昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

手荷物がバージョンアップした話

ヤンメイさんのブログより。

 

www.yanmei.club

 

ここで、飛行機の座席のアップグレードの話が出てきました。

聞いたことがあるでしょうか?

ダブルブッキングが出た時やどうしても並びの席が必要な人がいるなど、航空会社の都合で席を譲ってあげる時に、席のアップグレードをしてくれることがあると。

 

これは実際にあります。
エコノミーが満席という前提条件ですが、

・その会社のマイレージ会員だった
・スーツや礼装など、服装がアップグレードにふさわしい(欧州系に多いらしい)
・チケットが正規航空券だった
・本人がたまたま受付のおねーさんのタイプのイケメンだった

などの条件により、エコノミーがビジネスになったりすることがあります。
私も実際にアップグレードの経験があるのですが、今回はそんな自慢話ではありません。

 

 

香港夜景フリー画像

20年以上前に中国に留学していた頃のこと。留学先が南の広東省広州だったのですが、帰国は香港から。これが鉄板でした。これには理由があります。
当時の留学生にとっては香港は、「神様・仏様・香港様」な存在。吉野家あるぞ、無印良品あるぞ、そごうに大丸あるぞの、「天国に一番近い島」ならぬ「日本に一番近い都市」でした。

おまけに、香港は世界3本の指に入る国際自由貿易都市でした。香港とは、国際自由貿易都市とはを一言で説明すると、「街全部が免税店」。世界中のモノというモノが関税ゼロで入ってくるので、とにかく安い。

どういう流通経路だったのか、日本のものが日本より安いなんてのもザラ。コンビニやドラッグストアに行くと、世界中の商品が所狭しと並んでおり、それらを見るだけで国際自由貿易都市とは何ぞやを実感できます。それは返還後になっても基本は変わっていません。
北斗の拳実写版のような弱肉強食の中国に住んでいると、ブログネタには全然困らない反面、身も心も非常に削られます。その疲れを癒やすオアシス、それが我々広東省在住者にとっての香港の存在感でした。

 

香港の海とジャンク船フリー画像

香港は、冬でも暖かいのが特徴です。
ちょうど広州市の少し上を北回帰線が通っているのですが、香港はもちろんそれより下。北回帰線より南は理論上の熱帯性気候なのですが、広州は冬が1週間くらいある程度であとはほぼ夏です。
ここ最近は、香港の山に霜が降りたりしているらしく(沖縄に雪が降るようなもの)、地球温暖化と逆行してどんどん寒くなっているそうですが、私が留学していた当時は1月でもふつうに半袖でした。

 

こういう話をすると、必ず
「そんな(ほぼ)常夏なところで過ごせていいなー」
とやたら羨ましがられます。

確かに、年がら年中新鮮な果物が市場に並び、中国一、いや世界一かもしれない食い倒れ、広州に香港が控えている。レストランでウーロン茶やプーアル茶を飲みながら、飲茶(ヤムチャ)のシューマイやチャーシューに舌鼓を打つ毎日。

しかし、長所と短所は表裏一体。1年のうち11ヶ月は日本より一回り大きいゴキブリがウヨウヨしているし、蚊は年がら年中ブンブン飛んでいる。おまけのその蚊、ただの蚊ではありません。マラリアとは言わないけれど、デング熱というおまけもついている。中国南部は紀元前から「瘴癘(しょうれい)の地(伝染病の総合百貨店)」と呼ばれ、恐れられていることを知るまい。


その蚊にゴキブリはMade in China、郷に入れば郷に従えなのか生命力がハンパなく、日本の殺虫剤くらいじゃビクともしない。○ねと殺虫剤などかけようものなら、
「この野郎、ナメた真似しやがって!」
と、ゴキブリの方が人間様に襲いかかってきます。
ゴキブリ退治の時は、映画の『ゴーストバスターズ』のような状態でした。バスターするのは、ゴーストではなくゴキブリでしたが。


さあ、蚊とゴキブリと伝染病と一年中戦う覚悟あるんですか?え?どうなんですか?
と問い詰めると、たいてい
「そんなとこイヤだ~(泣)」
と返ってきます。数十秒前まではあれだけ羨ましがってたのに、人間とはかくも勝手なものです。しかし、気持ちはわかる。

 

話が外れてしまいましたが、そんなゴキブリとの仁義なき戦いから離れ、香港経由で一時帰国することになりました。
時期は2月のあたま。日本では冬の寒さのピークでしたが、広州は長袖Tシャツ1枚、香港は半袖Tシャツで過ごせる気候でした。

帰国当日、あるトラブルが発生しました。スーツケースが壊れてしまったのです。
それも、帰国に向けて香港へ向かっている途中のこと。引き返して悠長にスーツケースを買う余裕はありません。
緊急として、あるものを香港との国境の街である深センの駅前で購入することに。

 

華僑かばん

それがこれ。
中国に行ったころがある人なら、どこかで一度は見たことがある袋のはず。
ビニール製の簡易な袋で、俗に「華僑かばん」と呼ばれているものです。
これはたぶん、正式名称ではないはずです。これが何故華僑かばんと呼ばれているのか、そしてこの袋の正式名称は何か。いまだにわかりません。
とにかく、我々はこれを「華僑かばん」と呼んでいたことは事実。実際にこの名前でググってみると、出て来る出て来る懐かしい画像が。
中国人民の民族大移動必須アイテムであるこの「華僑かばん」で中国と香港の国境を越え、そのまま空港のチェックインカウンターへ。航空会社はJALで機材はボーイング747だったことを覚えています。
細かい記憶は残っていないのですが、チェックインの際に何故かこの「華僑かばん」を機内預かりではなく、持込荷物にしてしまいました。
これが、劇的な展開への始まりだったのです。

 

バカデカい「華僑かばん」を抱えて機内に入ると、予想外のトラブルが。座席上のスペースに入らないのです。
これは困った・・・慌ててCAを呼ぶと、笑顔で
「それでは、このお荷物は一時お預かりさせていただきます」
是非そうして下さい、手元に持ってても邪魔なだけなので。

とは口が裂けても言わなかったですが、こちらも笑顔でお願いしますと荷物を渡し、そのまま座席へ。

香港発関空行きの飛行機は、所要3時間で何事もなく定刻通り関西空港へ到着しました。時間はたぶん夜の8時か9時くらいだったはず。
ぞろぞろと降りてゆく客を尻目に、私は荷物のこともあるのでいちばん後に降りることにしました。
そして出口近くで、
「預かってもらった荷物をお願いします~」
CAはハッと気づいたようですが、次に予想外の言葉が。

「お荷物はファーストクラスでお預かりさせていただきましたので、今から取りに参ります」

 

お荷物はファーストクラス

 

・・・ファーストクラス

 

・・・ファーストクラス

 

・・・ファーストクラス

 

あの「華僑かばん」はファーストクラスで、持ち主はエコノミーかい!
とっさに10元くらいで買った華僑かばんは、名誉の戦死ならぬ二階級特進。荷主ではなく、かばんの方がアップグレードしてしまいました。


「またのご搭乗、お待ちしております♪」


この言葉は、私ではなく華僑かばんに向けられたのかもしれない。


その後、何せ人民御用達の華僑かばんなので税関に散々怪しまれ、荷物フルオープンという拷問の末、釈放されました。もしここで海賊版エロビデオヘンなものを入れていたら、今の私はなかったかもしれません。

この時の私の服装は「香港仕様」、つまり半袖でした。向こうは蚊がブンブン飛んで暑いんや、仕方ない。当人何も意識せず、旅客ターミナルを出て鉄道の駅へと向かい、外への扉を開けました。

扉を開けると、冷房をはるかに越えた極寒の風が・・・。

この時の自分が半袖だったという以前に、日本は真冬だったということを、すっかり忘れていたのです。

慌ててターミナルへ戻り、華僑かばんから冬ものの服を物色しだす私でしたが、隣を見ると同じように服を物色している、半袖の紳士が。
二人は目が合い、お互い恥ずかしげにニヤリ。軽く会釈し、

相手「どちらからお帰りで?」

私「香港からですわ。そちらはどちらから?」

相手「バンコクからです」

相手さんは仕事ずっとタイ駐在で3年ぶりに帰国したそうですが、やはり現地に馴染みすぎて、2月の日本は寒いことを忘れていたらしい。
こういうのは、もしかして「常夏エリアから帰国者あるある」なのかもしれない。

いやー、日本は寒いですなーイヤになりますなーなんて笑いながら誤魔化していましたが、真冬な上にその時の気温は2℃くらいだったはず。その上、風が強い関空なので体感温度はもう少し低いはず。そりゃ寒いっちゅーねん。

 

私ではなく手荷物が「二階級特進」した上に、日本の冬将軍の洗礼まで浴びた、とんだ失敗話でした。