昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

太平洋戦争中、『戦争反対!』と言ったらどうなるの?

「昭和は遠くなりにけり」
時代は21世紀となり、平成ももうすぐ終わりを告げようとします。
昭和という言葉がますます遠くなり、じきに文化財扱いされるのではないかと、昭和生まれの私はつくづく思います。


しかし、メリットもあります。
「昭和」という時代を、歴史学的に見れるようになったのです。
昭和史という分野は、非常にデリケートな分野でもあります。特に先の戦争のこととなると、当事者の自己弁護や感情論が渦巻き、解剖学的に書くには「それなりの覚悟」が必要でした。今でも某知恵袋なんかでは、戦争の質問となると回答欄が「戦争」になってますね(笑)
司馬遼太郎が満ソ国境で起こった「ノモンハン事件」を題材に、長編小説を書くとしていたことは有名です。ノモンハンの取材は、かの『坂の上の雲』の取材と同時進行で進められていましたが、結果的に書きませんでした。
いや、「書けなかった」が正解。
司馬はこう答えています。

「(昭和のことを)書いたら1年も持たずに気が狂って死ぬんじゃないか。私には書けなかった」

 

「昭和という時代は、私にとって書いていて実に精神衛生に悪いものを持っています。 それをいつか若い世代が昭和を解剖して欲しい。私の言葉はそのきっかけとして若い人に託したい」

 

昭和前期をリアルタイムに生きた人間の、血を吐くような声です。
私が昭和史、特に昭和20年までの昭和前期史をライフワークにしているのは、司馬のこの言葉がきっかけです。じゃあ「若い世代」の一人として、昭和を客観的に解剖してやろうじゃないのと。

 

昭和前期に関しては、情勢が目まぐるしく変わる激動の時代(今もそうですけど)だけあって、興味の有無にかかわらず素朴な疑問を持っている人は多いようです。
陳腐・・・といったら失礼か、ベタ中のベタな疑問と言えば、


「なんで日本は戦艦『大和』『武蔵』なんか作ったの?」


今でも質問コーナーに定期的に出る質問です。

 

そこそこ海軍史を勉強している人なのでしょう、下のような変形バージョンも出てきます。

 


「なんで日本海軍は、空母機動部隊という世界初の独創的な戦術を編み出したのに、最後の最後まで戦艦にこだわったの?」


で、答えはって?

これを答えるには、ブログ記事2つ分くらい消費するほど昭和史を、いや日本近代史を延々と書かないといけないので、今回は答えません。

 

超ベタな質問もありますね。

 

何故日本は戦争に負けたの?

これの答えは簡単。「アメリカと戦争したから負けた」んですわ(笑)

 

 

もう一つ、よく出てくる質問があります。

 

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「戦争中、なんでみんな戦争反対って言わなかったの?」

確かに、これは言われてみればそうなのです。
一億全員が火の玉になって戦争だ!と言っていたわけではありません。中には戦争に批判的な人もいました。
清沢洌(きよし)という人が戦争中に書いた、『暗黒日記』という書物があります。
ここには、言論人が時折集まり戦争を批判したり愚痴ったりしている様子が書かれていますが、なぜ言論人なら公の場で堂々と言わないのか。臆病者と片付けるわけにはいかない、戦争中の特殊な事情があったのです。

 

日本史上最凶クラスの悪法

「言論、出版、集會、結社等臨時取締法」という法律が、かつての日本に存在していました。
真珠湾攻撃の10日後の1941(昭和16)年12月19日に制定され、21日に施行されたものですが、あまり知られていない戦時法律です。おそらく大多数の人が初耳だと思います。

 

言論の自由などを抑圧した、日本史最大級の悪法と言えば、「治安維持法」がまっさきに取り上げられます。
治安維持法は平たく言うと、「国体(天皇陛下をトップとする秩序)を破壊しようとする組織」を取り締まる法律です。元々は「国体を破壊しようとする組織=共産主義」だったので、共産主義者にターゲットを絞ったものでした。1930年代に共産主義組織が活動不能なほど壊滅的な打撃を受けた後は、新興宗教や過激な右翼団体、労働組合などを対象にしていました。

もちろん、逮捕されるのは個人ですが、主に「国体を変革しようとする」活動家で、そういう当時の「反社会的運動」に与しなければ、一般庶民には何の関係もないっちゃない。

 

この法律が現在でも叩かれる理由の一つに、「予防拘禁」と呼ばれる制度が挙げられます。治安維持法が昭和16年(1941)に白紙改正された際に追加された項目ですが、「反社会的勢力」に属する人間が逮捕され刑務所に入り刑期を終えても、「反社会的な」考えを改めなければ国が合法的に監禁するというもの。

それだけでも、現在の自由な世の中では信じられない制度ですが、治安維持法の予防拘禁の悪たるゆえんは、監禁時期を永久に延長できるということ。いちおう法律の条文には「最長2年」と書かれていたのですが、審査する裁判長のご機嫌次第で更新回数は無制限。たとえ刑期を終えても「予防拘禁」という名で監禁され、2年間の拘禁を永遠に更新すれば事実上の終身刑でした。

予防拘禁制度自体は、現在でも精神障害者の措置入院などに残されています。が、現在は人権の尊重でハードルの高いものとなっています。

 

その治安維持法以上の悪法が、日本に存在していました。それが「言論、出版、集會、結社等臨時取締法」だったのです。

 

 「言論、出版、集會、結社等臨時取締法」のツボ

言論、出版、集會、結社等臨時取締法の条項は全18条+附則となっているのですが、法律の授業ではないので条項はいちいち取り上げません。細かい条項については、こちらをご覧下さい

この法律の問題点は、第17条18条にあります。

第十七条 時局に関し造言飛語を為したる者は二年以下の懲役若(もしく)は禁錮又は二千円以下の罰金に処す

第十八条 時局に関し人心を惑乱すべき事項を流布したる者は一年以下の懲役若は禁錮又は千円以下の罰金に処す

(※原文は旧漢字+カナ。読みやすいようにひらがなに直しました)

造言飛語:デマのこと。

惑乱:人の心を惑わせたり動揺させること。

 

「時局に関」する「造言飛語」「惑乱すべき事項」と書かれているのですが、これが具体的に何を指すのか、何も示されていません。そこを曖昧にすることによって、運用者のさじ加減次第でどうにでも解釈できる「魔法の言葉」となります。弁護士などの法律の専門家がこれを見ると、なんやねんこのアホみたいな法律は!と鼻で笑ってしまうのではないでしょうかね。

これはつまり、当局が

「こいつ、気に食わん」

と思った人物の発言を、この17条と18条にガンガン当てはめ、国民の不満の声を封じることができるというわけです。

 

ここで、面白い資料を見つけました。
国会図書館のデジタルアーカイブの海から見つかったのが、『高等警察概要』というもの。
大阪府警の特高課が昭和19年作成した資料で、特高警察とは何をするのかという「初心者向け虎の巻」です。内部資料なので、初心者といっても警察官ですけどね。
その中に、「言論出版集會結社等臨時取締法逐條解說」というものがあり、取り締まる側から見たこの法律の側面が書かれています。

まずは、何故こんな法律が制定されたのか。「端的に言うと」と前置きして、こう書かれています。

「未曾有の重大事態に直面し、此の戦争目的達成の為、国論の統一と悪質デマの取締を徹底強化し、国内治安を強化せんが為である。

即ち現戦時下に於いては国民の凡てが一体となって、戦争目的に向かって秩序ある行動を採る事が、完勝不可欠の条件である。

故に人心を動揺せしめ、社会不安を誘発し或いは国策に反対して国論の不統一を招来する等、戦争遂行上障害を及ぼすべきものに対しては、最も峻厳なる取締を加えなければならぬ」

(句読点は私が追加)

 赤字下線部分を読むだけで、カンの良い人は「戦争反対」なんて言ったら警察にしょっぴかれるよな・・・と勘づくと思います。

 

17条「時局に関し造言飛語を為したる者」について。

「本条は戦争非常の際に於いて人心を混迷に陥れ、社会不安を醸成するが如き流言蜚語(=デマ)の徹底的取締を期す主旨に出たるものである。

戦時にありては自然発生の流言もあるが、共産主義者もしくは敵国の謀略等が働くことも考えなければならぬ。
これらを防止する為めに本条が設けられているのである」

 「造言飛語」は元々軍事用語だそうですが、この資料ではこう定義しています。

事実無根または根拠薄弱なる事柄の謂(いわれ)であって、言語を以てする場合は勿論、文書・通信・信号・絵画・アドバルン其の他の方法を以てする場合も包括するものとする。

 事実無根、つまり真っ赤なウソ出まかせはもちろん、「根拠薄弱」な噂話も取り締まりの対象を明記されています。ここらへんがあいまいですが、「~らしい」な話はすべてアウトということですね。

それも、口に出すだけではなく、文字にしてもNG。「文書・通信・信号・絵画・アドバルン」を現代の通信手段に置き換えると、ブログはもちろん、メール・SNS・LINEすべて対象ということです。

 

次に第18条。

前条(17条)は造言飛語即ち言辞の内容が虚偽又は根拠薄弱なる妄説を処罰せんとするものであるが、本条は真実の事実或は思想信仰臆説等にして社会人心を惑乱するが如き事項を流布する者に対しても取り締まりを加えんとするものである。

この18条のツボは、赤字下線の部分です。

真実のことでも「人心を惑乱するもの」はNGワードなのですが、じゃあそれは何か。

はっきり言って、官憲(警察)のさじ加減次第だったりします。

そして、「思想信仰臆説」は個人的な意見にも及びます。

「戦争反対!」

はこの「人心を惑乱すべき事項」に該当する可能性があります。タテマエ上では一億総動員で戦争に邁進ということになっているので、そこで戦争反対を唱えると「個人的な感情を放って人心を惑乱した」とみなされてもおかしくない。

『高等警察概要』には、

「治安を乱さない程度ならセーフ」

「個人が個人に話す程度ならセーフ」

としていますが、そんなものも警察のご機嫌一つ。ただのお経に過ぎない。

つまり、第18条を平成の今風の言葉に直すと、「時局に関し空気を読まない発言をした者は(以下略」なのです。

 

こんな発言はNG


鉄道マニアを文学にまで高めた紀行作家、宮脇俊三の自伝的小説に『時刻表昭和史』というものがあります。

戦争中でさえ乗り鉄をしていた、根っからの乗り鉄&時刻表鉄である著者が、鉄道と時刻表を通して戦前の社会風俗を記した教養小説です。阿川弘之や北杜夫、司馬遼太郎などの玄人には斬新な書物だと絶賛されたものの、読者層には全くウケず一度は絶版になった本です*1。個人的には、人生で読んだ本の中でも、5本の指に入るほど面白いんですけどね~。

その中に、我々の昭和史の常識をひっくり返すような事がいくつか書かれています。
リアルタイムで見たという忠犬ハチ公の事もそうなのですが、面白いのは戦争中のミッドウェー海戦。
我々の常識では、「ミッドウェー海戦で空母機動部隊が全滅したことを海軍はひた隠しにし、国民が知ったのは戦後のことだった」とされています。
海軍が惨敗を隠していたことは事実でしたが、実は海戦の2~3日後には、機動部隊は全滅して大本営の報道はウソだと東京中でウワサされていたそうです。
当時旧制中学生だった宮脇の学校でも話はもちきりで、元衆議院議員の父親にそれを言ったところ、
「絶対外で言うなよ!」
と厳重に口止めされました。そしてその後、
「そうか・・・中学生まで知ってるのか・・・」
と天を仰ぎました。
つまり、父親もおそらく元議員の情報網で、ミッドウェーの真実を知ってたのです。
なぜ父親は、子どもに怒鳴ってまで「絶対外で言うな!」と口止めしたのか。

『時刻表昭和史』は理由にまで触れていませんが、言論、出版、集会、結社等臨時取締法第17条の「時局に関し造言飛語を為した」に引っかかる可能性があるからです。

またこれは、「海軍刑法」にも引っかかる可能性が高い。

海軍刑法 第百条 

戦時又は事変に際し軍事に関し造言飛語を為したる者七年以下の懲役又は禁固に処す

(※陸軍刑法第99条にも同様の文言があります)

 陸海軍は独自の刑法が制定されていたのですが、軍の刑罰は基本的に娑婆(世間)の法律より厳しく重い傾向があります。陸海軍刑法は「軍事に関する造言飛語」と限定されているものの、言論出版集会結社等臨時取締法よりはるかに厳しい刑罰が待っています。

 

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戦艦『大和』『武蔵』は、軍艦をシルエットで判別できる戦前の少年ミリオタが、戦後になるまで存在を知らなかったほどの、黒金の浮かべる国家機密。
しかしながら、あんなバカデカい軍艦を作っていれば、建造地の呉や長崎の住民が知らないわけがない。

『大和』『武蔵』は秘密だったというけど、みんな知ってたでしょ?

という質問もよく出てきますが、地元民はみんな知っています。
しかし、
「どうやら工廠でえらいデカい戦艦作ってるらしいぜ」
などと言葉に出したらアウト。海軍刑法に言う「軍事に関し造言飛語を為した」とみなされ、次の日に憲兵がぶっ飛んできます。

 
ところで、旧日本海軍の戦艦のわかりやすい覚え方があります。
「陸奥長門 扶桑山城 伊勢日向 榛名金剛 比叡霧島」
五七五七七になっており、短歌を詠む感じで抑揚をつけるとほぼ一発で覚えられます。昔の人はこうして覚えていました。
で、『大和』『武蔵』はというと。
海軍内で、
「教官、『大和』『武蔵』が抜けています!」
と大卒士官が指摘したところ、教官が
「そんなの覚えなくてよろしい」
とニヤリとしたといいます。海軍の中でも、関係者以外触れる事禁止のアンタッチャブル戦艦だったのです。

 

というわけで、

「ミッドウェー海戦で機動部隊が壊滅したんだって?」

というのは、海軍にとっては国民どころか、大元帥陛下(=天皇)にも知られたくない超軍事機密。それを世間話のレベルでも口に出してしまったら・・・次の日くらいに、あなたの家のドアを憲兵が強く叩く音がすると思います。

 

 

この言動はアウトかセーフか!?

 

さて、戦争中のこんな発言はアウトでしょうか、はたまたセーフでしょうか。一度考えてみて下さい。

 

問1)

「日本は戦争に勝った、勝ったと言っているが実際は負けているんだ」

 

 

問2)

「大本営発表ってウソばっか言ってるよ」

 

 

問3)

「ドイツは負けるね」

 

 

問4)

「広島に落ちた爆弾は原子爆弾だ!アメリカはすごい爆弾を開発した」

 

 

問5)

 「戦争なんて俺たちに何の得があるって言うんだい」

 

 

問6)

「軍はやられたり負けた事等はいつも発表しない。だから新聞には載らないんだ」

 

 

問7)

「沖縄が玉砕したらしい。日本はもう負けだよ」

 

 

問8)

「兵隊が戦死するとき、無意識の間に天皇陛下万歳を叫んで死ぬ様に新聞紙に報道されているけど、あれは嘘だよ。支那事変で出征した時はみんな母親や家族の名前を言って死んでいった」

 

 

問9)

「『東條内閣は退陣せよ!』と書いたビラを刷った(配布はしていない)」

 

 

問10)

「『もう戦争やめましょう』と書かれた文の下書き原稿を持っていた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答えは・・・全部アウト!!

 上の10個はすべて、怖いことに特別高等警察、憲兵の月報に書かれた逮捕の実例です。具体的には、

 

問1)言論、出版、集會、結社等臨時取締法違反→禁錮2年

問2)海軍刑法違反→不起訴

問3)言論、出版、集會、結社等臨時取締法違反→懲役1年執行猶予3年

問4)言論、出版、集會、結社等臨時取締法及び陸軍刑法→不明

問5)言論、出版、集會、結社等臨時取締法違反→罰金50円*2

問6)陸軍刑法および言論、出版、集會、結社等臨時取締法違反→憲兵隊で厳重注意の上、連帯保証人を立てて始末書*3

問7)言論、出版、集會、結社等臨時取締法違反→禁錮半年*4

問8)陸軍刑法及び言論、出版、集會、結社等臨時取締法違反→禁錮5ヶ月

問9)言論、出版、集會、結社等臨時取締法、戦時刑法「国体変乱罪(実質的な国家反逆罪)予備」→禁錮3年*5

問10)陸軍刑法及び言論、出版、集會、結社等臨時取締法違反→陸軍大臣の政治的判断で5日間勾留後不起訴*6

 

発言だけではありません。投書や落書きまでがアウトです。
当時の警察は、公衆便所の落書きにまでチェックを入れていたことが、『特高月報』という特高警察の機関紙に書かれています。
『特高月報』の現物は全国でも大阪府立中之島図書館しか所蔵しておらず(国会図書館にすらないらしい)、特に戦争中のものは警察が処分してしまったか、非常に貴重です*7
私も一度現物を中之島図書館で見たことがありますが、当時の官憲の目や耳が人々の雑談レベルにまで及んでいたことがわかります。そして、便所の落書きなのにけっこう捕まっていたりします。
東条英機内閣当時、憲兵が街角のゴミ箱まであさり、国民から大ひんしゅくを買ったということが伝えられています。本当かどうかわからない都市伝説ですが、「便所の落書き」にまでチェックが入っていた事実を見ると、さもありなんと。

 

もしも当時に今のネットがあれば、あるいは今の時代に戦争中の法律や制度を当てはめればどうなるか。
掲示板やSNSの書き込みはもちろん、友達同士のメールやLINEも検閲され、NGワードはどんどん摘発されてしまいます。いくら憲法で保証されている基本的人権も、「戦争中」という非日常を名目に打ち消されてしまいます。

 

逮捕より過酷な仕打ち

これまでは法律に基づいたリスクでしたが、それだけではありません。逮捕されたほうがまだマシなほどの、社会的制裁も待っています。

戦争中は、隣近所のコミュニティに町内会や部落会*8、その最小組織として「隣組」が組織されていました。
この町内会や隣組は、良く言うと相互扶助ですが、悪く言うと相互監視&密告。基本的に組織から一人「悪い人」が出れば組の連帯責任なので、お互い「悪い言動」がないかチェックし合います。当時は「3人以上で話していた内容は警察や憲兵に筒抜け」と言われていました。
隣組のシステムは満洲国にもありましたが、今の北朝鮮の相互監視システムはそれを参考にしたとも、戦争中の隣組の残滓だとも言われています。


仮に、
「戦争反対!」
と唱えたり、戦争反対の運動を隠れて起こしたとしましょう。

当然、当局に睨まれます。
仮に尻尾をつかまれず逮捕・拘束されなくても、特高や憲兵特高課が公然と尾行をつけます。
尾行はふつう、相手や周囲に悟られないようにするものですが、「公然と尾行」というのは尾行対象だけでなく、

「こいつは危険人物ですよー。付き合っちゃダメですよー。声かけたらあなたも同罪とみなしますよー」

と、対象人物の近所に圧力をかけるという意味合いもあります。
隣近所は、痛くもない腹を探られたくないので自然と彼を敬遠します。やがて周囲から孤立し、実質村八分となります。不憫に思って声をかけたりすると、その人も村八分。こういう方法で対象を村八分にさせる方法は、今でもあるっちゃあります。

そうなると配給などの情報も入ってこず、家族は飢えに飢えてしまう。家に金やモノがあれば、田舎に行って食料を調達したり、食堂で「裏メニュー」を食うことも不可能ではないですが・・・*9

そう、戦争中のルール破りは、「メシ抜きの刑」も待っているのです。

これなら禁錮・懲役刑の方が全然マシ。なぜならば、美味い不味いは別として、刑務所内では戦争中もずっと法律にもとづいて三食ちゃんと配膳されていたから。刑務官より受刑者のほうが豪華な食事だったそうで、そこらへんはお役所仕事、まことに「きっちりしていた」ようです。

 

 逮捕されたらされたで、残った家族・親戚にも仕打ちが待っています。
当然、「非国民」のレッテルを貼られ村八分。当時「非国民」のレッテルを貼られるということは、人権剥奪宣告に等しい社会制裁です。
それどころか、お前のような非国民が町内にいてくれたら困ると、家族ごと従来のコミュニティから追い出されることすらあります。
そして家族は崩壊の上離散。自分が娑婆に出た頃には家族と音信不通となったり、非国民の声に耐えきれず自殺したりで、天涯孤独になっていたという人いました。
自分だけが捕まって制裁を受けるなら、おそらく戦争反対運動でもなんでもするでしょう。しかし、家族・親戚まで迷惑がかかるのであれば、情として躊躇してしまう。「他人の目」という日本人がいちばん気にする点を突いていたのです。

 

さて、法と周囲の目でがんじり固めにされていた戦争中の社会で、

 

「戦争反対!」

 

などと言える勇気、あなたにはありますか?

 そして、

「首相○ね」などと書いても何も起こらない事が、どれだけ平和で素晴らしい事なのか、わかりますよね?

 

*1:現在は戦後の混乱期編が追加された「完全版」として文庫本化され、本屋に置いています。

*2:散髪屋での雑談が警察にチクられて・・・らしい。

*3:電車内での雑談。

*4:埼玉県議会議員の食事会での発言。

*5:内務省官僚だった三田村武夫。

*6:戦後に首相になった吉田茂。

*7:戦争前のものは、ネットでデジタル公開されているものもあります。

*8:この「部落」は集落という意味で、被差別部落などではありません

*9:昭和18年後半くらいまで、東京の食堂でもカツ丼、親子丼、カレー、清酒などの「裏メニュー」があり、金とコネさえあれば食えたそうです。某作家いわく、金があっても何も食えず、本格的にひもじくなったのは昭和19年に入ってからだそう。