昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

中国三大竈(かまど)の話

 

f:id:casemaestro89:20170803145236j:plain

 

日本も本格的な夏に入り、毎日暑い毎日が続いていますが、お隣中国もやたら暑い毎日です。

 

www.afpbb.com

 

中の記事を見ていただくとわかりますが、中国内陸部の重慶ではあまりの暑さにプールの中で麻雀をやる人が出る始末。
そこまでして麻雀やりたいか!はい、やりたいそうです(笑)
それにしても、プールに入ってまで麻雀する執念がすごいわ。
目的のためなら手段は選ばぬ中国人らしい一シーンです。この執念と生命力、日本人はある意味見習わないといけないかもしれません。

 

 

 

中国三大かまど

中国には、

「三大竈(かまど)」

(中国語:三大火炉城市)

と呼ばれる地域があります。

 

f:id:casemaestro89:20170803145256j:plain

 

重慶重慶市


武漢湖北省


南京(江蘇省

 

この三都市が、「中国三大かまど」や「中国三大ボイラー」などと言われる有名な灼熱地獄です。

 

中国の夏の暑さを、まず数字で体験してもらいましょう。

 

f:id:casemaestro89:20170803154404p:plain

 

1951年(昭和26年)から2017年(平成29年)までの、気温40℃以上越えの日数ランキングです。
中国三大かまどの筆頭、重慶がぶっちぎりの首位です。そんなぶっちぎりは要らないのですが。
重慶の暑さはとにかくダントツです。数字だけではなく体感的にも。

そもそも、何故重慶はそこまで暑いのでしょうか。

重慶市周辺は「四川盆地」という、16万平方キロメートルという巨大な盆地の中心にある都市です。
四川盆地がある四川省は、古代から天然の要害として数々独自の王朝が栄えました。
その中でも『三国志』の「蜀」が有名ですが、「蜀」はイコール四川省。今でも四川省を「蜀」ということもあります。
三国志演義』の中で、劉備の軍師となった諸葛孔明が「天下三分の計」を説きましたが、
四川省は守りやすく攻めにくい地形のため、「逃げる」にはちょうどいい土地なのです。

 

f:id:casemaestro89:20170803145200j:plain

 

航空写真で重慶周辺を見てみると、重慶市街が長江と山地に囲まれていることがわかります。
盆地は風が吹きにくい上に冷たい空気が溜まりやすく、
「夏は暑く、冬は寒い」
とよく言われます。京都はその典型だと言われています。
しかし、四川盆地は冬の平均気温が10℃強と寒くなく、日本の種子島とほぼ同じ。農業の三期作も可能な気候なのです。
その分夏が高温多湿という名の地獄だったりするのですが、その独特の気候の中発展したのが「四川料理」です。

四川料理の代表格が、みんな大好き麻婆豆腐です。四川料理は何でも辛いので有名ですが、その辛さは「辣味」(唐辛子の辛さ)と「麻味」(山椒のピリッとくる辛さ。「麻」は麻痺するなどの意味)の二段構えです。日本の麻婆豆腐は前者の「辣味」が全面に出ていますが、本場四川のは「麻味」が主役。その「麻」のレベルやハンパなく、辛いを超えた「何か」です(笑

では、何故四川料理は辛いのか。

四川の高温多湿な上に身体に水分がたまりやすい気候風土では、それが「水毒」として身体に害を及ぼす、という中国医学の理論があります。しかしそのままでは発散させにくい。よって辛い料理で汗を出し、余計な水分や「水毒」を排出する。日本も高温多湿ですが、夏に激辛料理を食べたくなる時は、身体に「水毒」が溜まっているからかもしれません。

医食同源」という言葉がありますが、四川料理医食同源的に非常に理にかなっているのです。

 

蛇足ですが、北京市の最高気温記録日の1999年7月24日は、知人が北京を旅行していた頃のはず。少なくてもこの日には北京にいたのですが、体力には自信があった知人は「精力的に」北京観光をした結果、「7月下旬」に熱中症に倒れ入院、最後は命に関わり日本大使館のお沙汰で緊急帰国となったそうです。
その時の話を聞いたことがありますが、もう暑いなんて次元ではなく、「身体が溶けるような感じ」だったそうな。

他にも、

 

f:id:casemaestro89:20170803154701j:plain

 

「唐の都長安と書いた方がイメージが湧きやすいかもしれない陝西省西安

 

 

f:id:casemaestro89:20170803154705j:plain

 

「中国一知名度が低い省都」というレッテルを貼られている、河北省の石家庄。

石家庄と聞いて

「ああ、あそこか」

と1秒以内で認識できる日本人は、そういません。中国人にもあまりいません。

 

この3都市が「数字で見る中国三大かまど」ですね。

対して、日本の最高気温ランキングはどうか。

 

f:id:casemaestro89:20170803145154j:plain

 

気象庁から取ってきた確実な正式データですが、暑い暑いと言いながら41.0℃。中国の灼熱数字を見た後だと、なんや大したことないやん、余裕余裕♪とさえ思ってしまいます。

 

こんなニュースを見つけました。

 

中国の「4大かまど」(最も暑い都市)から常連・武漢がずり落... - Record China

 

武漢、ついに陥落!」

と書くとなんだか80年前の日中戦争みたいですが、ランク外だからといって油断は禁物。
「かまど」から陥落したからといっても、武漢が涼しくなったわけではないのだから。
湖北省武漢は、昔から「暑すぎて蚊が落ちる(だから蚊がいない)」と言われるほど。
中国に駐在していた日本海軍の艦隊でも、武漢の暑さで水兵がバタバタ倒れるエピソードが残っています。
私も20年以上前に真夏の武漢に行ったことがあるのですが、まるで火がついた鉄板焼きの上で踊らされているような感覚でした。
鉄板で焼かれる焼肉のカルビやロースの気持ちが理解できた気がしました。

このランキングを見て、意外だったと思ったことが一つあります。
新疆ウイグル自治区トルファンが入っていないと。

 

f:id:casemaestro89:20170803153848j:plain

 

トルファンは中国の西部にある砂漠のオアシス都市です。航空写真で見ると典型的な砂漠のオアシスという感です。
ここも実は、「トルファン盆地」という盆地にある都市です。
このトルファン盆地は、インド亜大陸とアジアが衝突しヒマラヤ山脈が形成された時の「しわ」にあたるらしい。


トルファンは、アジア人かヨーロッパ人か区別がつかない顔つきのトルコ系民族、ウイグル人が多い街。
トルコ系ってあのトルコ人の?何千キロも離れたウイグル人と関係あるの?と不思議に思う方もいるかもしれません。
彼らは関係あるどころか親戚、トルコ人がそもそもここあたりに住んでいたのです。現代風に言うならば、トルコ人の「現住所」はトルコだけれども、「本籍地」はトルファンあたりからモンゴルにかけてです。そして、彼らはいまだ本籍地変更届けを出していません。

 

 

f:id:casemaestro89:20170803164358p:plain


中国の書物突厥(とっけつ)という騎馬民族が出てきますが、彼らがトルコ人。その突厥が1000年間かけて中央アジアペルシャ系などの白人系民族と混血し、さらにイスラム化しながら西へ移動し、アナトリア(小アジア)に定住した子孫が今のトルコ人です。

同じ北方騎馬民族としてモンゴル人も同類で、モンゴル人から見るとトルコ人は「遠くへ引っ越した元お隣さん」という感覚だと言っていました。

突厥」は現代トルコ語で「ギョクテュルク」と言うのですが、トルコが打ち上げた気象衛星の名前がそのギョクテュルク。日本語に直すと「気象観測衛星突厥・・・おお、なんか渋いやん(笑)

 

 

f:id:casemaestro89:20170803163244j:plain

少し脱線しますが、モンゴルには「フンヌ・エアー」という航空会社があります。

ただのモンゴルのローカル航空会社ですが、「フンヌ・エアー」を漢字に直すと・・・。

数年前にモンゴルへ出張した時のこと。羽田空港からの飛行機が5時間強のフライトでウランバートル国際空港に着陸しました。その隣にフンヌ・エアーの飛行機が羽を休めていたのですが、「フンヌ=匈奴」というのは司馬遼太郎の本で事前に仕入れていたので、


「フンヌ・エアー・・・直訳したら匈奴航空か・・・わお!」


世界史の授業で一度は聞いたことがあるあの匈奴。古代の中国王朝が恐れおののいた伝説の騎馬民族匈奴の名を付けた航空会社なのです。「匈奴航空」・・・飛行機なのに馬の蹄の音が聞こえてきそうです。いかにも騎馬の国モンゴルらしい。
匈奴」は我々は「きょうど」と読み、現代北京語でも「シオンヌー」です。が、昔は「フンヌ」と読んでおり、意味は「人」。
現代モンゴル語でも人は「フン」で、「日本人」はヤポンフン。ウソと思うなら白鵬友綱親方にでも聞いてみて下さい(笑)

 

突厥」に「匈奴」・・・我々にとっては数千年前の歴史の1ページにしか過ぎない過去の出来事ですが、世界に目を向けると現在でも子孫によって名前が守られている現在進行系なのです。

 

閑話休題。 

そんなウイグル人の街トルファンですが、暑さたるやハンパではありません。
周囲がすべて砂漠なので暑いということは明らかですが、
「灼熱とはこういうことか・・・」
と悟ってしまうような暑さです。湿気があまりないのでまだマシかもしれませんが、体感温度は中国屈指だと断言します。
ただし、砂漠ならではのメリットもあります。

 

f:id:casemaestro89:20170803153836j:plain

 

トルファン名物のぶどう棚です。この光景を見ると、NHKで放送されていた『シルクロード』のオープニング音楽が脳内に流れる人もいるのではないでしょうか。
って年齢がバレますね。
これはブドウ栽培のためでもありますが、実は日陰作りというもう一つの役目があります。
砂漠のため、ぶどう畑に入ると一気に涼しくなります。これで扇風機をかけると、信じられないくらいですが涼しいを越えて寒いです。
砂漠は日中と夜間の温度差も30℃40℃あたり前ですが、日なたと日陰の差もすさまじいのです。

新疆ウイグル自治区は砂漠が多いから、どこでも同じじゃないの?
しかし、トルファンは特別に暑いのです。数字にはあらわれない、何かの影響かわかりませんが、他の都市より暑さのレベルが一つ上なのです。

 

 

「中国三大かまど」は、人によっては「四大かまど」になったり「七大かまど」になったりするようです。
一般的な「四大かまど」は、「三大かまど」に長沙湖南省か南昌江西省をプラス。
「七大かまど」になると、「三大かまど」に長沙・南昌・杭州浙江省・上海をプラス。

しかし、私の個人的な「四大かまど」は、

重慶武漢・南京・上海

この4つ。

この4つ・・・「三大かまど」もそうですが、ある共通点があります。なんだかわかりますか?

それは、すべて「長江(揚子江)沿いにある都市」だということ。
「川沿いの街」となれば「七大かまど」すべてがビンゴ。

中国灼熱地獄と長江の関連性はわかりませんが、少なくても「夏の長江沿いの都市は暑い」ということは、中国旅行をする際覚えておいた方がいいかも。
さもないと、冗談抜きで生命にかかわりますから・・・それくらいの暑さなのです。

 

上海の暑さ

私が上海に留学していた1994年の夏は、観測史上最高気温を記録した年でもありました。
上海は、日本と違って暑さのピークが7月です。上海は日本の本州とそれほど気候は変わらないのですが、8月になると少し涼しくなるのが特徴です。

1994年の夏は、私が覚えている「暑さ」の中でも猛烈に覚えているうちの一つです。

 

中国は記録的猛暑 屋外で寝そべる人が続出

 

f:id:casemaestro89:20170803145249j:plain

 

2017年に観測史上最高気温を記録、上の写真のように屋外に寝そべる人が続出したそうですが、1994年にも同じ光景があらわれていました。気温は40度を超え、帰国後に聞くと日本でもニュースになっていたようです。
さらに湿気も非常に強く、窒息するような暑さだったことを覚えています。

当時住んでいた、「外賓楼」と呼ばれた大学の留学生専用寮は、設備がちょっとしたビジネスホテル並でした。
上海の大学内の留学生寮の中では、当時としては相当恵まれた環境であったことは確かです。
当然エアコンも完備だったのですが、ビルなどにあるような集中制御って言うのか、屋上などにある制御設備から冷風を各部屋に送るシステム。
それがなんと、こんな暑苦しい時に壊れてしまいました。
当然部屋の中は低温サウナ状態。運良くルームメイトが帰国中で部屋のバスルームが占有できたので、バスタブに水を溜めてバスタブの中で寝ていたこともありました。

 

寮でじっとしていても冷房が壊れては何の意味もなし。あまりの暑さに耐えかね、
「もうこんな暑さイヤや~!俺は上海を出る!」
と旅に出ることにしました。
旅の行き先は・・・あの武漢。「避暑」となるはずの旅が、飛んで火に入る夏の虫。「かまど」に自ら放り込まれて行くなど無謀極まりない行為でしたが、当時は「三大かまど」などつゆ知らず。

武漢で「蚊も落ちる暑さ」を経験した後、もう嫌気が差し、
「もうこんな暑さイヤや~!日本に帰る!」
と日本(大阪)に帰ると、8月だったので日本もまた暑さのピークだった・・・という落語のようなオチでした。

 

昔の中国のあの暑さを思い出しながら文章化していくと、昨今の日本の暑さはまだ耐えられるかも・・・と思えるお話でした。

 

☆☆最後までご覧いただき、ありがとうございます。

よろしければ、立ち去る前に下のボタンを押していただけると喜びます♪☆☆