昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

台南で慰安婦像設置…おっとちょっと待て!

ブログの管理人ページを見ていると、ある記事へのアクセスが爆伸びしていました。

 

parupuntenobu.hatenablog.jp

 

約1年前に書いた記事ですが、書いた本人も忘れていたような古いものが何故今ごろ・・・と不思議に思ったと同時に、

「台湾で何かあったな」

というカンが働きました。

そこで調べてみたところ、こんな記事が。

 

中国語はこちら

news.ltn.com.tw

 

日本語はこちら。

www.sankei.com

 

台湾は南部にある、「台湾の京都」と呼ばれている古都台南で、慰安婦像が建てられたというニュースが舞い込んできました。 

また国民党か、懲りないな(笑

そう、「またか」というのは、国民党が慰安婦カードを使ってくるのは初めてではないからなのです。

 

 

台南慰安婦像の背景

慰安婦とくれば韓国というイメージが強いですが、実は台湾でもちょくちょく採り上げらています。

台湾=親日という単純なイメージしか持たないと見逃しがちですが、台湾には大陸(中国)から逃げてきた、俗に「外省人」と呼ばれる人たちと、その子孫が少なからず存在しています。

かつては「本省人(=台湾人)」との対立として取り上げられてきましたが、世代交代も進み、その構図だけでは測れない「全員台湾人」の時代。若い世代にとっては、

「昔、そんなのがあったらしいね」

という、骨董品屋にも置いていない品となっています。いまだに「外省人」「本省人」で区別している人は、Windows10の時代にまだXP使ってるの?というほど情報が古いので、すぐにバージョンアップしましょう。というかさっさとやれ。

「台湾=親日」という一方的なものの見方しかできない人は、台湾情勢の複雑さを理解できない上に、こういう「反日」的な話題があがると、

「わたしの知ってる台湾じゃない!」

と感情的に反応してしまいます。

国際情勢をやれ親日だやれ反日だと一面的な見方しかできないなら、正直見ない方がいい。国際政治というものは、80年前の日本の総理大臣が

「もうわけわからん!」

という理由で総辞職したほど「複雑怪奇」なのだから。

 

さて、この台南慰安婦像を建てたのは誰か。

調べてみると「台南市慰安婦人権平等促進協会」という、名前からして胡散臭い団体が中心となっています。ここの連絡先を調べてみると、国民党台南支部と同じ。像の設置場所も公有地ではなく、国民党の私有地。これは法的には別に問題ないと思われるので、勝手にやりなはれでしょう。

つまり、慰安婦像の設置主は国民党、それを人権団体という隠れみのを使って大プロパガンダをやったという経緯となります。

 

お前が言うな

中国国民党は、1949年に台湾に「亡命」して以降、「大陸反攻」をスローガンに「中共」こと中華人民共和国と対立してきました。信じられないでしょうが、ほんの22~3年前までは明日戦争を起こしてもいいような臨戦態勢だったのです。その時の台湾に在住していた人に話を聞いたことがありますが、会社の従業員に少なからず秘密警察がいて、電話も政治的な話になると急に切れる・・・つまり盗聴なんてごくふつうだったと。

その紅組共産党青組国民党の対立の最前線が、金門島という福建省の小さな島でした。

 

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矢印の部分が金門島ですが、中国福建省厦門(アモイ)市と目と鼻の先です。

中国留学中、アモイから金門島を見たことがあります。アモイも島なのですが、両島の距離は余裕で泳げる距離、双眼鏡があれば島の人が手を振る姿がはっきり見えるほど、「すぐそこ」なのです。

そんな金門島は臨戦態勢の頃、一般人が立ち入ることができない島ごと軍事機密でした。私が台湾に住んでいた頃は渡航可能でしたが、何か特殊な書類を書く必要があったか、事前に申請が必要だった気が。

 

そんな金門島には、1956年から「軍中特約茶室」という娯楽施設が存在していました。「831部隊」とも呼ばれ、ネットではこちらの方が主流です。

これは最前線の兵士用の慰安所、スタッフは売笑婦です。売笑婦という言い方が気に食わないならば、慰安婦と呼びましょう。

それだけであれば、なんだただの軍の慰安所かと、世界史的に見ると大したことではありません。しかし、国民党は大陸出身の「同胞」には手を付けず、未成年の台湾人を娼婦として動員、時によっては拉致同然に通学の女子学生を狩っていました。

国民党の兵士は、台湾の村々を襲い、手頃な若い娘をさらって自分の嫁にしていた事実もあります。これも台湾史を根を詰めて学ばないと知ることのない、日本では絶対にしられることのない歴史です。中には姉妹が強引に「外省人」と結婚させられ、

「あいつら絶対に許さん!」

と怒りをぶちまけていた、日本語世代の人の話も聞いたことがあります。

で、この流れになると3割から4割くらいの確率で、

「日本がもっとしっかりしていれば、(我々台湾人は)こんな目に遭わずに済んだんだ!」

と矛先が日本、というか私に向かって八つ当たりまでがお約束。え?ボールをそっちに投げてくるか!?とこちらがおっかなびっくりでした。

そんなお爺ちゃんおばあちゃんも、今は歳を取り怒るエネルギーもなくなったそうですが、特に日本統治時代を経験した世代は、親日だ反日だでは片付けられない複雑な感情を持っていました。日本に見捨てられたと拗ねてしまい、反日ではないけれど日本人に屈折した感情を持っている人は、昔はそれこそゴロゴロいました。「日本語世代=全員日本人にやさしい」というのは、はっきり言って幻想です。

今となって冷静に考えれば、だらしない放蕩孫を祖父母が叱りつけているという「愛」なのでしょうが、怒り玉をぶつけられた方は正直たまったもんじゃない。彼らも、そして私も若かったのでしょうが、台湾史が頭に入り彼らの複雑な歴史を理解していなければ、「嫌台」になっていた次元で「うざかった」ことも事実です。

 

閑話休題。

この慰安所は1990年代の民主化、つまり李登輝氏が総統になるまでは軍の極秘。知らぬは台湾人民ばかりなりだったのですが、当時は戒厳令下、存在をバラしたら国家機密漏洩罪かなにかで銃殺刑が待っていたそうです。

この台湾版慰安婦は、2014年に「軍中楽園」という映画にもなり、4日間で2800万台湾ドル(約1億円)の興行収入を得たほどのヒット作となりました。4年前の映画なので見た人もいるでしょう。

gun-to-rakuen.com

映画の効果もあり、「国民党立台湾慰安婦」の存在は周知の事実となりました。

 

この事実に対し、国民党は謝罪の「し」もしていません。むしろ必要悪だったと開き直っているのですが、それが逆に国民党が慰安婦ネタを封印される呪縛となっています。

 

上述のとおり、立法院(国会)でも国民党が慰安婦をネタにはしています。しかし、

国民党「日本の慰安婦!」

民進党「軍中楽園!」

これで終了。

軍中楽園は紛れもない事実のため、国民党の盛大な地雷のおかげで全く話が盛り上がらない。つまり、国民党が慰安婦ネタを持ち出せば持ち出すほど、

「お前が言うな!」

と盛大なブーメランとなって返ってくる・・・慰安婦と騒げば騒ぐほど、自分らの黒歴史がクローズアップされてしまうのです。おそらく、明るみに出ていない「国民党慰安婦」ネタは、まだあると思いますよ。

 

 

台湾人の反応

中華圏情勢に関して、私は感情的に反応しません。今は陸に上がった魚状態とは言え、腐ってもエキスパート。

「台湾見損なった!」

「台湾製品不買だ!」

とカッカしている連中の感情的意見とは一線を画し、冷静に情勢を見つめるのが常。感情的になると逆に盲目になり、見えるものも見えなくなります。

海外情勢を大衆の熱狂の中から見るな、自分も巻き込まれる。ビルの10階から通行人を双眼鏡で見るように、俯瞰的に観察しろ。

24年前、右も左もわからない若造に、国際情勢の見方を教えてくれた先輩留学生の言葉が、現在でも血となり肉となって身についています。

 

台湾人の反応を見るまでは悲観も楽観も無用だと、台湾のサイトやFBを一通り見てみましたが、はやり概ね

「お前が言うな」

が多数。

「また『中国人』の仕業か」

(※台湾に住んでかつ中国にシンパシーを感じる人達を、台湾では「中国人」といいます。ネットスラングで「支那人」「豚(豬)」という言い方もありますが、SNSだとおそらくアカウント凍結レベルでヤバいので、外国人は冗談でも使わない方がいいです)

「831慰安婦像まだ~?」

と、831部隊の名前を出してツッコミを入れている人も多数見受けられました。現地の反応は至って冷静。台湾人は政治に対して敏感なので目が肥えている上に、現実主義なのでさほど心配はしていません。あとは台湾人としてのアイデンティティをもっと強く持てというくらいです。

が、それを持ってくれると「中国」国民党としてははなはだ困ってしまいます。建前になってしまったとは言え、国民党の使命は「祖国統一」。その手土産として、台湾人には立派な「中華民族」になってくれないと困るのです。

その「中華民族」「台湾人」(私は個人的に、Foromosan(フォルモサン)と言っています)とのアイデンティティのせめぎあいが、現在進行系で続いている。それが現代台湾情勢です。

 

国民党の焦り

慰安婦ネタなど何度やっても軍中楽園ブーメランなのに、何故今回また爆発不可避の地雷に手を出したのか。

 

日本にとっては一件Bad Newsに思えるこの慰安婦像設置、冷静に情勢を観察するとむしろGood Newsだったりします。 

最初このニュースを見た時は、慰安婦ネタで新しく叩けるロジックでも編み出したのかな!?と思ったのですが、当日の除幕式の馬英九前総統の演説を聞いてみると、特に新しいネタはありませんでした。

news.livedoor.com

「謝罪ガー」と「補償ガー」しか出てこず。なぁ~んだ新ネタないのかよとガックリしたほどです。しかし、ブーメランネタにすがりつかないといけないほど、国民党は切羽詰まっているなということを感じました。

 

2016年1月、台湾では総統選挙が行われました。結果、民進党の蔡英文総統が選出されたことは周知の事ですが、同時に立法院選挙、日本で言えば衆議院議員選挙も行われていたことは、知らない人が多いと思います。日本は総統選挙しか報道せず、なんだか台湾で選挙やってるらしいね~くらいの認識でしたが、台湾が中国になるかどうか、国と民族の存亡を賭けた「ダブル選挙」だったのです。

 

その結果は、若者が作った伏兵政党「時代力量」が躍進、民進党も史上初めて立法院で過半数を獲得。国民党は全くいいところなしというほどボロボロに負けたのです。

何故負けたのか。国民党の馬英九政権が中国に近づきすぎ、台湾人に警戒されたからです。この選挙の結果は、台湾人が「中国」と「中国人」に対しNOを突きつけたということです。

 

台湾の歴史は、

「外来政権に支配された歴史」

でもあります。

江戸時代初期のスペイン・オランダから始まり、鄭成功、日本、そして国民党(中華民国)・・・台湾人は「民族自決」を味わったことがありません。

台湾の将来は台湾人が決める。そんなもの当たり前といえば当たり前ですが、そんな当たり前のことができなかった、いや現在もできない国が隣にある。その歴史を学びなさい、台湾のご飯おいしい、台湾大好きとキャーキャー言うのが日台友好じゃないよと、私は口を酸っぱくして言っているのではありますが…。

国民党が、不倶戴天の敵のはずの中国と結託した結果・・・それが拒絶反応となり総選挙の議席数という数字で出てしまい、国民党は少なからずショックを受けたのです。

かといって、国民党は既に、

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上の画像のような状態(笑 今更「台湾回帰」はできない・・・。

台湾人には「売台党」と石を投げられ、私には「中國共産黨臺灣聯絡處」って改名すれば?とブラックジョークをかまされるほど、堕ちてしまったのです。

その傷がまだ癒えていないのでしょう、「出してはいけないネタ」を出すほど、彼らは追い詰められている。そういう見方もできます。

 

また、現在史上最高に良好と言える日台関係に、少しでもヒビを入れたいという事情もあるかと思いますが、現地のニュース記事を見ていると、「慰安婦像」というネタで民進党に揺さぶりをかけた、台湾国内の権力争いの色合いが強い。つまり日本は関係ない。日本の野党も、政府や与党を叩くためならどんなネタにもかじりつくように、国民党も慰安婦に手を付けるということです。

だいいち、彼らが主張する慰安婦の数が「20万人から40万人」て、なんやねんこの20万人の誤差って(笑 

突っ込む気もしないほどの超大雑把さに、国民党さん本気でやってよ?と心配してしまう次元です。

 

しかし、上述したとおり国民党にとって慰安婦は諸刃の剣、自分も傷つかなければならないほど「武器」が乏しくなっている事情もあるかと思います。

こちらはしばし様子を見るのみ。いちばんやってはいけないのは、こういうことでやれ見損なっただ、もう台湾に行かないとか感情的に反応すること。正直、いちいち感情的に反応する人は、昨日はOK、今日はNGな海外情勢を語るなんてやめといた方が身のためです。精神が持たないし、そういう人こそ、

「してやったり」

と向こうの思う壺(カモ)なのだから。

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

興味があれば、以下の記事も如何でしょうか。

 

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