死にます(笑)


「今日も終電コースか・・・」
と覚悟を決めて仕事を処理していた時、急に上司から電話がありました。

 

上司「おい、お前まだ会社なんか!?」


俺「今日も終電コースでーす。会社に泊まっていいっすか?」


上司:「何アホなこと言うとんねん!今すぐ帰ってテレビ見ろ!」


俺:「はぁ?仕事ほっぽり出して帰れますかいな~」


上司:「今ネット見れるな?ええから黙ってヤフー見ろ。えらいことが起こったぞ!」

 

へいへい・・・と上司の言うとおり会社のPCでヤッホーを見てみると。
NYでその「えらいこと」が起こっておりました。
これはただ事ではないと、「上司の仰せのとおり」仕事を放り出して家に帰ってその日はテレビに釘付けでした。翌日も有給を取り、テレビにかじりついていました。

はい、これが2001年の9月11日、ニューヨーク同時多発テロの日だったのです。


それからの出来事は有名すぎて書く必要もないですが、日本人はイスラム教に対する無知のせいか、メディア報道やアルカイーダーとかのイメージで、
イスラム教=悪」
というようなイメージが、会社の支社の中でも出来あがりつつありました。


そこで、おいおい、ちょっと待てと異議を挟んだんが上司と俺。


上司は当時こそしがない広告代理店の一営業マンでしたが、かつては超有名某大手商社でアラブ相手に仕事をし、UAEアラブ首長国連邦)に駐在経験もあるエリート(?)商社マンでした。それだけあって、今まで仕えてきた上司の中では抜群に頭が切れ、仕事が早送りの如く速い。
なのでイスラム教に対する知識はビジネス経験からけっこう豊富、理解はあった方でした。


一方、私は1年半ほどバックパッカーとかいうやつをやっていた時期があり、イスラム教の国々にも数カ月間、どっぷりさまよっていた経験あり。

上司ほど勉強はしなかったものの、体験でイスラム教、ムスリムイスラム教徒)とは何ぞやくらいは、普通の日本人よりは理解しているつもりでした。


上司と俺は当時働いていた事務所唯一の1年以上の海外在住経験者。と同時に生のイスラム教徒と直接接したことがある存在。

二人してイスラム教とは何ぞやを同僚に説明し、なんとか誤解を解いて回りました。

テロは確かに卑劣だけれど、相手はアルカイダサリン事件を起こしたオウム真理教を「あれが日本の代表的宗教だ」と思われたくないし、そもそも違うでしょ?と。

これは、パリやブリュッセル、ロンドンでテロを起こしたIS(いちおう「イスラム国」)も同じこと。

 

これをきっかけに、

「この未熟者、もっとイスラムについて勉強せい!仕事なんかせんでええ!」

と上司に尻を叩かれ、イスラム教の本をむさぼり読んだことを昨日のことのように覚えています。この時猛勉強したおかげさまで、池上なんとかさんのテレビ番組のイスラム教の解説程度なら、

「そんなん知ってるし」

とあくびしながら鼻くそをほじくれる知識を得ました。

 

それはさておき、ある日の雑談で、ムスリムの同僚が休憩に行くか行かないかの話で、


「休憩に行ってもご飯食べれないからね~」


と唐突に言いました。


「なんや?体調悪いんかいな?」


と聞いたところ、彼いわく。

 

「今、ラマダーンだからね」

 

 

ラマダーンとは何か

 

日本のラマダーン

イスラム教にはラマダーンという、年に一度の習慣があります。
日本語で「断食月」という表記となりますが、イスラム暦の9月の30日間、日の出から日没まで飲食を禁じる宗教的習慣です。


イスラム教の聖典コーラン※1に書かれた、ムスリムが行うべき「5つの義務」というものがあります。

※1:正しくは「クルアーン」ですが、以下馴染みがある「コーラン」を使います。

 

1.信仰告白シャハーダ

信仰告白(シャハーダ)

 

 「アッラー(神)の他に神はなし。ムハンマドアッラーの使徒である。」
(アラビア語:ラー・イラーハ イッラッラー ムハンマド ラスールッラー)

アラビア語で宣言することです。

数人のムスリムを証人に立て、彼らの前でこう唱えると、イスラム教徒の仲間入りです。

シャハーダは必ずアラビア語で唱えなければなりません。コーランアラビア語で書かれたものでないとダメ。アラビア語でないコーランコーランではないと。日本語訳のは「解説書」であり、「教科書」ではないのです。

なぜアラビア語でないといけないかというと、「神はアラビア語を話した」とされており、預言者ムハンマドにもアラビア語で啓示を与え、それをアラビア語で伝えたと。
アラビア語はすなわち神の言葉であり、アラビア語のみ神に通じる言葉であるとされるから。

 

シャハーダを国旗に書いている国があります。

 

サウジアラビアの国旗

 

サウジアラビアですが、国旗のアラビア文字シャハーダの文句です。

 

 2.礼拝(サラー)

礼拝(サラー)

 

一日五回、聖地メッカ、またはその方向を示す印(キブラ)に向かって祈ることです。

イスラム教徒はメッカの方向に向かってお祈りする」
くらいの知識は知っている人が多いと思います。

いちおう、決まりとしては最寄りのモスクで礼拝が奨励されていますが、どうしてもという場合は家やホテル、道端でも結構です。

 

礼拝を呼びかける放送を、アザーンと言います。
これは「ムアッジン」と呼ばれる人が、街中に
「そろそろ礼拝の時間やで~!みんなモスクに集まってや~!」
と呼びかけるもの。

今は拡声器でガンガン呼びかけるので、モスク近くの宿に止まったらさあ大変、正直めちゃうるさいです。深夜3時か4時にすさまじい大音響で流れるアザーンは、睡眠妨害以外の何者でもない(笑)

郷に入れば郷に従え。ここは我慢するしかありません。

ところが、アザーンは人によって節(メロディー)が違います。ムアッジンが100万人いれば、100万通りのアザーンがある。「睡眠妨害」でもムアッジンによってはとてもきれいな声で呼びかけるアザーンもあり、そういうアザーンを聞くと、なんちゃって仏教徒の私も不思議な安らぎを覚えたものです。

 

個人的に好きなアザーンがこれ。メッカを映した映像もさることながら、何故かこれを再生しながら寝床に寝ると熟睡できるのです。

www.youtube.com

 

 3.喜捨(ザカート)

喜捨(ザカート)お布施



収入の一部を困窮者に施すこと。「富める者が貧しい者に施しを与えよ」とコーランに書かれておりますが、これはイスラム教だけでなくキリスト教ユダヤ教にも共通の教えです。中近東では古くからあった習慣なのでしょう。

アメリカでは大金持ちが図書館や教会、果ては大学丸ごと寄付するなんてことがありますが、これはキリスト教版のザカートです。

イスラム教のコミュニティには、銀行のような「ザカート窓口」があり、毎日そこに寄付に来る人々がいます。ザカートの寄付の額は任意ですが、シリアで聞いた話だと個人商店主ならその日の売上の1割~2割が目安だそうな。

そして窓口で「領収書」を発行してくれるのですが、それが子供や孫にザカートの重要さを教える躾の教科書になると言っていました。

 

ザカートによって集められたお金や財産は、新しいモスクの建設資金になったり、貧しい者への食費や医療費となったりするのですが、我々のような非ムスリム旅行者にもザカートをくれることがあります。

トルコやイラン、パキスタンなどのイスラム教の国では、地元の人がちょくちょくチャイ(お茶)くらいなら無料で飲ませてくれることがあります。ごくまれですが、現ナマをくれることもありました。

トルコやイラン、パキスタンは世界有数の親日国でもあるので、日本人だからという面も否定はできません。特に「我々は兄弟民族だ」と本気の本気の超本気で信じているトルコはそういう雰囲気でしたが、ムスリムに聞くとコーランの一節を唱えながらおごってくれたら、それは紛れもないザカートとのこと。ああ、そういう時もあったなーと。

この「現物支給ザカート」を、「イスラム風おもてなし」と言い人もいます。

 

逆に、「ザカートを!」とお恵みをねだられる状況もあります。

これを俗に「バクシーシ」と言うのですが、西はモロッコ、東はインドまで広い範囲で使われています。モロッコやエジプト、インドに行ったことがある人は、乞食などに何十回、いや何百回、いや何千回も聞かされうんざりする言葉だと思います。エジプトのカイロ空港では、何十人に囲まれバクシーシ攻撃。運良くかわしても「馬鹿め、それは残像だ!」とばかりにまた攻撃と、空港から出るのに何時間かかったか。

アラブの人もふつうに使っている共通語的な言葉なので、一見アラビア語のように思えるのですが、実はこれはインドのヒンディー語で「お布施」という意味。つまり、ザカートがヒンディー語になると「バクシーシ」になるというわけで。

 

 

4.巡礼(ハッジ)

メッカと大巡礼(ハッジ)


 
経済的・肉体的に可能であれば、ヒジュラ暦第十二月であるズー=ル=ヒッジャ月(巡礼月)の8日から10日の時期を中心に、マッカのカアバ神殿に巡礼すること。その規模が膨大で毎年将棋倒しで死者が続出、ムスリムがメッカに向かって世界的民族大移動が起こるので、「大巡礼」とも言います。

このハッジは、イスラム教徒の大多数を占める「スンナ派スンニー派)」は義務なのですが、義務に入らなかったり、否定している宗派もあります。

シーア派のイランは、メッカがあるサウジアラビアとイランが国交断絶しているのでダメだし、そもそもシーア派はハッジが義務ではありません。

シリア独自の宗派と言えるアラウィー派は、ハッジ自体を堕落した偶像崇拝として否定しています。

 

シリアの宗教やアラウィー派については、以前記事にまとめたので興味があればどうぞ。

parupuntenobu.hatenablog.jp

 

 

 

そして、最後は

 

5.断食(サウム)

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ラマダーン月(イスラム暦の9月)の日中、飲食や性行為を慎むこと。

ラマダーン」はあくまで「サウムをする月」のことで、断食をする行為自体を言っているわけではありません。神様がいない10月を、我々が「神無月」と言うようなものですね。

 

何故こんなことをするかというと、イスラム教の預言者ムハンマド(モハメッド・マホメット)がイスラム教を広め迫害され流浪した、「ヒジュラ」という苦難の時を思い起こすためとされています。

 

ラマダーンの間の、日の出から日没までは、食べ物や水はもちろん、タバコもダメ。
敬虔なムスリムになると、唾でさえ呑みこまない、性欲を持たないよう女を一切見ない人や、女を一切外に出さない親や夫もいます。

 

また、注射や点滴、薬を飲むことも禁止であります。

 

「それやったら病人死ぬやん!」


と早合点しそうですが、アッラーは別に「病人は死ね」と言っているわけではありません。ちゃんと融通を利かせた「お慈悲」があったりします。


ラマダーンの間は確かに、日本的解釈の日中は飲むことも食べることも出来ないのですが、日没から次の日の日の出までは飲み食い自由。
ラマダーン中の食事はいつもより豪勢になり、深夜まで飲めや食えやの大騒ぎ。「断食月」なのに体重が増え、食費がかさむと言います。


「断食」という漢字だけを見ると、なんだかすさまじい修行を行うイメージがありますが、別に1ヶ月間ずっと飲み食いするな言っているわけではありません。
(ホンマにそんなことしたら普通死ぬっちゅーねん)


当のムスリムにとっては、「毎年恒例のイベント」みたいなもの、体が慣れています。
上に書いた同僚も、「日本にいたら働かないといけないから体は少ししんどいけど、お腹はすかない」と言っていました。


イスラム暦は、我々が使っている暦とは違う太陰暦です。なので毎年ラマダーンの時期が変わります。

実は今がラマダーンの真っ只中なのです。

5月26日の日の出から今月24日の日没までが2017年のラマダーン。この時期はまだマシですが、真夏に重なる時もありその時のラマダーンは相当苦行やな~と思ったりします。まあこれも慣れなのでしょう。

 


知識ではなく、生まれて初めてラマダーンなるものを知ったのは、23年前上海にいた頃でした。
留学していた大学の前に美味しい食堂があり、価格もバカ安いので(当時の中国はすべてがバカ安かったけどw)、留学生御用達な所でもありました。例外に漏れず私もよく行っていました。

 

しかしある日、急に「閉店」してまいました。
店の客の入りも良い方だったので、儲からないから閉店というわけでもなさそうなんだけど、何で?


と思ったところ、店の前に張り紙が。


そこには中国語で、こう書かれていました。

 

 

ラマダーンにつき1ヶ月間休業します」

 

(※中国語で「ラマダーン」は、「斋月」と書きます)

そう、この食堂は回族という中国のイスラム教徒が経営する食堂だったのです。
イスラム教徒がラマダーンの時期に食堂やってるわけにはいかない。よって一時閉店しま~す♪

ということです。

 

 

 

中国の回族


回族というのは、中国北西部を中心に住んでいる少数民族で、大昔に中東・ペルシャ方面から来たアラビア商人や、モンゴル帝国こと元時代のアラブ人やモンゴル人官僚の子孫にあたります。しかし、時代の流れで民族的には同化したため、見かけは漢民族と全く変わらずしゃべる言葉も中国語です。ムスリムを示す白い帽子を被っていればすぐわかるものの、それがなければ本当にわかりません。

しかし、漢民族の風俗習慣までは同化せず、イスラム教に従った生活を送っています。

中国に住んでいた頃、イスラム教に改宗した漢民族回族にカウントするのか(見た目も習慣も100%同じ)、という疑問が浮かんだことがあるのですが、これは中国政府も未だに答えを出せないみたいです。


これが、私の初めてのイスラム教徒とラマダーンとの出会いでした。未知との遭遇にカルチャーショックを覚えました。
ちなみにその食堂は、ラマダーンが明けると何事もなかったかのよーに「再開店」していました。

 

 それから何年の月日が経ったでしょうか。

バックパッカーというやつとして、1年半ほど世界中をあてもなく放浪していた最中のある国で、私は事実上二度目のラマダーン、それもガチのガチに出くわしてしまったのです。

 

続きは、おそらく金曜日に。Don't miss it !!    m9( ・ω・)

 

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