昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

アラビーナ 後編

アラビーナalabina

 

こちらの記事↓

parupuntenobu.hatenablog.jp

の続きとなります。

 

前回までのあらすじ

バックパッカー時代の私がイスラエルのエルサレムで偶然耳にした、オリエントの響き充満の音楽。
そのアーティストの名はアラビーナ。
エキソジックな音色に「一耳惚れ」した私は早速CDを購入。CDプレーヤーも購入し毎日のように聞いていました。
ユダヤ人の歌手なのにイランで爆音お轟かせるなどの「失態」を冒しつつも、2ヶ月の長旅の末ようやく着いたのはパキスタン。
ここで、予想もしなかったどんでん返しが。

 

 

我が愛しのアラビーナ、○○される!

 

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イランから進路を東へ東へと進み、たどり着いたのはユーラシア大陸のど真ん中、カシミール山脈の奥。パキスタンと中国との国境でした。
地図だけ見ると、山ばかりでそんなところ通れるのというところですが、ここは古代から存在する交易路。かの三蔵法師もインドからの帰りにここを通り、唐へと帰還しました。この道を「カラコルム・ハイウェイ」といいます。
もっとも、ハイウェイといっても舗装されているわけではなく、トヨタが誇る無敵SUV、ランドクルーザーでも席から飛び跳ねる次元の悪路です。

 

khunjerabpassフンジュラーブ峠

国境あたりは「フンジュラーブ峠」といい、富士山より高い高度4~5000mの山々を越えることとなります。
パキスタンの出国手続きは麓(っても3000mくらい)で行うのですが、中国の入国手続きは山の上。高度4800mの地点でした。真偽のほどは知りませんが、「世界一標高が高い国境」と言われています。


そこでいったん立ち止まり、持ち物検査を行うのですが、如何せん係員一人に一人ひとり検査なので、非常に時間がかかる。
じゃあ、その間一服でもするか・・・と言いたいのですが、ここではタバコが吸えません。禁煙というわけではなく、ここは四捨五入すると高度5000m、ライターに火がつくほどの酸素がないのです。
じゃあ、そこらへんと散歩するか・・・も命がけ。足場が悪いのでトレッキング状態になるのですが、常人が高地で「運動」は禁物です。

ここは高度5000m、ライターに火がつかないほどの低酸素。待っているのは高山病の恐怖です。

高山病とは、簡単に説明すると酸欠による急性体調不良のことで、ついさっきまで何ともなかった体調が急激に崩れ、酸素を吸わないと待っているのは死の二文字。酸素ボンベで新鮮な酸素を吸えば、不思議なほどケロッと治るのですが、特に飛行機で低地から高地に急に上がると身体が低酸素に適応できず、罹りやすくなります。

高山病は高度4000mや5000mなど、日本にはない標高の高地で罹るというイメージが強く、国内にいれば無縁だと思っている人も多い。しかし、疲労などで体力が落ちていたりすると2500mでもなります。また、セスナ機で高度10000フィート(高度3000m)まで一気に上がると、急に身体の力が抜けた感覚になったり、軽い頭痛がすることがありますが、これも高山病。

ちなみに、三蔵法師は1400年前にこのフンジュラーブ峠を越え、一息ついたところで高山病に罹り、激しい頭痛に襲われたそうです。

 

で、私の番が来たのですが、バックパックに入っている荷物オープン。
あーめんどくせーと思いつつ中の荷物をすべて出すと、係員はあるものに反応を示しました。

「このCD、没収ね」
私が世界各国で買い集めたCDが、中国でボッシュートの危機に晒されたのです。
なんでやねんと問い詰めると、これは海賊版だからダメと。

「てめーんとこの国は海賊版CDをバンバン作って世界中に迷惑かけとるのに、他国のCDは持ち込み禁止かい。ヘソで茶を沸かせるわ!」

と役人に言い放・・・つと入国拒否を食らいそうだったので口には出しませんでしたが、顔には明らかに出ていたと思います。

 

私が愛したアラビーナも、ユーラシア大陸の真ん中で没収とされ、泣く泣く手放すこととなりました。これだけは手放したくなかったのですが、泣く子と役人には勝てぬ。
何かの嫌がらせか、CDプレーヤーは全くお咎めなしだったので、まんざら役人の気まぐれでもなさそうでした。某国で買ったソニーのフィルムカメラも手付かずでしたし。あれ?ソニーってフィルムカメラ作ってたっけ?(笑)


しかしながら、この無念、必ずどこかで晴らしてやる。私とてバックパッカーだ、無駄死にはしない。
そう心に誓い、のんびり陸路で日本に一時帰国することになりました。

 

旅友へのリクエスト

アラビーナとの悲しい別れの後、中国を横断する形で上海から船で帰国した私に、ある旅友からメールが届きました。

発信主は、以前の記事で紹介したS君です。

モスクワ地下鉄のリング型ICチケットと、ある日本人の予言 - 昭和考古学とブログエッセイの旅

帰国後、彼の家へ遊びに行ったのですが、再会早々、

「アニキ、どっか海外で面白いとこないですか?」

彼は大学の休みを控え暇を持て余し、次の旅先をどこにするか決めあぐねていたようでした。

彼も休みのたびに海外に出てはスナフキンしているタイプ、ヨーロッパやアジアなんてベタなところはもう飽きた、おおと唸らせるようなマニアックな所へ行きたい。それが彼の希望でした。

それなら、マニアック度とビザGETの難易度、そして物価と治安のバランス的に、中近東が良いのではないか。私は自分が辿った中近東ルートを推薦しました。

イスタンブールINにして、イスタンブールでカイロ行きのチケットを購入、エジプトから北上して中近東を周遊すればいいじゃないかと。陸路で数ヶ月かけたとは言え、この本人が中東から帰りたてほやほや、ビザGET法などの情報はすべて私の頭の中にある。

当時の中近東の火薬庫はイスラエルとパレスチナでしたが、当時はちょうどいい具合に休戦協定が結ばれており、イスラエルも至って平和でした。

そして何より、中東とくれば自爆テロや戦争などきな臭いイメージが強いと思います。しかし、当たらなければどうということはない。だいいち、治安組織が絶大な権力を持つ警察国家だけあって、治安は良好です。


「おお、中近東いいですね~!」
S君はやはり食いついてきました。それも一口でパクリと飲み込むように。トルコは多少経験ありなものの、イスタンブールのなんちゃってイスラムではなく中東の濃厚なイスラムは未経験。彼の目はギラギラと光りはじめました。

 

S君と中近東の話をしているうちに、私はあることがひらめきました。私は即座に舵を切り、イスラエルアピールを開始。

「イスラエルええでー。エルサレム最高!
世界三大宗教の聖地をこの目で見て感じて来い!
パレスチナ情勢も今落ち着いとるさかい、自爆テロもない。行くなら今のうちや!」

決して嘘はついていません。エルサレムは本当に見聞する価値のあるところ、あそこで宗教とはなんぞやを五感で感じ、哲学する価値は十分にあります。特に感受性が強く頭も働く学生のうちに、あそこで「何か」を感じてくるべき。この考えは今でも変わっていません。
それ以前に、イスラエルはエルサレムだけにあらず。他にも見る価値ありのローマ時代の遺跡がてんこ盛りだし、どんな人、どんなモノでも浮かぶ世界一塩分濃度が高い死海リゾートもある。一度死海の水を舐めてみて、舌がちぎれそうになるほど塩辛い思いもしてこいとも伝えました。

 

S君はノリノリ、よし行きます、そこまで薦めるなら絶対に行きます!明日航空機のチケット取ります!と。

彼の意識が完全に中東へシフトしたところで、私は満を持して言い放ちました。

「ほんでな、イスラエル行った時に買ってきて欲しいもんがあんねん・・・かまへんかな?」

 

 

アラビーナ、還る


それから1ヶ月くらい経ったでしょうか。日本での休息を終え再び海外をブラブラしていた私に、彼からのメールが。

「aniki ! reinoyatu kaimashita yo! from Israel」
(アニキ、例のやつ、買いましたよ!イスラエルより)

当時のパソコンの主流OSはWindows98、今思えばよくこんな骨董品OSを使ってたなと感無量ですが、当時のOSは日本語で送ると文字化けして見れず、海外からのメールはみんなローマ字で送っていました。

海外でメールを見る時も同様で、日本語で送ると現地のPCでは日本語パッチを入れない限りすべて文字化けして閲覧不可でした。日本語パッチなしの無条件で日本語が文字化けしなくなったのは、おそらくXPからじゃなかったっけな。

彼からの号外メールに、私はすかさず返信しました。

「dekashita! from Indonesia」
(でかした! インドネシアより)

数千キロ離れた、全くちがう世界の連絡を一瞬でつなぐメールって、よく考えるとすごいツールだなと。

 

 

帰国後、S君の家で「受け渡しの儀」が行われました。

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中国税関によって無慈悲に没収されたアラビーナが、我が手元に還ってきた!
当時はデジカメかスマホで現物パシャリと撮影して説明・・・というわけにはいかなかったのですが、私の説明だけでちゃんとドンピシャのCDを買ってきてくれた、さすがはS君。


値段を聞くと、やはり5US$相当だったようでしたが、このお代は¥1,000+近くのファミレスのメシおごりでお返ししました。
己の欲のために、ピュアな(?)学生をそそのかしたことは認めますが、倍返しどころか実質4倍返しなので無問題。

謀ったな、謀ったなアニキ!と飛行機で特攻されることもありませんでした。君はいい友人であったが、CDを没収した中国がいけないのだよ

 

こうして、アラビーナのCDはいまだに手元にあります。
そして時代は下り、アラビーナの音楽はパソコンのデータの一つと化し、私のiPhoneの中で、ご主人様が再生してくれる時を静かに待っています。