昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

【昭和考古学】「阪神飛行学校」と盾津飛行場(大阪陸軍飛行場)

大阪の大和川河口、現在の南港口周辺に「第ゼロ代関西国際空港」建設計画があったことを、先日書きました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 「戦前、南港に空港を作る予定だったらしい」この話は地元に伝わる伝説として小耳程度にはさんでいたものの、おばちゃ…

幻の大和川国際飛行場【昭和考古学】

現在、大阪には 関西国際空港(関空) 大阪国際空港(伊丹空港) 八尾空港 の3つが存在しています。広義の点では神戸空港も含めてもいいでしょう。 現在はそれぞれの空港で仲良く(?)棲み分けが出来ていますが、かつて戦前の大阪で熾烈な空港誘致競争があ…

台湾と後藤新平ー発見されたデスマスク

本日2019年4月11日、台湾で歴史を塗り替える大発見がありました。 www.nippon.com 後藤新平のデスマスクが台湾で発見されたというニュースです。 (写真:Wikipediaより)後藤新平(1857-1929)といえば、医者にして政治家、東京市長や満鉄総裁などを歴任し、関…

大阪の「中華街」 後編ー川口を歩く

時間が空いてしまいましたが、以前、大阪市西区の川口に戦前、「中華街」があったことを記事にまとめました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 前編はその歴史の概要を書きましたが、今回はフィールドワークと実際に川口を歩いてみました。その繁栄は空襲で灰と…

消えた遊廓・赤線跡をゆく-丹波篠山(京口新地)編

※注意※ このブログ記事は、2009年に前ブログにて書いた記事をやっつけ仕事で編集したものです。情報が古いのと、文章が拙い場合があるのであしからず。また、予告なしに文章が変わることもあります。 今回は、丹波篠山にあったという遊郭跡を書いてみようと…

大阪の「中華街」 前編ー川口華商の興亡

大阪の中華学校 大阪にあった「チャイナタウン」 川口中華街の特徴 行桟 ある輸出品と、ある企業 戦争に消えた川口華商と中国人町 大阪の中華学校 大阪市浪速区大国町。ここにある学校があります。 中華学校です。 中華料理専門学校ではありません。在阪華僑…

三国志と三国演義

日本人は、いや、日本人男性は三国志が大好き。私もご多分に漏れない三国志好きです。中国留学時も三国志好きな男が多く、日夜三国志トークに花を咲かせていました。 三国志は中国の英雄伝。本場の中国人男性もみんな好きだろう。いや、嫌いなわけがないじゃ…

妹尾知之-ある海軍軍人の一生

半年前、岸和田市にある「きしわだ自然資料館」という場所に行ってきました。島流しの前は岸和田市民だった私にとっては、数年ぶりの岸和田の地でした。 自然科学の展示が中心の岸和田市立の施設ですが、この時の用事は自然科学にあらず。あるご縁で施設の方…

【追悼】天牛堺書店に捧げる鎮魂歌

明けましておめでとうございます! …ってもう1月も終わってしまいます(いつの話やねん)。お待たせして申し訳ないですが、遅れながらも新年明け第一号の投稿となります。 今年第一号のブログ記事なので、少しは縁起の良い話題を…といきたかったのですが、初…

トーチカからの思考

日本人は、「一所懸命」「一心不乱」というように、「一」が大好き。一つのことを極めることを美学とします。ただし、それが生理的に合わない人もいます。それが私なのですが。 しかし、あくまで「本妻」は中国語。他の外国語はすべて「愛人」です。実用とし…