昭和考古学とブログエッセイの旅へ

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深層で人を操るモノ

胃痛で倒れる

 

日曜日になって、急に体調を崩ししばし寝込んでいました。
体調が悪いといっても悪いのは胃だけなのですが、とにかく胃の調子が悪いのです。

 

禁煙2ヶ月で体験した禁煙のメリット・デメリット 

先日のこの記事で体調が良くなったと書いたのですが、一つ書き忘れていたことがありました。
それを、ここで補足させていただきます。

「ただし、胃を除く

言い方を変えると胃以外は調子が良い」ということです。

 

禁煙してからというものの、身体全体的な調子はバリバリなのですが、それに反比例、いや反逆するかのように胃の調子だけ悪くなっていっています。

そして先日、ついに胃痛と胃のもたれが激しく朝になっても起き上がれず、胃酸が激しく逆流するような感覚を覚えました。胃に熱いマグマが溜まってすぐにでも爆発するような状態で、日曜日の夜は胃の熱さでほとんど寝れず。
結局、月曜日は会社を休むハメに。
元々胃下垂体質で胃は決して強くはないのですが、こんなことは初めてでした。


季節が季節なので、ヘンなものを食べて軽い食中毒でも起こしたか!?
これが私が疑った第一の原因。
家には、冷蔵庫内も含めてその原因が多少存在しているという厄介な状況につき、いつ地雷に触れてもおかしくはない。
しかし、食中毒であれば吐き気が激しくなるはずなのですが、それがないのです。胃酸が逆流する感覚はあるけれども、それとこれとはまた違うはず。

 

ただし、一つだけ原因が思い浮かびました。
日曜日の夜11時過ぎ、急な空腹感と口の寂しさを感じてコンビニまで走り、軽く食事分の食料+炭酸水を買って食べたのですが、これが胃もたれの主因なのかと。

それだけなら、まだそれを止めれば良いのですが、それが止められない理由があるのです。
それが、忘れた頃にまた出てきた「口唇欲求」。

禁煙してからというものの、それまで、禁煙記事を書いた時も意識していなかったのですが、これはもしかして「過食」ではないかと。それと口唇欲求は関係あるのではないかと。

 

 

「禁煙すると太る」
これは禁煙の宿命みたいなもので、まず避けられないものと心得よという確率で太ります。
その増加率は人それぞれですが、禁煙すると太るというものには2つの原因が考えられます。

一つは「ご飯が美味いから」というもの。
タバコで麻痺していた味覚が禁煙によって戻り、何を食べても美味く感じることが理由で、人によってはご飯粒の一粒の味の違いまでわかるのだとか。
しかし、これは一時的なもので、1ヶ月もするとそれが当たり前になり食欲も落ち着きます。
これを、「良性禁煙太り」と名付けましょう。

 

もう一つの原因があります。それは「口の寂しさ」
以前から何度も言っている「口唇欲求」というものがあります。
口唇欲求については「喫煙と口唇欲求」という記事に書いていますが、今まではタバコを吸ってこの欲求を満たしていたものの、禁煙によって解消する手段がなくなったため、「口の寂しさ」となって感じられる。
そして、今までタバコによって封じられていた「口の寂しさ」という膨大なエネルギーが、食べるに一点集中します。まるでダムが決壊したかのように。


これは上に書いた良性と違い、「悪性禁煙太り」と名付けます。
なぜ「悪性」かというと、時が経っても全く落ち着かないから。それどころか食う量がだんだんと増え、胃が

「もうワシ限界。これ以上(食べ物を入れるのは)勘弁して~」

とこれ以上の食べ物流入を拒否っても、「口が寂しい」が勝ってしまいどんどん口に入れてしまう。
こんなものが身体に良いわけがない。

 

 

禁煙したくても出来ない、という人には2パターンあると推測しています。
一つはニコチン中毒によるもの。これは最初の数日は地獄の苦しみを味わいますが、それ以後はスムーズに進みあっけなく達成出来ると思います。
このパターンの人は、禁煙外来でもらう薬(チャンピックスやニコチンパッチなど)が効くタイプでしょう。喫煙者としては至って「良性」です。

 

しかし、良性あれば悪性あり。もう一つの「口の寂しさを紛らわせるタイプ」が悪性なのです。
このタイプは、残念ながら禁煙外来もニコチンパッチもほとんど効果なしだと思います。たいていは飴などで口の寂しさを紛らわせれば、ある程度解消できます。が、私のように全く効かない重症患者もいます。
仮に止めることができても、根っこにある「口唇欲求」を解消(克服?)しないと、明日にでも吸ってしまうリスクが半永久的に続く。
禁煙したのに再び吸ってしまう人って、統計を取ったわけではないので何とも言えないですが、悪性の人が多いかもしれません。

 


「口唇欲求」と過食は果たして関係があるのか。

過食症」の定義は、

1.短期間に、異常な量の食事を摂取する

2.罪悪感などから口に手を入れてまで吐く

とあります。私は2.が全くないので、「過食症」ではないようです。
2.がない過食症もあるそうですが、医者のサイトによっては書いていないものもあり、医学的には認められていないようです。


どちらにしても、今の私が「過食(状態)」であることは明らか。月曜日に倒れたのも、口唇欲求のままに口に放り込み暴飲暴食が祟った結果、胃がついに悲鳴を上げたからでしょう。
ここでは書きませんが、それなりの根拠はあります。


私の症状を書いているものはないかなと探していたところ、こんなマンガを見つけました。

マンガでわかる心療内科-「太る人には理由がある 過食症」

 

ここに唯一、口唇欲求と過食の関係を解説していました。
マンガで説明しているので非常に頭に入った上に、時々くすっと笑ってしまうギャグも入っているので、見ていて非常に面白い。
私に絵心があれば、こういうマンガを書きたかったなと思わせるものです。
このシリーズは単行本にもなっているようなので、思わずアマゾンをチェックしてしまいました。クリックはまだしていません。

 

この中に、おや?と身体を乗り上げて見てしまった項目があります。

「(過食は)根本的なさびしさから食事に走っている可能性もある」

 

端的に言うならば

「過食の原因は心理的なもの。過食の原因と思われる口唇欲求心理的なもの」

ということです。
「口の寂しさ」は「心の寂しさ」とリンクしています。
人間は一人では生きていけない社会的動物なので、人との接触を満たさないと寂しさがつのります。
その寂しさが募ってしまうと、それが「口の寂しさ」となって表にあらわれ、最後は食べものを口に入れることによって欲を満たす行為に走ってしまうと。
マンガの解説では、こう書かれています。

 

「特に『人と話したい』という欲求がかなえられず、色々とストレスがたまってしまう…。
そんなときに、多くの食事を摂ることによって、口唇欲求を満たし、気持ちをラクにしようとする」

 

これを見た瞬間、あああああと驚きが声に出てしまいました。
やっと探し当てた、口唇欲求解決への鍵となるべき言葉です。

 

ひとり暮らしをしていると、確かに人恋しいことは多々ありますが、口唇欲求が「人と話したい」という欲求につながり、それが過食につながるとは、にわかに信じがたい。
ところが、しゃべることによって「欲求」が解消される・・・これ、心当たりがあります。

 

ここからは微妙な男性天国の話になります。
が、トゲは極力抜いているので炭酸が抜けたコーラになりますがご了承を(笑)。

中国のとある男性天国に行った時のこと。中国って表向きには「ない」ことになっていますが、現実にはそれはもういっぱいそこら中に。
中国なので姫は当然中国人ですが、その時彼女らの身の上話を質問することがあります。
彼女らも客にそんなことを聞かれることがないからか、最初はかなり驚くのですが、やがてポツンポツンとしゃべってくれます。
田舎の農村から出てきて家族を養わないといけないという健気な娘や、またある姫は進学したいが実家が貧乏なため、学費稼ぎのためだったり。
今月は稼ぎが良かったから多めに仕送りできて嬉しい、いっぱい稼いで故郷に錦を飾りたいなどなど、昭和初期の遊郭の遊女のようなコメントが多いのです。
国や時代は違えども、苦海に身を落としても健気でどこか純粋ななところは、中国姑娘(クーニャン)も同じです。

 

「恋人にするなら芸者、結婚するなら遊女」
という、江戸時代から語り継がれた言葉があります。
今風に言えば、「彼女にするならキャバ嬢、嫁にするなら風俗嬢」といったところでしょうか!?
芸者は客も金持ちが多く贅沢に慣れてるせいか、金が切れたら縁も切れ、けっこうつれなくなる。しかし、遊郭の遊女は普段から苦労には慣れっこで生活も質素な上、身体は売っても心は売らないという気丈な女性が多かったので、結婚するとやりくり上手な良妻になれるのだと。
明治・大正・昭和と、各時代の遊郭・赤線で働く女性たちを傍目で見続けていた食堂の女将が遺した言葉ですが、
中国姑娘らの話を聞いていると、この言葉には確かな説得力があるのだと感じました。


そうやって身の上話を聞きながらトークをしていると、やることをやらずに時間切れになることがあります。
お互い行為を終えていないので商売としては不成立ですが、心はものすごく満ちていたのです。
入った時は当然オス丸出しだったものの、喋り終えた頃には消えてなくなっていたどころか、やることやったより心が充足してました。当然、「満足した」以上お金も満額支払。
姫は申し訳なさそうでしたが、客は喜んでいるからそれでいいのだ。


そんな感覚は何度かあり、何故だろうと引っかかっていた不思議な感覚でした。
今こうして自分の心理を一枚ずつめくって行くと、口唇欲求が満たされることによって性欲まで満たされたのだと一本の線でつながりました。
あくまで私個人だと思いますが、口唇欲求は人間の三大原始欲求である食欲・性欲・睡眠欲さえも超越したものかもしれません。
もしそうだとすると、それはそれで非常に厄介なものなのですが(汗)

 

フロイトのいう「口唇期」を満足しないまま大人になると、ものすごくおしゃべりになるということがあるそうです。
これも、口にものを含ませる以外に自分の欲求を解消させる手段の一つです。
私もよくしゃべりますが、ぶっちゃけ文章に反比例してトークはヘタクソです。
さらに厄介なことに、「明石家さんまばりのトークで人を楽しませる自分」という、現実とは真逆の理想像を抱えてしまったため、以前に話した「完璧主義の自分」が現実を許さない。
しゃべったらしゃべったで理想と現実のギャップによりストレスが溜まる。よって喋りたいのに黙る・・・ストレスが溜まる・・・なんだか悪循環の予感。


とは言うものの、しゃべる相手がいなかったら、これは永遠に治らないのか!?
酒が飲めれば、近くの飲み屋でレディーとおしゃべりに興じることができるのですが、私はスイーツ派で酒がほとんど飲めない。
うーん・・・さっさと嫁さん見つけて結婚しろということか!?
しかし、しゃべるだけなら「しゃべり相手」を時給900円くらいで雇えばいいんじゃないか(笑)

あーもう厄介やなーホンマに、と頭の中で妄想していたところ、

 

過食をしてしまうとき、「とにかく食べちゃダメだ!」と考えるのではなく、気持ちを満たすために、何か別の物事を始めることです。

人と話す、電話をする、メールをする…。もしくは別の趣味を始めるのでも構いません。

それこそSNSやブログなどで「ダイエット日記」をつけるのも手です。
周囲の目があれば頑張れますし、またそれを題材に多くの人と交流することで、淋しさも紛らせることができます。

 

こういう事が書かれていました。

つまり、口唇欲求のエネルギーをすべてブログにぶつけろということか。

動物の根本にある三大欲を蹴飛ばすほどのエネルギーなので、ブログに一点集中することができれば、それは膨大なエネルギーが生まれそうですが、うちのブログがエヴァンゲリオン初号機のように暴走しそうで。

もはやこのエネルギー、放射性物質のような雲行きに。きちんとコントロールできれば原子力発電所、しかし一歩間違えるとチェルノブイリか。

 


原因が何にしても、この口唇欲求とやらは人の深層心理に深く根付き人間をコントロールしている可能性すらあります。
「すべての道はローマに通ず」と言いますが、私の場合「すべての欲は口唇欲求に通ず」かもしれません。
もしかして、いまだに私の中に巣食う「完璧主義」も、この口唇欲求から生まれた化物なのかもしれない・・・。いやはや口唇欲求は万物を生み出す神なのか。

 

==参考記事==

yusn.net

 

マンガで分かる心療内科 1 (ヤングキングコミックス)

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