昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

吉田茂からのメッセージ

「日本の歴代首相の中で誰がいちばん好きですか?」

と聞かれたら答えに詰まってしまうので、以下の条件をつけます。

「戦後の首相では」

 

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この条件なら、真っ先に吉田茂の名前を思い浮かべます。
たぶん、これに同意する人も多いと思います。

吉田茂は有名なので、私がくどくどと書くには及ばないですが、敗戦直後の国中が焼け野原になった日本を、それ以上に歴史始まって以来の敗戦ショックで、精神的に生きた屍状態になった日本人の復興を目指した首相であります。
終戦後の日本に君臨した、新しい「神」であるGHQマッカーサーとも、イギリス仕込のクイーンズイングリッシュとブラックユーモアで対等に渡り合いました。あの時代にこの人がいたことは、ある意味日本の奇跡かもしれません。

しかし、その姿態度は傲慢不遜、口は辛口毒舌、気性が激しく頑固一徹。人に頭を下げるのが大嫌い。この頑固さは吉田の故郷土佐では「いごっそう」と言うそうですが、それゆえ「ワンマン宰相」とも言われました。
20代の若い人なら、現副総理の麻生太郎さんの母方の祖父って言うたほうが早いかもしれません。

 

では、吉田茂のどこが好きななのか?
私が好きなのはそのユーモアセンス。
吉田茂はユーモアセンスがある、日本人には珍しいタイプの政治家であり、イギリス仕込みのブラック込みのジョークで、マッカーサーですら翻弄していました。
このユーモア、今の政治家・首相にいちばん欲しいところであり、またいちばん足りないところでもあると思ったりします。

 

吉田茂の、マッカーサーを煙に巻いたユーモアエピソードを。なお、彼らの関西弁はただのフィクションです。

■エピソード1

吉田茂
GHQって何の略なの?」

 

マッカーサー
「かしこくもGHQとはGeneral Headquartersの略であってどうだの・・・」

 

吉田
「へー、てっきりGo Home Quickly(さっさと(アメリカへ)帰りやがれ)の略かと思ってたよ」

マッカーサー
「www」

 

 


■エピソード2

終戦直後の食糧難は想像以上に深刻で、このままだと日本人が数百万人餓死すると言われました。
そこで吉田はマッカーサーに450万トンの緊急食糧援助をお願いしたのですが、アメリカ政府や議会は「自業自得じゃ」と拒否しました。
さらに、日本国内では「米よこせ」の数十万人のデモが東京を埋め尽くし内閣は総辞職、次の内閣(第一次吉田内閣)も流産の危機にありました。
そこで吉田は、

「餓死者が出てデモが暴動になったら、赤(共産主義)の革命が起きまっせ。そうなると、あんたの統治能力も問われますわな」

と大の共産主義嫌いで、かつアメリカ本土の評価を気にするマッカーサーをくすぐり、食糧援助を引き寄せました。
結局70万トンが緊急輸入されたものの、日本での餓死者はゼロ。マッカーサーは吉田を呼びつけました。

 

マッカーサー
「こら吉田!輸入量6分の1なのに餓死者ゼロってどういうこっちゃねん!統計おかしいやないかい!(怒」

 

吉田は涼しい顔で言いました。
「そりゃ当たり前ですがな。日本の統計が正確なら我が国はあんたらと戦争なんかやってませんて。統計が合ってたらうちが圧勝してるはずやしな」

 

マッカーサー
「wwwwww」

 

「神」に対してジョークで料理しとります。

 

それにしても、吉田のジョークをちゃんと理解して爆笑で応えるマッカーサーも、相当の知性があるなと思います。

ジョークを理解するにも知性が要る」

というのが私の持論なのですが、ここで言う知性は頭の回転とではなく、頭の柔軟性、フレキシブルさです。ジョークは頭が柔らかくないと理解はできません。もしマッカーサーがコチコチの石部金吉なら、こんなジョークは全く通用しないどころか、「何をこんな時にこんなジョーク言いやがって」と即首が飛んだことですやろな。もっと以前に、吉田自身石部金吉に対する別のアプローチを試みていたことでしょう。

 

また、ダジャレも好きだったそうです。

■エピソード3

首相になったら、ご存知日本国憲法により「国会議員でないといけない」のが決まり。首相になってしまったので、仕方なしに議席を持つために選挙に打って出ました。
しかし、「有権者に頭は下げない」「演説はしない」とわがまま放題。
ある日、誰かに促されて街頭演説に立ちました。寒かったのかオーバーを着て演説したものの、それが傲慢に見えたのか、

「大事な一票をもらうのに外套を着て挨拶する奴がいるか!」

と野次が飛びました。
そこで吉田はすかさず切り返しました。

「黙って聞きなさい。外套を着てやるから街頭演説です」

まあ、今ならただのおっさんギャグで片付けられそうですが、おっさんギャグで何が悪いんだ、ジョークがわからん石頭がいちばんバカヤロウだ。
と吉田は答えるかもしれませんな。
ちなみに、この「有権者に頭を下げない」「演説はしない」とんでも(?)選挙戦の結果は、98,000票を獲得し、ぶっちぎりのトップ当選でした。

 

そのジョークぶりは、政界を引退した後も変わりませんでした。

引退後のインタビューで。


記者「お年をとってもしっかりしてらっしゃいますね」

 

吉田「元気そうなのは外見だけです。頭と根性は生まれつきよくないし、口はうまいもの以外受け付けず、耳の方は都合の悪いことは一切聞こえません」 

 

記者「(汗)で、健康の秘訣はおありですか?」


吉田「そうですね。いいものを食ってるからですね」

 

記者「何を食べてらっしゃるのですか?」

 

吉田「人を食っております」

 

吉田茂の自慢の一つは、イギリス人顔負けのきれいなクイーンズイングリッシュを話すことでした。孫の麻生副総理も、祖父のイメージは「白足袋」「葉巻」、そして「イギリス英語」だったと言っておりました。

その麻生さんが若い頃、アメリカに留学して帰国、英語ペラペラとなり意気揚々と祖父の吉田に報告に行ったのですが、あまりご機嫌がよろしくない。
なんで?と思っていると言い放ちました。

 

「おい、俺はお前にEnglishを習ってこいと言った。しかしなんだそのAmericanは。英語勉強しなおして来い!」

 

麻生青年は、せっかく帰国したのに祖父の命令でイギリスに流されることになりましたとさ。
このジョーク、わかるでしょうか?

 

その麻生副総理は今や現役日本の政治家トップクラスの英語の使い手ですが、その麻生氏をして
「こいつの英語、俺より上手いわ」
と言わせたのが、河野太郎外務大臣

どれくらい英語が上手いかというと。
「英語が上手すぎて日本語の方がたどたどしい」
「彼の日本語は、英語の癖でまわりくどい表現ができない」
と同期の小野寺防衛大臣にからかわれるほどで、自民党内ではナンバー1の英語の使い手だそうです。

ちなみに、「日本語の方がたどたどしい」というのはわかる気がする。私も20代のイケイケの頃、中国語の方が流暢だと言われることがありましたが、外国語だと気兼ねする必要なく、ストレートにものが言えるから。日本語だと今でも相手に気を使いすぎて、最後は何を言っていいかわからなくなっちゃうんで。

 


個人的に好きな、ザ・ベスト・オブ・吉田ジョークはこれです。

■エピソード4

フィリピンとの外交交渉の場で。

 

吉田「ご来日を待ちかねておりました。賠償の支払いは、その原因をつくった側にある、とお考えでしょうね」

 

フィリピン「その通り。話は早いですね。我が国は日本軍により大きな被害を受けましたので、それ相応の賠償金を請求いたします」

 

吉田「我が国は、貴国の海域で発生した台風により、太古の昔より多大な被害を被っております。つきましては我が国は貴国に対して台風による賠償を求める所存であります。具体的な金額については大蔵省で計算中ですので、終了次第提出いたします」

 

フィリピン「wwwww(そう来たか!)」

 

外交という、食うか食われるかの瀬戸際、それも日本側圧倒的不利な立場でこんなジョークが言えるのは、頭だけではなく相当な肝っ玉、安岡正篤の言葉を借りれば「胆識」があるということ。
このエピソードは日本より海外で有名で、当時のある国のトップが

「こんな場面でこんなジョークを言えるとは、日本の首相はなかなか手ごわいぞ」

と手放しで絶賛したそうです。

ちなみに、これはあくまで外交でのジョークであって、日本はフィリピンに、マニラ湾で大破着底した軍艦のお掃除代も含めて相当の賠償額を払っており、フィリピン国民も周知の事実です。

 

今回の記事のお題は、ユーモアのことではありません。

 

あるNHKアーカイブ番組で、吉田茂83歳の時の映像が残っていました。ようつべにも残っていたのですが、いつの間にか消えてしまったようです。
83歳というと確か昭和36年、首相はもちろん政界からも完全に引退し、神奈川県の大磯にあった別荘で悠々自適の隠居生活を送っていた時のことですな。
NHKのアナウンサーが聞き手になって、外務大臣、首相時代のエピソードを、トレードマークの葉巻をくわえながら語っていました。83歳といってもさすがは修羅場を乗り越えた元宰相、記憶はしっかりしているし、口調もはきはきとまことに矍鑠(かくしゃく)としたご隠居、とても83歳には見えませんでした。


服装は、これもトレードマークの和服に白足袋姿でした。

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吉田茂といえば写真のような洋服姿がすぐ頭に浮かびますが、彼にとってのカジュアルな格好は、和服に白足袋だそうです。


そこにたぶん別荘の庭なんでしょう、緑豊かな庭園みたいな所に置かれた椅子に座り、リラックスした感じでカメラの前で語っています。
日本では、公の場や儀礼での姿を固有日本語で「ハレ」と言い、それは「晴れの舞台」「晴れ姿」という言葉に残っています。対して、日常、普段着の姿、プライベートな状態を「ケ」と言い、漢字だと猥褻(わいせつ)の「褻」と書きます。
この映像の吉田茂は、100%「ケ」の姿なのでしょうね。


しかし、「ハレ」の吉田のトレードマークの「傲慢不遜」もやっぱりある。そしてそれに釣られてしまったのか、アナウンサーまで椅子にのけぞりながら紅茶をすすり、実に態度がデカい。今ならツイッターで拡散され叩かれるレベルですね。
とは言うものの、我々凡人から見たら「傲慢不遜」に見えても、それが実は威厳、つまりオーラということが多々あります。
実際に目の前にして、相手にオーラを感じることはよくあることですが、テレビやネットというフィルターを通してもオーラを感じたことは、たぶん吉田茂で3人目です。
一人は現役の某経営者、二人目は某女優、そして吉田茂
吉田茂は、実は身長が155cmしかなかったのですが、この態度のデカさ・・・もとい威厳。リアルで見たらものすごいオーラで、小学生のように直立不動になるくらいだろうなと思います。


映像は10分間くらい。おそらく、もっと長い時間をかけてじっくりとインタビューしたとは思うのですが、アナウンサーの質問はマッカーサーとの思い出に触れます。
吉田は

「占領なんて長くするもんじゃない。長く続くと占領する方もされる方も、自然に摩擦が生じて不幸になる。占領という不規則な状態は早くやめるのが良い。
これがマッカーサーの理論であり、彼のえらいところだった」

マッカーサーは一軍人というより立派な政治家だった。日本にとってマッカーサーGHQのトップだったのは幸運だった」

マッカーサーを評しています。
せやけど、進駐軍の政策に関しては、

Good intention, but poor policy.

だと、英語で答えています。
どういうことかというと、進駐軍の「敗戦してボロボロの日本をどうにか建てなおして、盛り上げてやろう」という意図、目的はよろしい。が、政策自体はちょっとよろしくなかったということです。

吉田はこれについて、
「日本の国情や積み上げてきた歴史を一切無視して、アメリカの考えを一方的に押し付けた」
という一言に凝縮しています。

また吉田茂は、これを

「善意の悪政」

という表現をしとります。
善意の悪政・・・これはなかなか薀蓄のある言葉ですな。アメリカ、というより西洋は、

「ME!ME!ME!」(俺は俺が!)

と自分を押し売りする傾向があります。何にしても自分中心、自分が正義というのが前提です。イチローも言っていました。アメリカは1の自分を100に見せ、日本は100の自分を1に見せるのがコミュニケーションと。

その後のアフガンやイラクなどを見ていると、俺が正義だとアメリカ式を押し付けた結果メチャクチャに・・・なんだか良くも悪くもアメリカらしいなと思うのは私だけでしょうか。


特に、憲法はまるで「これが『善意の悪政』の典型的な例だ」といわんばかりの口調で述べています。
ここがいちばん重要なのですが、それを、

「これは日本が自ら改正すべきことであり、手直しすべきことである」

と語っています。
憲法のどこの何が「善意の悪政」なのかは、この映像じゃ何も語っていません。憲法以前に、政治システムが形骸化かつ金属疲労を起こして日本中で故障を起こしてる今の日本を見ると、吉田が「そろそろ改正すべき時じゃねーの?」と草葉の陰から我々にメッセージ、宿題を送ってくれている気がします。

アメリカのせい、誰かのせい・・・人のせいにして、裏を返せば「自分は悪くない」と主張するのは簡単です。憲法はもちろん数々の制度は、確かにアメリカの押し付けもあったと思います。
とは言っても、おかしいと思うところは手を加えて改善していったらいいわけで、日本は独立国、それはいくらでも出来るはず。
それを「人のせい」にするということは、結局は自分らが変化を望まないのと同じこと。それでは何も変わらないし一歩も進まない。
それは確かに昭和36年の映像でした。

が、まるで吉田茂が21世紀の現代にタイムスリップし、今の日本に活を入れているような感じさえして、少し変な気分に襲われました。
まあ、最後には


進駐軍のおかげさまで、(日本は)弱ってんだからww」


ときっちり皮肉で締めくくっとるところが、さすがブラックユーモアの名手。
ただ、その皮肉は、あの世の吉田茂が今の我々に向けて発しているような気がしてならないのですけどね。


吉田はずっと外交官一筋でした。なので政治家としての能力は未知数、というかゼロでした。何せ政治家に必須な「人に頭を下げる」のが「大嫌い」だった人なので。
しかし、外交官人生で培った、「弾が飛ばない戦争」と言われる外交の修羅場をくぐり抜けてきた経験を武器にGHQとやり合い、戦後日本の数々の試練を乗り越えてきました。
その姿は、あのふてぶてしい態度と共に「The King of 戦後の総理」として今でも伝説になっとります。
最後に、吉田茂の外交官としての言葉を書いてみます。

 

外交は、小手先の芸でもなければ、権謀術数でもない。

大局に着眼して、人類の平和・自由・繁栄に貢献するとの覚悟を持って、

主張すべきは主張し、妥協すべきは妥協する。

これが真の外交の姿である。

 

「主張するところは主張する」が、今の日本の外交、果ては日本人全体に足りないところだと思ったりします。
主張するところは主張せず、相手に気を使いすぎ妥協しまくってバカにされ、逆に主張しまくって妥協を知らない。両極端になってしまうことが日本人の悪いところです。吉田茂が言いたいことは、要はバランス感覚やで~ということです。


そんな吉田茂に敬意を払って、最後はジョークで締めくくりたかったのですが、いざジョークを言えと言われるとおっさんギャグ一つも出てこないのが、私の頭のプアーなところであります。