昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

昭和考古学の旅

なんばパークス南で謎の遺跡発見!その正体を追う

大阪の難波にある「なんばパークス」の南端、少し前の記憶がある人は大きな平面駐車場として覚えている人がいるかと思います。もっと具体的に言えば、「ヤマダ電機LABI1なんば店」の横、南海電車との間のスペースです。 そこに、タイ資本の「センタラグラン…

阪和射撃場-阪和電鉄幻の施設が今ここに明かされる

現在、関西空港へのアクセスラインとして大車輪の遅延騒ぎを起こし・・・は今や昔、JR西日本のドル箱路線として活躍している阪和線。昔は「阪和電気鉄道」、略して阪和電鉄という私鉄であった。 当時の経営陣は、ネタを残すために経営していたわけではないの…

紀和駅と駅名の由来-かつてここは和歌山駅だった

和歌山県和歌山市。かつてここには、「和歌山駅」があった…いや今でもあるやんかという声が聞こえてきそうだが、現在のJR和歌山駅のことではない。 南海電鉄和歌山市駅からJR和歌山駅まで、東西に走る一本の線路が走っている。地元住民か鉄道好きのお友達以…

【昭和考古学】「阪神飛行学校」と盾津飛行場(大阪陸軍飛行場)

大阪の大和川河口、現在の南港口周辺に「第ゼロ代関西国際空港」建設計画があったことを、先日書きました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 「戦前、南港に空港を作る予定だったらしい」この話は地元に伝わる伝説として小耳程度にはさんでいたものの、おばちゃ…

幻の大和川国際飛行場【昭和考古学】

現在、大阪には 関西国際空港(関空) 大阪国際空港(伊丹空港) 八尾空港 の3つが存在しています。広義の点では神戸空港も含めてもいいでしょう。 現在はそれぞれの空港で仲良く(?)棲み分けが出来ていますが、かつて戦前の大阪で熾烈な空港誘致競争があ…

大阪の「中華街」 後編ー川口を歩く

時間が空いてしまいましたが、以前、大阪市西区の川口に戦前、「中華街」があったことを記事にまとめました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 前編はその歴史の概要を書きましたが、今回はフィールドワークと実際に川口を歩いてみました。その繁栄は空襲で灰と…

大阪の「中華街」 前編ー川口華商の興亡

大阪の中華学校 大阪にあった「チャイナタウン」 川口中華街の特徴 行桟 ある輸出品と、ある企業 戦争に消えた川口華商と中国人町 大阪の中華学校 大阪市浪速区大国町。ここにある学校があります。 中華学校です。 中華料理専門学校ではありません。在阪華僑…

大阪新世界のレトロゲーセン「ザリガニ」で懐かしのゲームを満喫しよう!

以前、といっても1年以上前ですが、大阪新世界の「ジャンジャン横丁」にあった、「ザリガニ」という小さなゲーセンのことを書きました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 大きなお友達たちの、日常生活で失った童心を揺さぶった記事でしたが、書いた後で知りま…

映画『太陽の墓場』に見る釜ヶ崎@鉄道編

以前、昭和35年(1960)に大島渚監督によって撮られた『太陽の墓場』という映画の話を書きました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 今回はその続きなのですが、すぐに続きを書こうという意思だけは持ち続けた結果、かなりの月日が経ってしまいました。本当はすぐ…

映画『太陽の墓場』の舞台を歩く【昭和考古学】

釜ヶ崎・・・事情を知らない人は、名前を聞いただけで恐れおののく(?)、あのあいりん地区です。 よそ者が入れば身ぐるみ剥がされ、女はシャブ漬けにされて東南アジアに売り飛ばされると恐れられた地域の特質か、現在でも言われたい放題言われています。そ…

信太山にあった数奇なゴルフ場 後編 ※2019.7.29情報更新

(信太山ゴルフ場。本格オープン前。昭和10年11月頃。『阪和電気鉄道史』より) ==大まかなあらすじ== 大阪南部、信太山にあったという短命のゴルフ場、「信太山ゴルフリンクス」は大阪で2番目、さらに日本ゴルフ史に燦然と輝く伝説のコース設計者、上…

信太山にあった数奇なゴルフ場 前編 ※2019.7.29情報更新

大阪の幻のゴルフ場 信太山 阪和電鉄と信太山ゴルフ場 阪和がやればあそこが黙っていなかった ゴルフコースの設計者 史上空前の好景気と共に 戦争とともに消えた信太山ゴルフリンクス 信太山のゴルフ場はどこにあったのか? 大阪の幻のゴルフ場 我がブログを…

日本最強のレトロ学生寮、京大吉田寮に潜入!【昭和考古学】

もう3月の話になってしまいましたが、京都であるツアーに参加してきました。 その名は、 「京大の歴史的建造物を探索しようツアー」 京大は構内参観自由なので、ツアーに参加しなくとも一人で見ることは可能です。私も12年前ではありますが、1日かけて京大を…

ドムドムバーガーを食らう!

先日、かつての小売業界のティラノサウルス、ダイエーの話をしました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 栄えるものはいつか滅びる。これは時空という大きな大河の流れに生きる世界の理(ことわり)ですが、ダイエーの滅びっぷりは日本経済史に残る伝説となりま…

数年で消えた幻のレジャーランド、砂川遊園と砂川奇勝の話「補足編」

砂川遊園、砂川奇勝アゲイン 砂川遊園・奇勝のおさらい 泉州の宝塚 砂川遊園の最期 戦後の砂川遊園と奇勝 砂川奇勝保存運動 泉南市が目指す目標 展示会、行く価値ありか 砂川遊園、砂川奇勝アゲイン 以前、「砂川遊園」「砂川奇勝」、そして「第ゼロ号ネズミ…

映画『火垂るの墓』番外編 現代に残る三ノ宮の戦争の痕

先々週だったか、亡くなったアニメ界の巨匠、高畑勲監督追悼記念に『火垂るの墓』をテレビで放送していました。その後、台湾や香港でも追悼放送されたらしく、みんな目に汗を浮かべていたということがネットで書かれていました。あの映画で涙するのは世界共…

台北帝国大学の歴史 中編【昭和考古学】

前編では、台北にある台湾大学の前身、台北帝国大学の歴史をざっくり書きました。はい、あれでざっくりです。 parupuntenobu.hatenablog.jp 中編は、実際に現在の台湾大学への冒険へと旅立ち、台北帝国大学の遺構を目(写真)で味わいましょう。

台北帝国大学の歴史 前編【昭和考古学】

台北の郊外、公館という地に台湾大学が鎮座しています。11の学部に50以上の学科を備え、3万人ほどの学生が在籍している、台湾一の総合大学です。 中国の伝統的価値観では、犬である武官より犬をコントロールする文官の方が格上でした。しかし、台湾では何故…

横山やすし-昭和最後の芸人の幼少期を訪ねる【昭和考古学】

昭和最後の芸人の死 平成8年(1996)1月の大阪摂津市。ある男が、自宅で短くも太く濃い波乱の人生に幕を閉じました。彼は死の前夜酒を飲み、長年の深酒に肝臓が悲鳴を上げたアルコール性肝硬変でした。「あんた、これ以上飲んだら死ぬで」と医者に通告されてい…

ANAは堺市が発祥だった?!日本航空輸送の魁、日本航空輸送研究所と大浜飛行場【昭和考古学】

堺という町 大阪市の南にある堺市は、日本でいちばん新しい政令指定都市・・・かと思ったら違っていました。時代は私の意思とは関係なく動くものです。しかし、その歴史は古墳時代にまでさかのぼります。 堺が大発展したのは室町時代から。商業を中心とした…

大阪市立大学と杉本町駅 後編ー駅から伸びていた謎の線路とキャンプ・サカイ

前編は、ざっくりと大阪市立大学の歴史と現在の姿を書きました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 今回の後編は、最寄り駅のJR阪和線杉本町駅を絡めた謎解きの本題に入ります。 で、こう書くと「また阪和線か!」という声がPCの奥から聞こえてきそうですが、 恐…

大阪市立大学と杉本町駅 前編ー大阪市大とは【昭和考古学】

阪和線に杉本町という駅があります。 これといって強烈な特徴もない駅ですが、この駅には副駅名というサブの駅名が付けられています。 その名前は、大阪市立大学前。 もう知ってるし~という地元大阪人にとっては、何をいまさらという当たり前の事実ですが、…

天王寺駅の怪 完結編-ついに天王寺駅の謎が暴かれる!?【昭和考古学】

数ヶ月前、JR阪和線天王寺駅の謎について記事を書きました。 parupuntenobu.hatenablog.jp parupuntenobu.hatenablog.jp 自分でもかなり力を入れた記事でしたが、その熱量がインターネット回線を通して伝わったか、かなり好評でした。 この中で、天王寺駅の…

新世界のゲーセンで古き良きゲームを堪能しよう!かすが娯楽場編

大阪は新世界には、レトロゲームに特化したレトロゲーセンがいくつか存在しています。 以前紹介した「ザリガニ」が知名度では一歩抜きん出ているようのですが、他にもブログのネタにすべきゲーセンがいくつか存在しています。 今日は、その一つを紹介します…

旧制台北高等学校物語 第3話ー写真でたどる現在の台高【昭和考古学】

2話分を費やし、台湾にあった旧制高校、台北高等学校の歴史を辿っていきました。 parupuntenobu.hatenablog.jp parupuntenobu.hatenablog.jp 今までは過去を書いていきましたが、今回は現在の台高、つまり國立臺灣師範大學がどうなっているのかを写真で紹介…

旧制台北高等学校物語ー第2話【昭和考古学】

(台北高等学校の帽章) 第一話、 parupuntenobu.hatenablog.jp に引き続き、台北にあった旧制高等学校(「台高」)の歴史を書いていきます。 尋常科と高等科 1922年に創立した台高ですが、まず作られたのが「尋常科」というクラスでした。 旧制高校は3年制…

旧制台北高等学校物語ー第1話【昭和考古学】

台灣には、2005年時点で145校もの大学が、島内のあちこちに建てられています。 台湾人の大学進学率は7割近くに達するようで、学問熱心のお国柄もあいまって日本以上の学歴社会となっています。 その中の一つに、台北市内にある 「国立台湾師範大学」 という…

天保山の「ハaハaハa」と天満屋ビル-昭和考古学しながら美味しいランチと軽食を!

私のライフワークの「昭和考古学」とグルメ。 一見、なんの接点もないような二つの言葉ですが、それが密接に絡み合う場所が各地に存在していたりします。 ちょっと一例を。 大阪の証券街だった北浜という所にある、「高麗橋野村ビル」というビルです。 昭和2…

真田山陸軍墓地-大阪の真ん中にある静寂の異空間【昭和考古学】

古本屋と神社に行っただけだったのが・・・ 先日、大阪市内にある「三光神社」に行ってきました。 そもそもメインの目的は神社ではなく、その周りにあった古本屋だったのですが、「たまたまそこに神社があった」的な感覚で、吸い込まれるように境内へ入って…

上野芝と向ヶ丘町の歴史-陸にかかる謎の橋【昭和考古学】

「昭和考古学」として、現在JR阪和線になっている阪和電気鉄道(以下、阪和電鉄)シリーズを書いていきましたが、やはり阪和電鉄は伊達じゃない。もうネタはなかろう・・・と思ったら、まだあるのです。ネタが尽きないのはいいのだけれど、書いている方は疲…