昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

中国という目線から感じる、権威主義という罠

ブログの書き込みというものは、ある種「放電」です。「放電」ばかりしているといつかはバッテリー切れになるのは必然、そうなれば「充電」も必要です。

気合を入れてブログを始めたものの、すぐやめてしまう人は「放電」と「充電」のバランス不足も原因です。なぜなら、

「ブログの書き方」

などと検索しても、出てくるのは「放電」ばかり。「充電」も重要だよ、バランスを失っちゃダメだよと口を酸っぱくして言っているブログは、私くらいじゃないかと(笑

 

それはさておき、久しぶりに徹底「充電」しようと、本棚にあった以下の本を久しぶりに読んでいました。 

ユダヤ人の発想 (徳間文庫)

ユダヤ人の発想 (徳間文庫)

 

 

 

ユダヤ5000年の知恵

ユダヤ5000年の知恵

  • 作者: ラビ・マービントケイヤー,Marvin Tokayer,加瀬英明
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2005/01
  • メディア: 単行本
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この本の中身は省略しますが、この中に「権威を疑え」「権威主義を嗤え」という、ユダヤ人の間で受け継がれることわざが紹介されていました。

 ユダヤ人は権威を疑うことによって思考が生まれ、精神の独立を保つのだと。

 

権威主義とは何か。辞書を引いてみました。

 

権威主義(けんいしゅぎ)とは、権威に服従するという個人や社会組織の姿勢、思想、体制である。 政治学では、非民主主義の思想や運動や体制の総称でもあり、各種の独裁主義や専制主義や全体主義などが含まれる。

Wikipedia

 

何を書いているか、意味がよくわかりません。

 

ここで、林修氏の言葉を借用します。

 

「何を言っているか」ではなく、「誰が言っているか」の方が大事と考える事

 

ずばり私が言いたいことを表現してくれていました。

 

我々大衆は、「権威」のあるものに流されてゆく傾向があります。

「権威」とは何か。「ネームバリューがある」と言い換えてもいいと思います。

 無名な人のたわごとより、有名人や「権威」がある人の言うことを、無条件に信じてしまう。たとえ前者の方が正論でも、後者の方が何気なく「正解」と思ってしまう。しかし、その根拠。・論拠はない。

こんな感じでしょうか。

 

私は「反権威主義者」です。
ユダヤの本で感化されたわけではありません。昔に受けたある「傷」があります。

 

 

 

 権威主義の壁に打ちのめされた話

中国に留学していた頃は、当然インターネットなどはなく、中国の情報入手はもっぱらテレビや新聞、雑誌などのメディアが中心でした。

そのメディアの中国に対する報道はというと、これからの中国はバラ色だ、日本を抜くぞと、今思うとテレビというちんどん屋が、大音量で笛を吹いていた状態でした。

 

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たとえば、上海の外灘(バンド)の風景を映しては、

「これが中国です!!」

と。

おいおい、ちょっと待てと。それは中国には違いないけれども、上海だろうが!

それも外灘だけを映して「中国です!」と叫ぶのは、東京の新宿と銀座だけ映して「これが日本です!」というようなもの。日本だって、北海道もあれば大阪もあれば、九州や沖縄もある。それをまるで「新宿=日本」、つまり「上海=中国のすべて」というニュースの伝えかたが、19歳の若造ながら非常に気に食わないものでした。

なぜならば、リアルタイムで、かつミクロの次元で中国・・・というのは大げさですが、少なくても上海は見ている自信があったから。

空港(それも国際線ターミナル)でう○こする子供。思い出すもおぞましいニーハオトイレ。

「並んだ方が早いのに・・・」

という我々の冷たい視線も意に介さない、全く並ばない人民カオス。今でこそPM2.5とかわめいているあれ・・・。ここ数年、いや現在でも視聴者が驚きの目で見ている「本当の中国」なんざ、24年前にすべて経験済みです。

ネットのこういう書き込みを見ていると、頬杖をついてつぶやきます。何を今更騒いでるんだと。

 

当時は中国留学というとまだ珍しい方だったので、休みに帰国するとあちこちで中国のことについて聞かれる機会が増えました。上野動物園のパンダの逆輸入バージョンみたいなものでしょうね(笑

当然、自分が見てきたままの中国を披露します。

しかし、何やら反応が鈍い。

中国という世界が、彼らの頭の中のイメージとかけ離れすぎて、にわかに信じられないのです。

一般の日本人がGETできる中国情報はメディア。そのメディアがおめでたい報道をしているので、私が言う情報と全く違う。分野によっては真逆と言っても言い過ぎではありません。

さてここで彼らは、テレビと私の言うことのどちらを信じるか。

『誰が言っているのが大事』なので、テレビを信じてしまうのです。

 

同じことが何度もありました。私が口を酸っぱくして中国の現実を語っても、

「でも、テレビがこう言っていた」

「でも、本にこう書いていた」

「でも、東大の偉い先生がこう言ってた」

この一言で、自分が見てきた現実の中国をことごとく否定されました。

今でも、この時を思い出すと悔しさで涙が出そうになり、身体に熱いマグマのようなものを感じます。

しかし、悔しい思いをしたのは私だけではなく、当時の在住者は多かれ少なかれ似たようなことを経験しています。何を言っても、テレビガー、ホンガー、ダイガクノセンセイガーと聞く耳すら持ってもらえない。

我々は、口を閉じ語るのをやめました。 

 

ネットではよくこういう書き込みを目にします。

「マスコミに騙されてた!」

いいえ、騙されてたのではないのです。自分の「強気に従い弱気を信じず」という権威主義パーソナリティを認めたくないため、マスコミのせいにしているに過ぎない。

こと中国情勢に関しては、胸を張って言えます。中国で現実を見てきた市井の在住者は、みんな口を揃えて言ったはず。聞かなかったのはあんたらの方でしょうが!!と。

もう14年前になりますが、上海でブログというものを書き始めたきっかけも、

「マスコミが絶対に伝えない現実の中国を、ネットに晒してやる」

という「恨み」、つまりマイナスエネルギーから。

いつ深夜にドアを叩かれ公安にしょっ引かれるか戦々恐々でしたが、「裏中国」をダイレクトに晒せる満足感はお金では買えないプライスレスでした。

 

 

日本人の風土病「チャイナ症候群」

中国の場合は他の国や地域と違い、日本人特有の先入観が邪魔をします。いろんな人に中国の話をし、中国観を聞いているうちに、日本人には中国や中国人に対するバイアスがあることに気づきました。

それは、「儒教の幻想」「アジアの幻想」と呼んでいるもの。

アジアの幻想とは、

 

「中国は日本と同じアジアだから、文化が似ているに違いない」

 

「日本は中国から文化を手に入れて発展してきた。だから『先輩』である中国の方が文明的に優れているに違いない」

 

という思考であり、儒教の幻想とは、

 

「儒教の本家の中国は、みんな『君子』に違いない」

 

日本人だけが罹る風土病があります。

それは「チャイナ症候群」

華のパリに憧れた日本人がパリに行ったら現実のパリを見て幻滅し、うつ病になる「パリ症候群」という日本人独特の精神疾患があります。これは私が名付けたのではありません。医学書にも載っている立派な病気です。

それにヒントを得て、三国志や水滸伝が好きだったり、「アジアの幻想」「儒教の幻想」のイメージを持って現実の中国を見て幻滅し、鬱になったりリバウンドで「嫌中」になったりする事を、10年以上前ですが「チャイナ症候群」と名付けました。

 

しかし、もっと重症の方がいました。「アジアの幻想」「儒教の幻想」に囚われるあまり、現実の中国を見ても認めない、信じようとしない石部金吉たちです。

そんな彼らを、私は「B型チャイナ症候群」と勝手に命名しています。

 

こういう人、もうネット全盛、情報ダダ漏れの世の中だからいないだろうと思うでしょう。甘い。「潜在的患者」を入れると意外に多いです。こんな今でも中国の話をすると言われます、儒教の国だから中国人ってみんなマナーが良いんでしょって。 

日本国民全員がネットをしているわけではありません。ネットをしている人全員が現実を見ているとは限りません。中国に対する無知ゆえに「権威」に盲信する人も含めたら、統計を取ったわけではないですが、まだ人口の3分の1はこうではないかと。

 

かつて自民党幹事長まで務め、一時は「総理に最も近い男」と呼ばれた某氏がいました。彼は元外務省官僚でしたがそれ故に現実の中国を見ているはず。ところが、彼の中では大学で学んだお花畑の中国が離れなかったのです。

官僚や政治家なら、いくら中国が好きでも「それはそれ、これはこれ」で分けないといけません。私も中国が好きか嫌いかと言えば、「大好き」です。しかし、共産党うんぬんや尖閣問題などは話は全然別。それはそれ、これはこれです。
一庶民の私でもちゃんと頭の中で線引きできるのに、「あとは総理大臣だけ」と言われた人が何故できない?私の中では意味不明でした。

 

彼はあまりに中国贔屓なので、巷ではハニートラップにかかったんじゃないかと言われていました。私もそう思っていました。

が、彼と親しかった知人によると、K氏は中国を「本気で愛してしまった」という人物。周囲がいくら止めても、

「ううん、彼のことをわかってあげられるのは私しかいないの」

という状態。中国というダメ男に必死に貢ぐダメ女のようなものだったと。実数はわかりませんが、「それはそれ、これはこれ」が出来ない、中国にイカれてしまった官僚や政治家、正直けっこういると思いますよ。
熱烈熱烈超絶熱烈歓迎、あなたのこと超超超超大好きアピールしておけば、お人好しでバカ正直の日本人なんてイチコロ。敵を籠絡させて手玉に取る術なんて、向こうはこちらでいう縄文時代から数千年、磨きに磨いていますから(笑)

 

その人が語るK氏の「中国愛」は、私が定義するテンプレ通りの「B型チャイナ症候群」の患者です、残念ながら。総理にならないまま亡くなったのが、日本にとっては僥倖(ぎょうこう)でした。総理になっていたら…中国が沖縄くれと言ったら、ついでに九州もどうぞと「献上」しそうで(笑

中国という文化的な権威に盲従する。「B型チャイナ症候群」も権威主義が表に出た例と言えるでしょう。「愛という名のものに」という名前のドラマがありましたが、愛という名の権威主義です。

 

日本人の根底にある文化コンプレックス

では何故、アジア幻想や儒教幻想が日本人の中にあるのか。

時代をさかのぼってみると、これは今に始まったことではないことがわかりました。江戸時代からあったのです。

江戸時代の儒者たちは、中国を理想とし神様のように崇めていました。中国を理想化し、ユートピアのような中国ワールドを脳内で作ってしまったのです。脳内で妄想するだけなら実害はないですが、それをまるで、実際に行って見てきたかの如き「現実」として弟子たちに説いたのです。

住まいを江戸の深川から品川に移し、

「これで大好きな中国様に少し近づけた♥」

と大喜びだった、教科書に必ず出てくる有名な儒学者もいました。いや、中国に対して「まとも」な目で見ることが出来た儒学者は、江戸時代260年を通して新井白石くらいじゃなかろうかと。

 

同時に彼らが行ったのは、徹底した「日本sage」。日本史なんか学ぶ価値もない、敢えて言おうカスであると、そんな扱いでした。もちろん、素晴らしいのは中国様の偉大な歴史。

そんな儒者をあざ笑った人物がいました。国学者の本居宣長です。

彼は『玉勝間』という随筆でこう述べています。

「世の漢学者は中国の歴史や文化ばっかし崇拝して、自国の歴史を知らない。実際に中国人と接して、

『私は貴国の文化をよく知ってます。しかし自分の国の文化を全く知りません』

なんて言ったら、中国人は喜ぶどころか鼻で笑うだけだ。漢学者はそれに全く気づかないどころか、(日本史や古典を知らないのを)誇りにすらしてる。バカじゃねーの」

 いえいえ、貴殿の歴史に比べたら手前どもの歴史なんて…と日本風の謙虚に見えますが、ただの劣等感であることを本居宣長は見抜いていたのです。

 

儒学の中国観へのアンチテーゼ

この傾向は、明治時代も続きます。

国学者がいくら吠えても、漢学者の「中国万歳」が圧倒的多数でした。岡倉天心や勝海舟なども、今風にいえば「ガチの親中」です。

 

そんな空気に、それおかしいんでない?と異議を唱えたのが、福沢諭吉の『脱亜論』でした。

表向きは中国・朝鮮人を批判していますが、それは囮。「指桑罵槐ロジック」で婉曲的に、儒教コンプレックスから離れられない日本の知識人を批判したものです。『脱亜論』もコラムですが、諭吉さんのコラムはネット民が思うほど単細胞なロジックじゃないですよ。

 

もう一人が夏目漱石

漱石は小説だけではなく、満洲や朝鮮を回った紀行文である『満韓所感』も書いているのですが、これが非常に面白い。まるで『吾輩は猫である』の猫が満洲に渡って中国人・朝鮮人、返す刀で日本人を批評しているかのような文章で、まとめてメッタ斬りにしている愉快な紀行文です。

感想の締めが、

「余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た」「余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた」

漱石の素直すぎる感情が読み取れます。

しかし、『満韓所感』の漱石の洞察力の鋭さには脱帽かつ敬服です。私が5年か6年くらいでようやく「まあ理解できた…かな」ことを、漱石はたった2週間ばかりの旅でバシッと看破している。時期はズレるものの、同じ生中国を見た芥川(龍之介)や谷崎(潤一郎)でも見えなかった中国が見えている。やっぱこのおっさん、伊達に前千円札じゃなかったなと。

ちなみに、『満漢所感』には満州人(中国人)が麻雀に興じていて、日本における初めての麻雀の記載と言われています。

 

しかしこの書、私が高校生の頃は「漱石は中国人と朝鮮人を差別している!」と読むのを禁じられた「禁書」でした。

しかし、差別という大なたを振り回した教師たちも、漱石という「権威」には逆らえない権威主義者に過ぎなかったことを思い知りました。何故ならば、『満韓』は差別だから読むなと言うけれど、『満漢所感』が掲載されている漱石全集を読むなとは言ってなかったから。差別という御紋をかざすなら、漱石全集も禁書にして図書館から回収しないとね。

 

 

それにしても、20年以上前に私の言うことを信じず鼻で笑っていた連中は、今Youtubeなどで流れている中国の映像を見て、何を思うのでしょうか。

もう会うことはないと思いますが、彼らにひと言言いたい。

「25年かけてやっと俺に追いついたか。遅かったね。待ちくたびれたよ」

こんな嫌味を一発かまさなければ気が済まない、友達数人失ってもいいから、死ぬまでに一度言わせろと(笑