昭和考古学とブログエッセイの旅へ

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入国審査のお話 中国と香港編

深センの町並み

広東省深センという街の大学に、半年間だけですが留学してたことがあります。
深センは香港との国境の街で、中国の改革開放前はただの、人口1万人くらいの田舎町だったと言います。
しかし、改革開放の大号令で真っ先に「経済特区」に指定され、香港との地理的近さもあって香港マネーが流入しました。
それにつれて経済もグイグイ発展し、今や「中国第四の都市」と言われるほどの大都会になりました。

 

深センのシャングリラホテルから写した深セン駅


香港との国境の街だけあって、私がいた当時は街中で香港ドルがごく普通に使え(その代わり、ふつうの店はレート1:1)、人民元で払おうとすると「香港ドルでくれ」と拒否られる程でした。
まるで中国の皮をかぶった香港。中国の都市というより、「香港の植民地」のような状態でした。

私がはじめて深センに行ったのは、留学する前の1995年の1月でした。
その時の目的は香港だったなので、深センはあくまで通過点でした。
海に囲まれた日本人にとって、「陸路で国境を越える」ということは、外国に出ない限り経験できません。
そのせいか、「陸路で国境を越える」という言葉には、何か魔法のような、エキソジックな響きを持っています。

生まれて初めて陸路で国境を越えた興奮と緊張は、22年経った今でも覚えています。
国境を示す通路のラインの手前に立ち、


「左足から入ろうか、右足から入ろうか」


なんてことを、延々と考えておりました。
国境を越えたことがある人も、少なからずこんなこと考えたことありませんか?

 

深センの鄧小平のスローガン


地理的にお隣なだけあって、私が留学していた深セン大学の留学生は「マルチビザ」という、
何回でも国外に出ることができる特殊な留学ビザを持つことができました。
他の大学の留学生は、少なくとも当時は「ノーマル留学ビザ」でした。
普通の留学ビザでは、香港を含めた国外に出る時は、公安局(警察)に行き出国の手続きをしないといけません。
これが非常に面倒くさい上に、公安の係官の機嫌が悪いと手続きすらしてくれない。
机を叩いて抗議したら、「公務執行妨害」とやらで現行犯逮捕・・・はい、一回やらかしました(笑
しかし、「マルチビザ」を持っているとそんな手続き不要。深セン大学だけの特権・特例と言っていいでしょう。

このマルチビザ特権は、ほぼ香港に行く便宜をはかったものです。
それくらい、深センと香港は地理的に近いのです。

 

この深センと香港の関係を、大阪に例えます。他の地方の皆さんごめんなさい。

深セン大学を関西空港くらいの位置としたら、関空快速に乗りJR阪和線で大阪方面へ。
大和川が香港との国境で、浅香駅でいったん電車から降りて、入国手続きを行います。
大和川に架かる橋を歩いて越えたら、もうそこは香港。
杉本町駅で香港の鉄道の電車が待ち構え、天王寺駅で地下鉄に乗り換え、なんばか心斎橋あたりが香港中心部。

距離的にも時間的にも、こんな感覚でけっこうです。

 

 

 

香港尖沙咀側から写した香港島

 

香港尖沙咀から写した香港島の夜景

 

 

私が深セン大学にいた当時は、まだ香港は中国へ返還前でした。
当時の香港は「夢の世界」でした。当時の深センは経済発展していたとは言え、
まだまだ香港との格差は大きく、生活物資は不十分でした。
(この6~7年後にジャスコ(今のイオン)が深センにオープンし、すごく楽になりました)
質の良い生活品を手に入れるには、やっぱり香港がいちばん。
香港に行けば、そごうはあるし大丸もある。無印もあれば東急ハンズもある!
日本料理店も山ほどあり、吉野家で牛丼も食える!
ほとんど日本と変わりません。おまけに香港は関税オールフリーなので、モノによっては日本より安い。
香港は我々にとっては生活の一部、遊びに買い物に週4~5日は往復していました。

我々にとっては、まさに「神様、仏様、香港様」
香港にケツを向けて寝ることはとんでもございません(笑

 

深センと香港のイミグレ

ある日、いつもどおり香港で買い物をしようと国境へ。
いつもは、日本人ならパスポートを見てキーボードを無機質に叩いたら、パスポートにスタンプを押す。
係官は笑顔でパスポートを返す。
こちらはThank you♪または広東語で「唔該♪(ムコォイ。「おおきに」)」と一言。
で終わりなのですが、この日は何かが違いました。

 

パスポートの写真と現物の顔を何度も見比べては、「うーん」とうなっている。
他の係官を呼び、私にわからないように何かを相談している・・・。
最後は何やら不満気な表情でスタンプ。返す時の笑顔もなし。なんだか不穏な空気。
一度だけなら、

「まあ、たまたま機嫌が悪い係官に当たったんやろ」

と思って流すのですが、これが中国へ帰る時の時も同じ。
そんなに急に怪しい人相になったか?

 

そういうのが何度も、記憶だと2週間ほど続き、嫌な感じやなーと思っていたところ、他の留学生から思わぬ情報が!


少し前に香港で凶悪な強盗殺人事件があり、犯人が香港中で指名手配されていました。
狭い香港でなかなか捕まらないので、中国に逃げたというウワサもあり国境で警備を強化していたそうです。

その指名手配犯に・・・私がそっくりなんだとか。

「似てるも何も、うり二つやって~!」

「お前、香港で悪いことしてへんやろなww」

と周りに笑われる始末。

そりゃ、ちょんまげのカツラを被って国境審査を受けたり、
体育ジャージで香港一の高級ホテルに入ろうとしてインド人の守衛に追い返されたり、
黒い作務衣を着て顔半分を黒頭巾で隠し、職業を「NINJA」と書いたり。
そういう「悪さ」は確かにやってましたよ(笑)
留学生は基本ヒマな上にみんな若いので、こういうつまらないことしか考えないのです。
でも、強盗殺人なんてとんでもございません!

 

と言うと、

「のぶちゃんだったらやりそうだよねwww(^o^)」

おいおい、俺はどない思われとんねん!


幸いにも(?)そのご尊顔を拝んだことはないので、そんなに似てるのか?と思ったのですが、
そう言っている間に犯人が捕まった、と香港のニュースで流れました。
その時に映った犯人の顔を見ると・・・

 

凶悪犯

(イメージ画像)

 

うーん、確かにそっくりでした(笑)

「世界には自分そっくりの人が5人はいる」

と言いますが、自分でも二の句が継げないくらい似ていたのです。

無事犯人が捕まったあと、痛くもない腹を探られた私はめでたく無罪放免。


その後の仕事も含めて香港には、パスポートのスタンプを数えただけでも通算200回以上は行きましたが、以後止められた記憶はありません。

 

読者さんのtaitaiさん

taitaitaiwan.hatenablog.com

からのリクエストでした。

しかし!

中国と香港「編」と書いているということは・・・?もしかして!?

 

 

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