昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

台北のローマ字に見る台湾アイデンティティ-ウェード式から漢語ピンインまで

台湾にはないはずの○○が何故ここに・・・?

先々月、久しぶりに台湾にやって来て早々、違和感を感じたことがあります。

そもそも台湾にあるはずもないものなのにそこにある。なんというか、花粉症のような、アレルギーに近い強烈な「異物感」が。

 

それは一体何か。

 

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違和感その①。

 

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違和感その②。夜に撮影したものなので少し見づらいですが、看板に注目。

 

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違和感その③。これも看板の、ローマ字に注目。

 

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違和感その④。なんで台湾に来てまで見んとあかんねん・・・orz

 

 

 

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私が強烈な違和感を感じたのは、中国語のローマ字表記のこと。

中国語を勉強した人ならわかる・・・というか勉強しないとたぶんピンと来ないですが、台北の街の街という道路のローマ字表記が、すべて中国式のピンインになっていたのです。

 

私が台湾・・・というか台北に来て、変わったなと感じたいちばんの変化がこれでした。

中国が嫌いなわけではないし、ピンイン自身には何の罪もない。しかし台湾に来てまで見たいものかと言えば、正直見たくない。これじゃあ台湾に来たという気分がゼロ。台北やなくて上海か広州あたりに来た気分やんかー。台湾の中心でアイヤーと叫びたい。

 

 

 

 

これに気づいたのは、台北から北部の港町基隆(キールン)に向かっていた時のこと。

台北駅から、台湾国鉄の各駅停車でガタンゴトンと揺られていると、当然電車は各駅に止まります。

台北駅を出発した基隆行きの鈍行は、松山→南港という順に停車し、約15分で「汐止(シージー)」という駅に当たります。

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汐止は台北市の東の郊外にあたる場所ですが、日本統治時代の日本人はそのまま「しおどめ」と呼び、台湾人もつられて「しおどめ」と呼んでいたそうです。

今の台湾の電車の設備は日本のとほとんど変わりません。車内のLEDの駅名案内も当然ついており、駅に着く前に日本と同様の「間もなく○○駅に到着」というような表示が現れます。

電車が汐止に着いた時、さりげなくその電光案内板を見ていたのですが、「汐止」に到着する時の案内板にビックリすることとなりました。

 

汐止 Xi Zhi ←ローマ字の方に注目

 

それピンインやないかい!!!

 

「松山」「南港」の時も車内案内表示を見ていたのですが、それぞれSongshan , Nangangと表示されていたのには、おや?と思った程度でそれほど違和感はありませんでした。しかしながら、XとZが入るとさすがに気づく。

 

私が住んでいた20年前の台湾のローマ字表記は、「ウェード式」というものを主に使っていました。私も「台湾式ピンイン」とばかりに必死に覚えた記憶があります。

そのウェード式だと、「汐止」はHsi Chiのはず。だから電光案内板もHsi Chiになるはず・・・と思ったら予想外のピンインが出現。

「Xi Zhi」が出た瞬間、『新婚さんいらっしゃい』の桂文枝師匠ばりに椅子から転げ落ちそうになりました。

 

昭和の終わり頃に日本の政界にも汚職がはびこり、それを傍目で見ていた台湾の「元日本人」だったのでしょう、当時台北に唯一支部を置いていた産経新聞の支部長宛に電話をかけ、こう皮肉ったそうです。

「おめでとうございます。日本も、ようやく中華民国に追いつきましたね」

司馬遼太郎の『台湾紀行』に載っていた話ですが、それから四半世紀の時を経て、私も一つ台湾人の皆様に祝辞を申し上げたい。

「おめでとうございます。台北市の『回帰(祖国復帰)』はもうすぐですね」

 

それにしても、私が台湾に行かない間に一体何が起こったのだろうか。ローマ字表記がガラリと変わる程の何かしらの変化があったことは確か。

 

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そんなことをしでかしそうな人間としてぱっと思いついたのが、国民党の馬英九容疑者・・・ではなかった、前総統(大統領)。そして思いついたのが、こやつ日本で報道されてないような「何か」をしでかしたなということ。現時点では容疑者の最右翼です。

 

台湾のややこしいローマ字論争

 

1990年代まで、台湾で中国語を表記するローマ字は何種類か存在していたのですが、主に使われてきたのは、上にも書いた「ウェード式」と呼ばれるものでした。

これは19世紀末にウェードというイギリス人が作った表記法で、英中辞書にも採用され長年中国で使われていました。ウェード式は中華民国になっても引き続き使われ、中華民国が台湾に引越した後も台湾で主流となりました。日本でも戦前の中国語テキスト内の発音はウェード式で表記されていました。

 

また、中華民国が正式採用している「注音符号」というものも同時に使われていました。

 

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注音符号はローマ字ではないので今回は端折りますが、台湾で中国語を覚える場合、暗号のようなこの記号を覚えることからスタートなのです。読者の皆さんは、こんなの覚えなくても結構です。私も必死で覚えましたが、今は半分くらい忘れてます。

この注音符号を元にしたローマ字表記である「注音符号第二式」というものも、教育部(日本の文部科学省)が導入していました。

 

対して中華人民共和国は、成立後「ピンイン(拼音)」という方式が採用されました。我々中国語学習者は何の疑いもなく「ピンイン」と言っていますが、正式名称は「漢語拼音(ハンユーピンイン)」です。

中国の昔からの大問題は、識字率の慢性的な低さ。中華人民共和国成立時点で識字率30%とされていますが、この数字、相当盛ってると思います。甘めで見積もってもせいぜい12~3%だろうと。何の根拠もないですが、個人的には5~8%くらいだったんじゃないかなと。「新聞が難なく読める」「手紙を書ける」レベルの識字率だと、実は20%くらいしかいないだろうと主張する中国人もいます。

しかし、真実は誰もわかりません。中国のいちばん恐ろしいところは、軍事力でもバカ多い人口でもありません。

「真実の数字が誰にもわからない」

ということです(笑

 

 

「漢字不滅 中國必亡」

(意訳:漢字あるかぎり中国に未来はない!)

と怒りを込めて叫んだのは中国の文豪魯迅ですが、中国が近代化できないのは漢字の呪いだ、漢字を滅ぼさない限り中国はダメだと魯迅は言い切りました。じゃあ漢字使ってるのに近代化できた日本は何なのさ?という矛盾が発生しますが、日本にも留学し日本に敬意を抱いていた魯迅のこと、そんなこと承知済みでの発言でしょう。

この言葉を葵の御紋にし、責任をすべて漢字に押し付けた中華人民共和国が、

「なら漢字なくしてしまえ!」

と漢字に変わる新中国の文字として提案されたもの、それがピンインです。これはモスクワに住んでいた中国人労働者に対し実験も行っていて、結果はアルファベットの28文字さえ覚えたら簡単じゃんと好評だったそうです。

まあ、いろいろあって漢字廃止計画は白紙になったのですが、ピンインは中国漢字の正式なルビとして採用され、現在に至っています。

 

ウェード式は現在の台湾の地名でも使われています。

例えば「台北」は

ウェード式:Taipei

漢語ピンイン:Taibei

とほとんど変わりません。しかし、我々が英名で「台北」を綴っているのはウェード式の方です。

「高雄」は北京語で「カオシオン」と言うのですが、ローマ字表記は

ウェード式:Kaohsiung

漢語ピンイン:Gaoxiong

と台北とかなり違ってくるのです。

 

 

逆に、いたずらで中国の地名をウェード式で書いて見ると・・・実は上海はどちらも「Shanghai」で変わりません。

しかし、「北京」を比較してみると、

ウェード式:Peiching(慣習的にはPeking)

漢語ピンイン:Beijing

やっぱり中国の地名はピンインの方がしっくりくるな。

ローマ字表記一つ採っても、中国と台湾はもはや違う国。李登輝元総統の言葉を借りれば「国と国との関係」なのです。 

 

1990年代後半までは、台湾も機嫌よくウェード式を何の抵抗もなく使っていました。注音符号第二式も併用されていたのですが、他の様式も標識などで使われ統一されていなかったので、混乱が混乱を呼ぶことになりました。

台北の東西の中心部を横切る「忠孝東路」という道路があります。これが

ウェード式:Chung Hsiao E. Rd

注音符号第二式:Jung shiao Dung lu

となるのですが、全く同じ名前の同じ発音を表記しているとは、傍目からは思えません。これが1995年まで同じ忠孝東路などの道路に仲良く共存していたため、中国語がわからない外国人にはかなりややこしい。

漢字が理解できる日本人にはローマ字表記などどうでも良いし、そこまで気にしていなかったはずです。が、日本に置き換えると「大阪」もOsaka/Ohsaka/Oosaka/と個人の好き勝手に表記されると、外国人はどれが一体正解やねんと混乱するのと同じことなのでしょう。

 

そこで、1996年あたりから台湾で「ピンイン論争」というローマ字表記問題が突如起こります。

たかがローマ字表記を侮るべからず。それがグローバリズムvsナショナリズムの対決となっていくのです。

 

1998年、台湾の民主進歩党(民進党)が「通用ピンイン」という表記法を提案します。

中国のピンインを学ぶ外国人が増えている現実を踏まえ、ピンインだけれども中国の漢語ピンインを導入するには抵抗がある。なら自分らのピンインを作ってしまえと。

この通用ピンインは、あくまで外国人のため&道路標識や観光地表記のみの表記で、今まで使われていたものを代替というものではありませんでした。また、台湾語や客家語などの方言対応の通用ピンインも作られました。

 

といっても、中国の漢語ピンインとの違いはあまりなく、差異は1割以下だそうです。

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この通用ピンイン、民進党の陳水扁が市長だった台北にさっそく投入、道路やMRT(地下鉄)の駅の表記が一気に変更されます。

しかし、中央政府(行政院)が反対。国民党は不倶載天の敵のはずの中国共産党の漢語ピンインを取り出し、

「これからは漢語ピンインの時代っしょ!みんな中国様に合わせてますぜ!」

確かに、これは正解と言えば正解なのです。何故ならば漢語ピンインは中国語の国際標準規格として認められ、ISO7098という番号も持っています。

しかし、これを国民党が言うからおかしくなる。共産党撃滅はどこへ行ったの?反共という党是はどこへ行ったの?という流れになり、国民党は台湾一の「漢語ピンイン推し」となります。

ここあたりから、国民党は「中国と悪魔の契約を結んだ」としか言いようがないほどに、急激に「中国化」していきます。

 

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 といっても、国民党も共産党はお互いを不倶戴天の敵と言いつつも、中国近代史をかじってみると肉屋と魚屋程度の違いしかないことがわかります。
国民党(中華民国)の政治組織はレーニン時代のソ連をベースにしているし、共産党(中華人民共和国)の政治システムはほぼ中華民国のコピペです。「党=国家」という考えも全く同じ。生き別れの双子って表現も可能です。
(資本主義)を売ってるか魚(共産主義)を売っているかの違いはあっても、経営理念や経営方針は全く同じ。いや、経営者の頭の中も同じ。そういう意味では、1990年代の李登輝元総統による民主化で、台湾化して骨抜きにされた国民党が、悪い意味で「原点回帰」「リバウンド」してしまったというのが私の見方です。

 

翌年の1999年の台北市長選挙で、国民党が落とした爆弾が現役市長陳水扁を撃破します。

 

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それがかの馬英九氏。

馬氏は国民党の決まりに従い陳水扁推しの通用ピンインを廃止、漢語ピンインを採用することに。

「これからは漢語ピンインが世界標準っしょ!『世界標準』に合わせないと台湾は国際社会から取り残される!」

市長時代の彼が実際に放った言葉ですが、台北の標識の「中華人民共和国化」の犯人は・・・やっぱお前か馬英九容疑者(笑)

 

馬英九によっていったんは消された通用ピンイン。

しかし通用ピンイン神推しの陳水扁元台北市長が2000年に総統となったことから、華麗に復活を遂げます。

立法院(国会)も多数を占めた民進党と陳総統は、通用ピンインのゴリゴリゴリゴリ推しをすすめます。国民党の猛反対があったものの、2002年より通用ピンインを統一基準とする「中文訳音使用原則」という法律が公布され、ウェード式や注音符号第二式、漢語ピンインで表記された標識が徐々に通用ピンインに変わっていきました。

しかし、台北市だけは馬英九氏が必死に抵抗することに。台北市だけは漢語ピンインのまま続くこととなったようです。

 

民進党が制定した「中文訳音使用原則」によって収束しかけたピンイン論争は、2008年に国民党が政権を奪い返すことによって再燃します。

総統になった馬英九は漢語ピンインを強力に推し進め、2009年から「中文訳音使用原則」が通用ピンインから漢語ピンインに変更になります。それが現在も至っているという状態が続いています。

 

 

とある都市でのピンイン論争

このピンイン問題が大きな政治的対決になったのは、2010年のこと。

この年、台北市を囲むように設けられていた「台北県」が、「新北市」に昇格することとなりました。


日本の感覚では県の中に市があるので県の方が立場的に大きいというイメージがあります。
しかし、台湾や中国の「県」は日本の行政区画で言えば「○○郡」くらいの規模ですが、ややこしいことに県の中にも市が存在します。
「新北市」の場合は「政府直轄市」という日本にはない行政制度で、日本の都道府県と政令指定都市を足したようなもの(2では割らない)というイメージです。
特に旧台北県がまるごと市となるために、台湾一の大きさの市となりました。日本に例えれば、神奈川県と千葉県と埼玉県が合併し、東京を囲むように「関東県(仮名)」を作るようなものですね。

 

さて、新北市ができることは全然OK。しかしある問題が発生することに。

「『新北市』の英訳どうすんの?」


既に国が「ローマ字表記は基本はすべて漢語ピンインにすべし」という方針を決めているので、台北県はお国の方針に従いますと、

Xinbei-City

を提案します。Xinbeiが「新北」の漢語ピンインです。

しかし、これに市民と民進党が猛反発します。
特に漢語ピンインに独特の”X" "Z" "Q"なんてもうやめて~!と新北市民はアレルギー反応を起こしました。おお、私にはわかるぞその生理的嫌悪感。

彼らは、

”New Taipei City"にせよ!」
とピンイン導入に大反対。それをマスコミが援護射撃する形となり、世論の総ブーイングの中、初代新北市長選挙が行われました。

 

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結果、"New Taipei City"派の朱立倫(国民党)という人が当選し、英語はそれに落ち着きます。

朱立倫は、個人的には漢語ピンイン神推しだったそうです。しかし、世論の漢語ピンインに対する生理的嫌悪感に朱や国民党も無視できなかったのでしょう。いったん漢語ピンイン推しを引っ込めざるを得ませんでした。

グローバリズムとナショナリズムの対立は、今年はじめのトランプ米大統領の件でクローズアップされましたが、台湾では6年前に「グローバリスムという名の中国化 vs 台湾ナショナリズム」という戦いが、ローマ字表記という土俵で既に始まっていたのです。

 

ちなみに、この初代新北市長選挙は朱立倫と民進党の蔡英文の一騎打ちだったのですが、「第一ラウンド」は朱の勝利。
しかしこの6年後の総統選挙、蔡英文に勝てないと悟った朱はさっさと降り、別の人間を国民党の候補にしました。結果は惨敗ですが、同時に行われた総選挙でも国民党は歴史的惨敗。

歴史のIFですが、もし選挙で国民党が勝ち、国民党政権が続いていれば・・・この朱立倫という人、日本なんて○ねばいいのにというほどのハイパー反日です。彼に比べたら馬英九など穏健派も穏健派。

そして何より、国民党が勝って「朱総統」が誕生していれば・・・「中華人民共和国台湾特別行政自治区」とは言わないけれど、少なくても中国の保護国、20世紀はじめに日本が韓国を併合する寸前のような状態になっていたでしょう。

 

湾ちゃんの秘密

今でさえこんな状態なのだから(笑

2016年の総統選挙、日本では対岸の火事のように見ていました。が、実は台湾が中国に呑まれ、息絶えるかどうかの、国家存亡を問う選挙だったのです。

 

台湾の「中国化」、いや中国による台湾統一はピンインという、意識しないとほとんど気づかないレベルから始まっていると感じました。
中国のやり口を知ってる身からすると、「戦わずして勝つ」が中国人の最良の戦法。国際的批判を一身に浴びる「実力行使」なんかするわけがない。中国の兵法に書いてあります、そんな戦争は愚の愚の愚だと。核兵器?空母?そんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのです。
ピンインも日本人にしてみれば些細なことですが、その蟻の一穴を確実に逃さず、それを突破口にしてじわりじわりと攻めていくのが中国人の怖いところ。ピンインの台湾への浸透も立派な「武器」だと私は感じます。


日本という対岸から見ていると、国民党の漢語ピンイン神推しに比例し、台湾ナショナリズムが馬政権時代に急激に高まった感がありました。

2014年、学生たちが立法院を占拠して政治に抗議した「ひまわり学生運動」がありましたが、あれは急に発生したわけでもないはず。つまり爆発させる導火線があったはずですが、なるほどその一つはおそらく、この「ピンインによる中華人民共和国化」ではないかと。

前半でも書きましたが、中国はどっちかというと好きだしピンインにも罪はない。しかし台湾に来てまで見たいものではない。郷土愛が人一倍強い台湾人の心中は、ガソリン山積みのドラム缶の前で火炎瓶を持っているような、暴発寸前の不穏な気分があったことでしょう。

 

 

他の都市ではどうか

台北はすっかり漢語ピンイン植民地となってしまいましたが、台北以外はどうなっているのか。

結果として、ピンイン論争は終結していないようです。
馬英九政権時代の置き土産で、全国的に「ピンインにせよ」というお達しが広まったのですが、伝統的に民進党が強い南部では、
「漢語ピンインなんて誰が使うか!」
と徹底的に反抗。
台北と台湾の都市の双璧をなす高雄市は、台北市の漢語ピンイン化とは真逆で、頑強な通用ピンイン大帝国となっているようです。

例えば、高雄に「信義路」という道があります。
「信義」は儒教から来た言葉でそれに基づいて名付けられた「信義路」は、台湾のどの都市にも掃いて捨てるほどあります。
台北にも「信義路」はメインロードとして存在し、英名はXinyi Rd.と漢語ピンインとなっています。
しかし、同じ「信義路」でも高雄になるとShinyi Rd,と通用ピンインに。
その上、Google mapは "Xinyi" と漢語ピンインなのに対し、Wikipediaは "Shinyi" と通用ピンイン。編集ができるWikipediaに高雄人の矜持が表れているようです。逆に言うとどっちかに統一して欲しいのではありますが。

 

しかし、法令で漢語ピンインに直せといっても、例外があります。

慣習的にウェード式が浸透している地名や伝統行事などは、変更しなくても良いという特例があるのです。

なので、Taipei(台北)やKaohsiung(高雄)、Taichung(台中)やKeelung(基隆)などの地名はそのまま残っています。Tainan(台南)は、ウェード式・通用ピンイン・漢語ピンインすべて共通の綴りなので、これ以上何も変わりようがありません。

高雄に行こうと思って飛行機のチケットを買ったら、航空券にはKaohsiungではなくGaoxiong(高雄)って書いてある。ピンインがわかる中国語話者なら、おいおい俺は台湾の高雄へ行きたいのだが、それは一体どこの中国の都市やねんと不安になるでしょう(笑)

 

 

そして、ピンインはあくまで外国人にもわかりやすいように、というタテマエがあるため、あくまで地名のみ。人名などはいまだにみんなウェード式を使っています。

 

例えば、現総統の蔡英文氏は、英文では

 Ts'ai Ing-wen

と書きます。読みは「ツァイインウェン」

蔡英文ツイッター

ツイッターでもそう書かれていますが、中国でピンインしか習っていない人は、これをどう読むかわからないと思います。中国でウェード式は絶対に習わないから。

 中国の漢語ピンインに書き直すと、Cai ying wenとなるのですが、 Ts'ai Ing-wenと全く形が違います。中国語の知識がない素人眼には、どう見ても同一人物のローマ字に見えないでしょう。

なので、中国語が話せるからといって、ローマ字が全員、そしてすべて読めるわけではありません。

「中国語話せるのに、なんで台湾人の名前のローマ字が読めないの?」

という、酷なことは言わないように。

 

台湾のローマ字事情の混乱ぶりをいちばん顕著に示すのが、この写真です。

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2011年の台湾新幹線の停車駅の標識です。

何の変哲もなさそうな、ただの標識に見えます。しかし、これがわかる人にはわかるカオスっぷりなのです。

 

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各都市のローマ字表記が、みんなバラバラ。これを完璧に読むには、ウェード式、通用ピンイン、漢語ピンインの3つを覚えておかなければならないというカオスっぷり。

こういう時、欧米人と比べて日本人は非常に得をしています。何故ならば漢字がわかるから。漢字がわかる以上、ローマ字が何であろうと知ったこっちゃない。漢字を見ればいいから。これが日本人自身が気づいていない中国語世界の大きなアドバンテージなのです。

この標識が現存しているかは定かではないですが、もし今でも残っていれば、

「台湾のロゼッタストーン」

とでも名付けましょう(笑

 

 

台湾の中国語ローマ字表記は果たしてどうなるのか。正直先は見えません。たかがローマ字表記が政治的道具に使われ、台湾人のアイデンティティの物差しになっている状態では、おそらくしばらくはカオスのままでしょう。

ただし、台湾に来てまで漢語ピンインはやめてくれ~。これなら俺は中国へ行くぞというくらい萎えるから(笑

中国語に限らず、外国語が一つでもわかると視野が非常に広がります。覚えないなら覚えた方が絶対に得です。しかし、広がりすぎて台湾のピンインのように、余計なものまで見えてくるのが少し厄介なところです。