昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

上海に数年だけ存在した幻のモスバーガー

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私の大好きなファーストフードの一つに、モスバーガーがあります。

ファーストフードにしては高くつきますが、多い時は週2回以上通うほどお馴染みでした。

残念ながら淡路島にモスバーガーはないので、神戸など島を離れないと食べられないのが玉に瑕です。とは言うけれど、淡路島にモスがあったら、毎日とは言わないけれど週5は食いに行き、エンゲル係数がすさまじいことになっていたことでしょう。

 

何気にモスバーガーの公式HPの海外店舗を見ていました。モスバーガーはアジアを中心に海外でも店舗を展開しており、中国・台湾・韓国・シンガポールなどに支店があります。
特に中華圏の店舗を見ていたのですが、特に台湾への進出はかなり早く、私が台湾に住んでいた20年前(1997年)には既に国中に定着し、台湾女子のたまり場になっていました。
台湾であることを感じさせない、メニューも味もサービスも、そして店の雰囲気も日本クオリティそのままでした。

 

香港は、私が広東省にいた頃は存在しなかったのですが、10年前の2006年に第一号店がオープン。
今は各地に19店舗あるそうです。作るんやったら俺が滞在してた時に作ってくれよ~。

 

そして中国。モスバーガーは中国にもあります。

モスの公式ページによると、4つの省(上海は政府直轄市で省扱い)に進出し、南方を中心に14店舗を展開しているそうです。
上海や広東省福建省が中心で、北京などの北方にはまだ進出していないようですね。

かつて住んでいた広東省広州にも数店舗あり、住所を見るとあんなところに出来ているのか~と、留学時代の記憶がほのかに頭をよぎります。


で、公式HPの沿革を見てみると、

2010年2月に中国の福建省厦門市に1号店「思明南路店」をオープンしました。
厦門においても、アジア各国で人気の高いライスバーガーの商品構成を充実させ、日本の定番メニューを中心にご提供しています。

 

 

ん???

 

 

 

2010年に初進出やと?

 

 

 

いやいやいやちょっと待て!!

 

 


頭に血がのぼってしまいましたが、冷静になったところでWikipedia先生もチェック。

日本語版
2010年
2月 - 中国本土1号店「思明南路店」オープン。

 

中文版
2010年2月在福建省廈門市開設一號店【思明南路店】,提供在亞洲人氣最高的米漢堡,日本長銷的明星商品也有提供
(意味は、公式HPと全く同じ内容です)


Wikipedia先生も、公式HPに前にならえしています。


私はこれについて、全く納得しません。

なぜならば、20年以上前に中国でモスバーガーを見たから。

見ただけではありません。そこで食べていたから。

 

 

 

私は見た!食べた!23年前のモスバーガー

 

上海外灘

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23年前の1994年、私は上海に留学をしておりました。
今でこそココイチあり、ミスドあり、吉野家あり、果てはサイゼリヤまでありと、日本のファーストフードなんでもありの上海ですが、1994年には何もなし。JALの機内で久しぶりの「日本食」を食べ、旨さに涙した時が懐かしい。機内食で涙するほどだから、当時の日本食のレベルは推して知るべし。


当時のファーストフード店と言えば、マクドにケンタッキーが関の山でした。いや、上海の地を踏んだ時にはマクドナルドすらありませんでした。

私の上海上陸が1994年4月なら、上海のマクド一号店が淮海中路という繁華街にオープンしたのが1994年7月。今客観的に考えると、すごく貴重な時期に上海にいたなと。

おまけにどちらもマズい。美味かったのはコカコーラ(マクド)にペプシーコーラ(KFC)だけ。ってそれ他社の製品やん。


そんな外資系ファーストフード不毛地帯の上海に、あのモスバーガーが進出してきました!

 

 

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場所はここ。

モスバーガーがオープンした時は毎日のように通っていたので、23年の月日が経ってもはっきり覚えています。ファーストフードなんてロクにない時期の黒船襲来。当時の上海在住邦人の衝撃たるやすさまじいものでした。

もちろん、両手を上げていらっしゃ~~い。

 

店は、陝西南路という上海市街の真ん中あたりに位置していました。
横には三越百貨店が入ったホテルオークラ「花園飯店」があり、1日遅れで届く日本の新聞を、ロビーでタダ読みさせてもらっていた憩いの場でした。
歩ける距離には伊勢丹もあれば、知る人ぞ知るニセモノ製品市場やヤミ両替所もある。マスコミがここが中国ですと太鼓を鳴らして宣伝する「表中国」と、絶対に報道しない「裏中国」が、隣どうし仲良く同居していた地域でした。


店長もれっきとした日本人でした。年齢は40歳過ぎだったと記憶しています。
「俺、日本人だけど店長おる?」
と店員に言えば、店長がいらっしゃいませと笑顔で応対してくれていました。当時は上海といえども日本人が珍しかった時代、同胞の活躍に我々邦人は拍手喝采で活躍を見つめていました。

 

味は日本の店舗と全く同じ、日本のクオリティをそのまま保っていました。メニューもほとんど変わらずで、ライスバーガーがなかったくらい・・・って当時は日本にすらなかったような気が。

私のモスの定番は「照り焼きチキンバーガー」で、必ず頼む一品です。今でも調子に乗ったら3つ食うほど好きなのですが、上海在住時も同じものを頼んでいました。レタスのシャキシャキ感まで日本クオリティでした。

食材、特に野菜は日本から空輸していたと記憶していますが、輸送費はその分値段にかかっていました。値段の記憶は残念ながら覚えていませんが、当時の上海の物価からするとかなり高かったはず。今でさえ日本よりほんのちょっぴり安い程度だから。


店長いわくオープン前に研修をみっちり仕込んだらしく、サービスも日本とほとんど変わらず。
ジャーナリストの池上彰さんも同時期の中国へ行き辟易したという、愛想激悪の中国人店員が満面の笑みで

「歓迎光臨!!(いらっしゃいませ)」

非中国的な、あまりに非中国的なサービスに、ちょっとした恐怖さえ感じました。
こいつら、隠れてアヘンでも混入させてへんやろな、スマイル一つ15元いただきますとか言うてこえへんやろなと。
(※料理にアヘンを混ぜて中毒にさせ、何度も来店させる手段が中国で流行ったことが本当にありました、今も正直ありますよ


まだまだ「売ってやる」精神が頭から抜けないサービス精神ゼロの中国人を、どうやってあんなに豹変させたのですかと店長に聞いたところ、彼は親指と人差指の先を合わせて丸をつくり、
「これですよ」
ニヤリと笑いました。
要は給料をマクドの店員の3倍くらいにし、金でモチベーションアップさせたということ。その代わり鬼の研修でやる気のない候補者を脱落させ、晴れて店員として採用されても、日本レベルのサービスを維持できない店員は問答無用でクビという契約にしたそうです。
さすがはモスバーガー、金が絡めば超サイヤ人ゴッドにでも、ダースベイダーでもなる中国人の性質をよく研究してらっしゃる。先輩留学生がやるなーという顔をして感心しておりました。

 

「中国じゃ 地獄の沙汰も 金次第 

札束見ては 目も$(ドル)と化し」
(詠み人知らず)

 

 

上海のモスバーガーは、実はもう一店舗ありました。

 

 

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『豫園』(よえん)という、上海屈指の観光名所の中に、それはありました。

 

上海の豫園にある南翔饅頭店


『豫園』とくれば、写真の小籠包(と『南翔饅頭店』)を思い出す人も多いでしょう。

しかし、「上海屈指」といっても、中国の他の都市と比べ歴史が浅い上海。歴史的な見どころがここと西洋の建物しかない。
「上海にある中国らしい建物」という条件に絞れば、冗談抜きでここしかありませぬ。

しかし、深く深く、さらに深~~くほじくれば、ニッチに面白い発見もありますけどね。その一例を以前記事に書きました。

 

parupuntenobu.hatenablog.jp

 

parupuntenobu.hatenablog.jp

 

あ、パート2で終わってる。パート3は下書き保存したまま存在忘れてたので、近日中にアップします。


それはさておき、留学先の大学との地理関係もあって、最初に紹介した陝西南路店ほどは行かなかったものの、この『豫園』にモスバーガーがあったことは確かです。

23年前の、ネットもなかった時代のこと、さすがに覚えている人は・・・と思って探していたのですが、
陝西南路の方はほぼゼロだったものの、豫園の方は記憶にある人がまばらにいるようです。

 

ネット上ではほとんど情報がない幻のモスバーガーですが、やっとのことで画像を入手。

 

上海の豫園にあったモスバーガー
そうそうそうそう、ここや!!!

20年前の記憶が、間欠泉のように吹き出しました。

調べてみると、豫園店の方が上海モスの第一号店だそうです。

 

 

上海にかつてあったモスバーガー陝西南路

上の画像を見ていただくと、モスバーガーの中国語表記は

「莫師漢堡」

と書かれています。
しかし、なんだか違和感がある人が、中国語を知っている人を中心にちらほらいると思います。

「モスの中国語って、摩斯漢堡じゃなかったっけ?」

 

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実際、台湾のモスや今の中国のモスバーガーは、この表記です。
中国名物、モスバーガーのニセモノか!?
まあまあ落ち着いて、漢字は違えど同じモスバーガーです。それは実際に「両方」を食った私が証明します。


23年前のモスは一体何だったのか

ここで、ある疑問が浮かびます。23年前にあった「莫師漢堡」は、一体なんだったのか?

どうでもいいっちゃいいのですが、ネット上でもほとんど情報がない幻のモスバーガーをリアルタイムで見、食べた身としては是非とも白黒はっきりつけておかねばなるまい。

 

公式HPにも堂々と掲載されている「第一号店」は、明らかに第一号店ではない。
モスバーガーは、何故20年前の歴史的事実を何も掲載しないのか。

 

これは歴史捏造ではないのか!!

 

歴史修正主義モスバーガーを打倒せよ!!

 

 

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魚拓は取った。言い逃れはできんぞ!!(笑

 

 

 

 


なんて目くじらを立ても仕方ない。

机上であれこれ考えていても埒が明かないので、直接モスバーガーの中の人に聞いてみるのがいちばん。


お問い合わせフォームからメールを送ってみました。

拝啓

御社HPには中国への初進出が2010年と書かれておりますが、1994年に上海にありましたよね?
あれって何だったんすか?なんで御社HPに書いてないんすか?
とぼけるなら、ブログで徹底的に糾弾しますよ。

 

という内容のものを、実に丁寧な文面に変換し送付しました。

最後の一行は、ただ腹の中で思ってたけなので送っていません。

 

待つこと小一時間、案外早く回答が返ってきました。

 

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はい、モスバーガーからの公式回答いただきました~。

まあ、そういうことらしいです。

なるほどそういうことか。私の中ではめちゃスッキリしました。

 

つまりこういうことです。

1994年10月(確か国慶節の後くらいだったような)モスバーガー上海に進出したものの、大して旨味がなかったのでしょう、97年にさっさと撤退。たった3年の寿命ならそりゃ幻やわな。

 

そして13年の月日が経った2010年。

 

『待ちに待った時が来たのだ!

 

多くの食材が無駄死にで無かったことの証の為に・・・

 

再びモスの理想を掲げる為に!

 

中国市場制覇のために!

 

中国よ!私は帰ってきた!! 』

(上の元ネタはこちら)

 

と言ったかどうかは知りませんが、中国に再上陸。2012年に上海に再び帰ってきたという流れであります。

私が見た上海モスバーガーは、やはり夢でも幻でもなかったのです。


ちなみに、上海にあったある店舗の跡には、中国らしい、まことに中国らしいお店がオープンしました。

 

上海にあったなんちゃってモスバーガー

モスバーガーは1997年に確かに撤退しました。
しかし、残ってる?あれ?

画像が粗いのでわかりにくいのですが、これは

 

✕ MOS BURGER

 

○ MOS BURGER

 

名前をビミョーに変え、材料を現地調達に切り替え、「MOS」の「S」を抜き、当然本家のあずかり知らぬところで、「モバーガー」は営業し続けていたのです。
中国人の生命力はゴキブリ並と常々申しますが、商魂もゴキブリ並ですな。大阪商人も脱帽ですわ。

 

が、”MO BURGER”くらいで驚いてはいけません。こんなの序の口、上には上がいます。

当時の中国には、こんなファーストフード店もありました。

 

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マクドナルドの片方がわざとらしく欠けたようなロゴ・・・通称「ナクドナルド」。

1994年当時、我々は

ナクド または ナック

と呼んでいました。それも、上海のある店はマクドの隣にあるという強烈さ。この店舗が、1994年当時は街中にあったのです。

いや、上海に関しては「マクド」の方が後発につき、「ナクド」の方が先輩。よって「マクド」が「ナクド」のパクリになって・・・あかん、頭がこんがらがってきた。

「ナクド」があまりに強烈すぎて、この店は正式名称はおそらく誰も知らなかったでしょう。私も今の今知りました。

こんな部類のネタは、中国に行けば今もいくらでもあると思います。しかし、私の中では「ナクド」を越えるものにはいまだ出会っていません。

ちなみに、ここで過去何度かハンバーガーを食べ、2回ほど腹を壊しました(笑

 

しかし、1997年というところに私は再び引っかかりました。もー、何回引っかかってんねん。

はっきりした期日は定かではないですが、1999年か2000年、または2002年に上海に行った際、豫園のモスで食べたことを覚えています。
この時期は中国に行った回数が相当多かったため、期日に2~3年のブレはありますが、97年以降であることは確実です。

 

その時のモスは、もはや私が知っているサービス満点のあれではありませんでした。完全にチャイナイズ(中国化)され、

「店員様の御前である。客ども、頭が高い」

と実に中国らしい接客スタイルに。うん、中国はやっぱりこうでなくっちゃ。
しかし、看板は明らかにモスバーガー。いや、それはもしかして私の思い込み。「MO BURGER」だったかもしれない・・・。
あれはおそらく、「MO BURGER」のように看板だけ借りたなんちゃってモスバーガーだったのでしょう。

ああ、写真でも撮っていたらいいのですが、カメラ不精が今頃響いてきています。

 

その時の味はどうだったかというと、全く覚えていません。

 久しぶりに食って美味かったという記憶もないので、「不味くもなかったけれど」ということでしょう。
残っているただ一つの記憶は、もう二度と来るまいと確信を持ったということだけです。

 

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