前回の記事の「アタマコンクリ」、台湾には日常会話に相当の日本語が入っていることに衝撃を受けた人が多かったと思います。
台湾で使われている台湾語や北京語などに浸透している日本語を、「日式台語」と言います。和製英語ならぬ台湾製日本語なり。
前編の反響を見て、台湾に残る日本語事情を20年以上前から知っている私にとっては、あれ、みんな意外と知らないのねと衝撃でした。それでも調べていくうちに予想以上に残る日本語の数々に、書いた本人も衝撃を受けました。
前回は適当に書かせていただきましたが、これは面白いとさらに調べてみるとなかなかおもしろい世界が開けてきました。
今回は、そんな「あなたの知らない『日式台語』」のさらなる世界を。
この写真をご覧下さい。
(参考:Wikipedia)
昭和26年(1951)の東京の下町の写真・・・ではありません。
これ、台北市の町並みです。
戦後の、まだ中華民国との国交が樹立(日華平和条約)が締結されていないどころか、日本人の海外渡航すら困難だった頃に、毎日新聞の記者が取材した時の写真です。
正直、戦後間もない東京の写真と言われても、ほとんど違和感がありません。1枚目なんぞ、東京の浅草や大阪の新世界を歩けば今でもありそうですし、2枚目も「大上海公共食堂」と書かれた看板がなければ、日本の昭和2~30年代と何ら変わりません。なんだかおばあちゃんの家の近所のような、甘酸っぱい懐かしささえ感じます。
1枚目は言わずもがななのですが、2枚目にも日本語が溢れています。
2枚目の一部分を切り取ったものですが、赤で囲んだ部分、すべて日本語です。
①の部分は、上左から、「茶碗蒸」「天婦羅(天ぷら)」「寄鍋(寄せ鍋)」「刺身」「丼物」、②は左から、「鰻蒲焼」「天婦羅」「江戸前寿し」「寿喜焼(すき焼き)」と書かれています。唯一中国語らしき「大上海公共食堂」も、「大上海」以外はそもそも日本語発祥ですし。
食い物ばっかしやんか!という声は置いておいて、「鰻蒲焼」「丼物」「寄鍋」は私も衝撃を受けました。『鰻蒲焼』ってあーた、うな丼食いたくなってきたやんか。
この中で、「天婦羅」「刺身」「丼」「寿司」は現役で使われています。「茶碗蒸(し)」は、私がいた20年前は基隆や高雄の屋台でふつうに、しかも日本語のまま「ちゃわんむし」通じていたのですが、今は果たしてどうだろうか。
「天婦羅」「寿喜焼」は一見Taiwanizeされた日本語のように思えますが、戦前の日本ではこのように書かれていました。試しに「寿喜焼」でググると、1ページ目が日本全国のすき焼き専門店一覧表のような状態になります。
今でも「天婦羅」は、前回紹介した「甜不辣」と同じく、屋台でもちらほら見受けられます。
台湾には日本語だけでなく、日本料理もいろいろと残っています。前回書き忘れましたが、「鉄板焼(き)」もそこら中で見かけるし、秋に秋刀魚(サンマ)を食べる習慣まで残っています。
私が台湾に住んでいた頃は、10月くらいだったか、道端でサンマを、七輪で焼いていた姿さえ見かけました。異国で見る「昭和の風景」に、ここって確か台湾だったよね?と、開いた口が塞がらなかった記憶があります。
台湾では、終戦後すぐに「日本語禁止令」が発令されます。
この「日本語禁止令」は、
「日本の奴隷教育に侵され中華民族としての自尊心を失った台湾人どもを、『再教育』してやる」
という国民党の教育の一貫で、猶予なしで突然決定されました。
そんな60年70年前のこと・・・と思いきや、この方針、国民党はいまでも変えていません。いや、李登輝元総統によってかなり毒抜きされたせいで、党内には「アク」だけが残り、それがここ数年明らかに悪性化しています。
国民党の祖である孫文は、「革命未だならず」と言い残して世をさりましたが、中華民国、いや国民党にとっては「台湾人の『再教育』未だならず」なのでしょうね。
このお触れにより、日本語に馴れていた台湾社会は大混乱。日本語から知識や最新科学などを入手していた人たちにとって、これは「何も言うな、何も聞くな、何も見るな、何も考えるな」と言われているのと同じだったと、旧制台北高校卒(東大在学中に終戦)インテリの一人、王育徳は自伝に書いています。
その日本語禁止令は、いちおうタテマエ上は、李登輝が総統になり正式に解禁される1990年まで続いていました。
写真の1951年は、国民党が中華民国ごと台湾に「亡命」(1949年)して2年後の世界です。それと同時に、
「お前ら、日本語なんか絶対使うなよ、いいか、絶対だぞ!!!」
と厳しく取り締まられていた時期でもあります。
1952年の「日華平和条約」により日本語禁止令はいささか緩くなりましたが、当時の人の回想を拾い上げてみると、1951年前後がいちばん厳しかった時期でした。
しかし、そんな状態でこれです。おいおい日本語だらけやんかとツッコミを入れたくなるのは、私だけでしょうか。
ネット掲示板に見る「日式台語」!?
前回の記事を書いてから、さらに「日式台語」の世界の奥地へ踏み込んでみると、こんな現地の掲示板を見つけました。
タイトルを5ちゃんねる風に超訳すると、
「お前らの知ってる『日式台語』を教えろ」
とう感じですが、掲示板の名前がWomenTalkと書いているので、2ちゃんというより、「がるちゃん」みたいな感じなのかしらん!?
日本語の発音を北京語で書き込んでいるため、北京語が読めないと何を書いているかほとんどわかりません。が、逆にわかればなかなかおもしろいスレです。得体の知れない漢字を北京語で読むとあら不思議、日本語じゃないですか!という感じで。
どうせヒマなのでその中で取り上げられた、主なTaiwanize済み日本語の統計を取ってみました。結果は以下の通り。
10票:ラジオ(台湾語だけでなく、客家語でもそうらしい)
7票:かばん、りんご
6票:ライター、にんじん
5票:トマト、コンクリ(アタマコンクリを含む)
4票:シャツ、(車の)ハンドル
3票:スリッパ、ビール(生ビールを含む)、パン、たんす、看板、バッテリー
2票:弁当(便當)、トラック、風呂、オートバイ、おばさん、カタログ、酸素、カーテン、アルミ、名刺、おしぼり、(車の)バック、ピストン
1票:おでん、エビ、ネクタイ、運ちゃん、わさび、先輩、パチンコ、おじさん、エプロン、サンプル、先生(教師という意味)、プロペラ、病院、カメラ、イノシシ、アスパラ、シリコン、海苔、口座、天ぷら、気持ち、Oリング、パッキン、ガスケット、セルモーターなど。
中には、
「今は使わないけど、小さい頃は『風呂』って言ってた」
「母親が”百香果”のことを『トケイソウ(時計草)』って言ってた」
(※”百香果”とはアメリカ原産のフルーツで、トケイソウ科の仲間)
「アミ語*1では、野球は『棒球』じゃなく『やきゅう』だよ」
という意見もありました。
特に興味深かったのは、
「工事現場で使う一輪車を、『ネコ車』って言うらしいね」
という書き込み。「ネコ」をローマ字でnekoと書いていたので、日本語なのでしょう。
これのことなのですが、これって日本語で何と言ったっけ?
調べてみると、「ねこ車」と言うのですね。知らなんだ。
超レアかもしれないけれど、台湾でも「ねこ車」という表現がわずかに残っているということか。
それにしても、調べれば調べるほど「日式台語」の世界は奥深い。今度台湾に行った時は、積極的に使ってみようかしらん。「大陸式中国語」を使って中国人と間違われるのも、日本人として癪なので、
NHK中国語講座では絶対教えてくれない、台湾中国語のある法則
「台式日語」を調べていくうちに、ある法則に気づきました。
上の統計のように、
「ドライバ」
「ラジオ」
「にんじん」
「おでん(関東煮)」
という日本語もけっこう使われています。
この3つの「台式日語」には、ある共通点があります。それは、「ダ行」が「ラ行」になることがあるということ。
つまり、それぞれ
「ロライバ」
「ラリオ」
「ニンリン」
「オレン」or「オリェン」
と発音することがあるのです。
台湾の夜店に行くと、「黒輪」という文字が書かれた屋台が目立ちます。
コンビニに行っても「黒輪」と書かれた、どこかで見たことがあるような、いや、ないような食べ物が陳列されています。
漢字が漢字なので、なんだこれ?と身構えてしまいそうですが、この「黒輪」を台湾語で読むと「オリェン」。「おでん(関東煮)」の「で」がら行になり、「おりぇん」となって定着しているのです。上のランクではたった一票だった「おでん」ですが、生活に定着しすぎて、日本語であることが意識されず使われているということです。
「ダ行」が「ラ行」になる理由は、台湾語、というか、「ビン南語」という福建省南部方言独特の癖からだと考察しています。
台湾語で「私は日本人です」を、
「ゴァーシージップンナン(我是日本人)」
と発音します。「日本人」は「ジップンナン」と言います。同じ「日本人」という漢字なのに、中国語(北京語)の「リーペンレン」とは似ても似つかぬ発音です。
この「日本人」、もう一つの言い方があります。
「リップンラン」
「ジップンナン」が「リップンラン」になるのです。たまに、
「どっちが正解なんですか!」
と聞かれることがあるのですが、敢えて言うなら「ジップンナン」が正解。しかし、会話では「リップンラン」が多く聞かれるかなと思います。「日本」も、公式の読みは「にっぽん」ですが、実際の世間では「にほん」と言っているのと同じことです。
中国福建省では、"D"の発音が”L"になることがあるのですが、私は「DのL化」と呼んでいます。中国語圏広しと言えども、福建省・広東省文化圏にしかない独特の発音変化です。
(宮武讃岐製麺所のHPより)
台湾では、「うどん」を「烏龍麺」と書きます。発音は、前半はだいたいお察しの通り「ウーロンミェン」です。
「うどん」は中国では、「烏冬麺(面)」と書いて「ウードンミェン」。日本語の「うどん」の音訳です。
台湾では何故、「うどん」が「烏龍」になるのか。ウーロン茶と何か関係があるのかと、台湾に旅行して不思議に思った人もいると思います。
これも、「DのL化」と関係があります。だいたいお察しのとおり、「うどん」の「ど」が台湾語の「L」に変化し、「うろん」になったということでしょう。
この発音変化は台湾・福建省だけではなく、広東省にもあります。
広東語で「ニーハオ」は「ネイホウ」と言うのですが、人によっては「レイホウ」と言うこともあり、「ニーハオ」を「リーハオ」と言う人も、広東の山奥に行くといます。福建の”D"に対し、広東省は「NのL化」です。
こういうローカルな発音変化は、NHK中国語講座では絶対に教えてくれません。
NHK語学講座はあくまで入門~初心者向け。そんなこと教えていたら初心者が混乱する上に、NHK語学講座は中国語に限らず、「訛りなどこの世に存在しない」という前提で教えているので。
中国語講座を聞いていると、いつも思います。あんな教科書通りの、模範的な発音でしゃべってくれる中国人なんて、めったにいないのにと。
台湾島の面積は、せいぜい九州ほどではありますが、このように中国語あり原住民のスケールの大きい言葉あり、さらに日本語ありと全く種が異なる言語が混ざり合っている。
民族的には漢族が98%なのですが、十分「多言語国家」です。
その言語の裏にはそれぞれの国・地域の歴史が秘められています。
abcや文法を覚えるのも語学の勉強ではありますが、言葉の裏に隠された歴史背景を嗅ぎ取るのも、語学の勉強の一つでもあります。
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台湾史.jp
*1:原住民の一つ、アミ族の言葉