昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

アラビーナ 前編

皆さんは、一度聞いただけで惚れてしまったという音楽はあるでしょうか。

「一目惚れ」という言葉はあるけれど、「一聴惚れ」という言葉が存在しないので、おそらく滅多にないのかもしれません。

 

日本でも、車を運転しながらラジオを聞いていると、おや!?と思わず反応してしまう音楽があるのですが、海外へ行くと五感のアンテナが敏感になるのか、それとも普段聞き慣れない異国の響きに反応しやすくなるのか、日本にいる時よりもおや!?の頻度が高くなります。

 

 

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私が異国で、一度聞いてしまっただけで惚れてしまった音楽が、このアラビーナというバンド。

自信を持って言えます。アラビーナなんて名前、ふつうの人は聞いたこともないはず。日本では知名度ほぼ0。聞いたことがある人は、知ってるで~とブコメが欲しいです。

Wikipedia先生も日本語ページがない超レアな歌手ですが、一体どんな人なのか。

 

アラビーナとは

アラビーナとは、スペインのジプシー音楽と中近東の音楽を融合させた、かなり斬新なミュージシャンです。

まずは、「スペインのジプシー音楽+中近東音楽」ということを頭に入れ、この曲をお聞き下さい。

 

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聞いただけで、なるほど!と感じる人も多いはずです。

ヨーロッパと中近東が、混じり合うことがなくても融合している無国籍感。一言で表現するならば「エキソジック」という言葉が似合う。日本で言えば、トランスアジアな音楽バンド上々颱風のようなものかもしれません。

この二つの音楽がこれだけマッチするとは想像外ですが、遺伝子に放浪癖が刻み込まれているジプシーたちの起源は、元々中近東あたという説もあるので、汎オリエントという意味では祖先は同じなのかもしれません。

 

ジプシー音楽はLos Niños de Sara(ロス・ニニョス・デ・サラ)というバンド、ボーカルはIshtar(イシュタール)という女性です。

 

Istarイシュタール

このイシュタールという人、出自が非常にややこしい。

彼女はモロッコ系のユダヤ人を父親に、エジプト系ユダヤ人を母親に持ち、イスラエルで生まれました。Istarというのは日本で言えば芸名で、本名はEsther Zachと言うそうです。これをどう読むかはわかりません。

これだけでも、単一民族国家日本の常識を超越してしまっていますが、要するに彼女は「ユダヤ人」ということ。まずは、これを覚えて置いて下さい、後で非常に重要になってきます。

彼女が歌で使っている言語は、アラビア語(エジプト方言、モロッコ方言)、ヘブライ語、英語、スペイン語、フランス語、ブルガリア語、ロシア語etc...

一体何カ国語で歌ってんねん、もう日本語だけでええやんと。

単一民族国家日本の物差しが1+1=2であるならば、世界の物差しは1+1=5でも6でもなるのです。もっとも、さじ加減を間違えると1+1=-100にもなりますが。

ちなみに、上に挙げた歌の彼女の使用言語はアラビア語なのですが、彼女が一体何語で歌っているのか、歌を聞いて推察するのもアラビーナの愉しみ方なのかもしれません。

 

アラビーナとの出会い

私がアラビーナと出会ったのは、放浪中にイスラエルに立ち寄った時のこと。

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地にして、「現存する世界最古の都市」と呼ばれるエルサレムの旧市街でまったりお茶を飲んでいた時、ラジオからIshtarの声が聞こえてきました。

私が当時聞いたのは、この曲でした。

 

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Comme toi(あなたのように)という歌なのですが、タイトルの綴りでわかる人はわかるように、フランス語です。

歌も終始フランス語なのに100%オリエンタルな響きというコスモポリタン感。歌詞がフランス語と知らなければ、ちょっと西洋っぽいアラブ音楽です。私も最初は、これがフランス語とは全く思いませんでした。だって、中近東にフランス語は想像の圏外だから。

この「異」と「異」の音楽の融合に、私は一目惚れならぬ「一聴惚れ」。喫茶店の主人に、

「この音楽の歌手は誰や!!!!」

と食いついてしまいました。主人のまあまあ落ち着けという声に我に返ったのですが、じゃあそこまで気に入ったのなら買ってきてやると、主人はCD屋まで走ってくれました。

こうして、私は「一聴惚れ」した意中の人との出会いを果たしました。CDの価格はUSドルにして5ドル。これも後で語る物語で重要になってきます。

 

そしてイランへ

長い世界の旅のお供には、人間もいいけれど、音楽がいちばんのお供です。アラビーナというステキなお供を連れ、イスラエルを離れいざ東へ東へ。

 

そして着いたのはイラン。

イランという国は、アメリカが「悪の枢軸」認定をしているため、日本では核兵器製造疑惑などネガティブな報道が多い。それゆえに、北朝鮮レベルで近寄りがたい印象があります。しかし、いざ行ってみると・・・

 

どうということはない。

 

別に怖くもなんともない。それどころか、お隣トルコが世界でもトップ5に入る親日国家なので、いささか陰が薄いですが、イランもかなりの親日国家です。中近東の情報拠点という面もあり、NHKや各新聞社の支局が首都テヘランに置かれています。

バブルの頃、イラン人が大量に日本に出稼ぎに来たことを、覚えている人はいるでしょうか。彼らは3K仕事に従事していましたが、バブルの崩壊と共に、用無しだから出て行けと彼らを追い出しました。マスコミも、イラン人を見たらすぐ110番のような、準犯罪者的報道っぷりだったことを、当時高校生だった私は記憶しています。

そんな仕打ちに、プライドが非常に高いイラン政府が激怒。これが原因で、一時期日本とイランの国交が断絶同然になったことがありました。あ、今は大丈夫ですよ。

しかし、当の追い出された方はというと、拍子抜けするほどの親日でした。

けっこう一所懸命働いていたのか、イランの基準で「中の上金持ち」くらいになった人が多く、日本語ペラペラも多い。それも、5人10人ではなかったです。

後で知ると、彼らは野犬狩りのようなえげつない手段で日本から追い出されたのですが、恨むどころか逆に日本に深く感謝していると。駆け引き・損得なしの親切、これを親日というのだなと。

イランはガッチガチの反米国家。アメリカ大好きなんて言おうものなら、生命の保証はいたしかねます。そういうお国柄もあり、英語は習っていないからかほとんど通じなかったのですが、その分日本語がガンガン通じました。

おかげさまでペルシャ語を全く覚えなかったのですが、まさかユーラシア大陸の真ん中のペルシャで日本語が通じるとは、想像すらしませんでした。

 

そして、流してはいけないものを流して・・・

 

そんな日本出稼ぎ経験があるイラン人(当然、日本語はペラペラ)と出会い、好意に甘えてお泊りさせていただくことになりました。

 

エスファハーンイマーム広場

エスファハーンのイマーム(王の)広場。サマルカンド・ブルーが映えるモスクが世界遺産です。



スィー・オ・セ橋

エスファハーンの観光名所、スィー・オ・セ橋

その場所は、古都エスファハーン。16世紀にペルシャ王朝の首都が置かれたところで、「イランの京都」と言われているところです。

そこで数日、これが王侯貴族というものか・・・というような何不自由ない生活をさせてもらったのですが、ポータブルCDプレーヤーでアラビーナを聞いていると、彼が声をかけてきました。

「何聞いてるの?」

ちょっと聞かせてとイヤホンに手を伸ばしたのですが、いいね~と気に入った様子。

「よかったら、リビングのコンポで聞きなよ。日本製だよ」

と、お気に入りだというSONYのコンポに、CDをぶち込みました。

アラビーナの音楽が大音量で流れ、ノリの良いテンポに家にいた家族が踊りだし、ちょっとしたダンスパーティーに。

 

しかし、皆が楽しく踊っているのに、私は冷や汗たらたらだったのです。顔は引きつり、とても楽しく踊れる心理状態ではありませんでした。

まるで一人空気を読んでないかの様子ですが、それは何故か。

上で書きました。アラビーナ=Ishtarは「イスラエル生まれのユダヤ人」ということを。そのユダヤ人の音楽をイランでガンガンにかけている

それで?という人は、海外旅行に行かない方が身のためかもしれません。国や人によっては、その感覚が死を招くことすらあります。

 

イランにとって、アメリカは憎き敵です。アメリカ人は当然イランに行けません。

しかし、イランにとってそれと同等かそれ以上の、不倶戴天の敵がいます。それがイスラエル

パスポート上にイスラエルのスタンプがあると、ほとんどのアラブの国には問答無用で入れないことは、旅慣れた人の間では有名です。それだけではありません。たとえスタンプがなかったとしても、イスラエルに行ったという痕跡があっても入国拒否です。

イランにも絶対に入れません。いまどきPDFでダウンロードできる日本のイラン大使館のビザ申請用紙には書いていなかったですが、私が19年前にトルコでビザを申請した時には、

「イスラエルに行ったことがあるか」

という項目があり、Yesにチェックを入れると当然そこでアウト。ビザ以前に大使館(領事館)からつまみ出されます。

 

しかし、ここであれ??と思いませんか?

私はイスラエルでアラビーナのCDを買った。だからイスラエルに行っている。

それなのに、私はイランへ行った。

イスラエルに行ったのは、実はウソだったというオチではありません。まあ、ビザを取った時に「イスラエルに行ってない」にチェックを入れたことはウソでしたが。

これには、本当は行ったのに「行ってないことにする」、ちょっとした「からくり」があるのですが、それはまた機会があれば。

 

 もし、好意で泊めてくれた彼らに、この音楽は実はイスラエルのユダヤ人の曲で・・・と言おうものなら、いくら相手が親日だろうが、おそらく私は無傷でこの家を出ることはできまい。かなり高い確率で、私の生命はそこで終わっていたと思われます。それくらい、イスラエルへの敵対心は強いのです。そこに理屈は通りません。

 

イランの公用語のペルシャ語がアラビア文字を使っているので、日本人は間違いやすいのですが、イラン人とアラブ人とは全く違う民族です。アラビア語は欧州の言語と何の関係もないですが、ペルシャ語は英語や欧州の言語の親戚です。

そして、アラブ諸国とイランも、いい具合に仲が悪い。アラフォー以上なら、イラン・イラク戦争を思い浮かべる人もいると思います。

なので、アラブの音楽と言っても、もしかして無傷では済まないかもしれない。

でも、彼らはノリノリで踊っている・・・・この時思いました。アラビーナの音楽の響きはアラブではなく、汎オリエントなのだと。

  

結局、最後の曲まで流し続けたのですが、顔を引きつりながらもなんとか首はつながりました。正直、生きた心地がしませんでした。なんというか、死刑判決を待つ被告人ってこんな心境だったのかもしれない。

何事もなかったとはいえ、イランでアラビーナを聞いた私は一生の不覚。仮にバレて命からがら逃れ、日本大使館に助けてくれ~と訴えても、

「そりゃあんたが悪いわww」

と笑われそうなほどの大失態でした。

 

続きは後編へ。