昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

白黒写真をカラー化して「再発掘」してみる【昭和考古学】

いつも拝見している、大阪地下鉄のファンサイト、osaka-subway.comさんのブログをいつものように見ていると、ある記事が目に入りました。

 

osaka-subway.com

 

昔の白黒写真を自動でカラー化するツールを、早稲田大学が開発したそうです。

 

colorization | 白黒画像をカラーに

 

osaka-subway.comさんの記事内にあったカラー化写真に、いたくビックリしました。白黒写真だとなんだか「向こうの世界」というか、知らない過去とはいえあまり現実味がしません。しかし、同じ写真をカラーにすると、まるで死人に血を通して蘇生したかのような現実感を感じます。

これを写真のフランケンシュタイン化・・・いや、なんでもありません。

こんなおもちゃを眼の前にして、この私が「あっそ」とスルーするわけがありません。これは面白いぞ!と、手元の写真や著作権切れの写真、そして面白そうな写真をひたすらカラー化してみました。

するとどうでしょう!

カラー化することによって、写真に新しい生命が吹き込まれるが如く、とても生き生きとするではありませんか。まさかカラーにしただけで、ここまで写真が深くなるとは思わなかった。

 

考古学とは、簡単に言うと過去の遺物(現物)を通して過去を考察することですが、過去の遺物を修復し、それを通して過去を考察するのも考古学です。

過去の白黒の写真をカラー化するのは、私の暇つぶしと言ってしまえば身も蓋もありませんが、「修復」と銘打てばれっきとした考古学。今回は、昭和考古学の一環として、このカラー化を行ってみました。

 

 

 

第一章:大阪市内

 四ツ橋

大阪四ツ橋絵葉書

まずは挨拶代わりに、大阪の四ツ橋の写真をカラー化します。

 

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 ・・・なんだかちょっと物足りないですが、元が白黒なので仕方ないか。

 

天神橋駅

新京阪天神橋駅

 「新京阪電車」の天神橋駅です。鉄道史に詳しい人には説明不要ですが、そうじゃない一般人には少し説明が必要かと。

「新京阪電車」とは、今の阪急京都線と千里線の前身で、おけいはんこと京阪電鉄が新しく作った高速化路線でした。この天神橋駅はそのターミナル駅として作られました。現在の地下鉄と阪急の天神橋筋六丁目駅にあたります。ホームは2階に作られたのですが、当時は高架のターミナル駅は珍しく、「今度の電車は空中から発車するぞ」と評判になったそうな。

この建物はほんの10年前まで残っており、当時天六界隈が職場だった私は、昼食後の散歩によく旧天神橋駅の周囲を徘徊していたものでした。今思えば写真撮っておけばよかったのですが、あまりに身近すぎると撮らないものですね。

で、この写真をカラー化してみました。

 

新京阪天神橋駅カラー写真

ややカラー化が足りないですが、これも良しとしましょうか。

 

大阪城公園と大阪城

戦前の大阪城

戦前の大阪城公園を写したものです。

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カラー化するとこのとおり。

 

通天閣

昭和初期戦前通天閣絵葉書

こちらも絵葉書から。

 

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こちらはクリアな青空をカラー化できただけでも、かなりリアリティがあふれてきました。

 

 

飛田遊郭

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こちらも絵葉書からカラー化してみました。

 

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カラー化すると、まるで大正時代とは思えないほどの息吹を感じます。店の前の客引きの声すら聞こえてきそうです。

 

大阪の地下鉄

大阪以外、いや大阪でも知らない人は知らないかもしれませんが、2018年4月、大阪市営地下鉄が民営化され、「大阪メトロ」となります。大阪の地下鉄が市営なのは、実はあと5日なのです。

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地下鉄のシンボルマークだった、俗に「コマル」「マルコ」と呼ばれているこのマークも、地下鉄の掲示からほぼ消えていることに気づいているでしょうか。個人的にこのマーク、好きやったんやけどな~。

 

そんなわけで、

「今までありがとう、さようなら大阪市営地下鉄。そしてこんにちは大阪メトロ」

と銘打って、大阪市営地下鉄の写真をカラー化してみることにしました。

 

大阪市営地下鉄御堂筋線梅田駅戦前

昭和初期の御堂筋線梅田駅です。駅の入口あたりには、

「場留停田梅」

と右文字で書いてあるのですが、そこには飾りが付いています。おそらく開業間もない昭和8年(1933)の頃かと思われます。

 

大阪市営地下鉄御堂筋線梅田駅戦前カラー

カラー化すると、道を歩く女性の着物の色や柄がはっきりと見えてきますね。非常に生き生きとした写真の一つです。
また、駅の上に誇らしげに掲げられている「コマル」マークが、赤かそれに近い色で塗られていることもわかります。御堂筋線カラーは赤ですが、まだ一路線しかない時代から「動脈の色」の赤と決まっていたのかしらん。

 

昭和12年1937年御堂筋線天王寺駅掘削工事中

昭和12年(1937)、御堂筋線の天王寺延長の掘削工事中の写真です。掘っているところは、写真の角度からして、現在の天王寺駅と近鉄あべの橋駅の間にある「近鉄前」交差点の道でしょうか。

掘削している奥にあるのが、当時「省鉄」と呼ばれた国鉄(JR)の天王寺駅、また奥にある「白浜温泉」の看板がある建物は、以前「天王寺駅の怪」で紹介した、阪和電気鉄道の阪和天王寺駅です。

天王寺駅の地面を掘り返している写真も珍しいですが、省鉄・阪和電鉄の天王寺駅が並んで写っている写真も、しれっと写ってはいますがかなりレアです。

 

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カラー化すると、まるで昨日のような血の通いっぷりです。

省鉄天王寺駅の駅舎の白が、主役を奪うかのようにまぶしい。

 

 

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(出典:「お出かけ通信:blog版」http://mu3rail.blog.so-net.ne.jp/2010-04-30

こちらは戦後の御堂筋線です。行き先のタグが「梅田-西田辺」になっているので、御堂筋線が南伸し西田辺まで開通した昭和27年(1952)から、あびこまで開通した昭和35年(1960)の間かと思われます。以前も「天王寺駅の怪完結編」で阪和線の画像をお借りしたことがあるので、おそらく昭和29年だと思われます。

 

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これをカラー化してみました。ホームの汚れまでくっきりとわかりますが、ほとんどの人がおや!?と目に入るのは、車両の塗装でしょう。赤かオレンジ色で塗られていたのでしょうか。青だった記憶もあるのですが、教えてエロい人。

 

というわけで終わり。

「今までありがとう、さようなら大阪市営地下鉄。そしてこんにちは大阪メトロ」

 と銘打っておいて、3枚だけかい!って?

これには後述する深い、深~~い理由があるのです。

 

第二章:淡路島編

parupuntenobu.hatenablog.jp

以前、淡路島を走っていた鉄道(淡路交通鉄道線)のことを取り上げましたが、ここでアップしている、昭和30~40年代前半の写真をカラー化してみました。

 

淡路島鉄道洲本駅

今は亡き淡路島の鉄道の洲本駅です。
カラーにすると血が通ったような懐かしさを感じます。

 

 

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 洲本市の町並みも、カラーにすると血が通ったかのようになりますね。

 

昭和30年代淡路島福良のカラー化写真

福良の方向を写した写真をカラー化したものですが、少し劣化したカラー写真のようで、元が白黒写真だということすらわからないレベルです。

 

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南あわじ市HPにあった古い淡路島の写真も、試しにカラー化してみました。

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淡路島古い写真カラー化3

 

 

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淡路島古い写真カラー化2

 

 

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淡路島古い写真カラー化1



 

カラー化してもっともビビったのが、この画像。

こちらをカラー化すると・・・

 

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まさかここまで鮮やかにカラー化できるとは思いませんでした。

 

 

第三章:学生編

 

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旧制盛岡中学(現盛岡第一高校)の学生たちです。このどこかに、『銭形平次』で有名な野村胡堂がいるようです。

 

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カラー化するとこの通り。

 

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1932年(昭和7)の東京の女学生です。
昭和初期からスカートの丈が今のJKと変わらん!と巷のネットで話題になったものです。とは言うものの、おそらくこれは制服ではなく私服でしょうね。

 

これをカラー化しました。

 

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やはり技術の限界か、あまり上手くできなかったものの、左の女子のスカートが薄い灰色のチェックだということが判明しました。

女子の脚見せアピールは、今に始まったことではなかったのですね。

 

 

大正時代の女学生

『少女画報』という雑誌の、1913(大正2)年12月号に載っていた当時の女学生です。

これもカラー化しました。

 

『少女画報』1913(大正2)年12月の女学生カラー化

元画像の質が良くないので粗っぽいのは仕方ないですが、それでも当時の女学生が画面から飛び出してきそうです。

 

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大正7年(1918)、ちょうど100年前の女学生の集合写真です。

これをカラー化してみると!

 

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女学生たちのおべべが色鮮やかに。

女性の写真をカラーにすると、男性に比べて華やかさが増すように感じるのは、気の所為(せい)でしょうか。

 

 

  

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元画像は現在消息を絶っておりますが、こちらもカラー化した昭和初期の女学生です。

 

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昭和35年(1960)の女学生の修学旅行のシーンです。

 

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当たり前やと言われればそうかもしれませんが、戦後の写真の方がより鮮やかにカラー化される傾向があります。

明治・大正・昭和と女学生を見てみると、制服が「はいからさんが通る」のような袴から、より機能的なセーラー服へと変化していく構図もわかりますね。



・・・って「学生」と銘打っておきながら、アップしてるの女学生ばっかりやんって?

我輩、まだオスであることを捨てたわけではないので、それは致し方ない(笑)

 

その他

 ココ・シャネル

ココ・シャネル

若き日のココ・シャネルです。

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 ある海軍軍人

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 ある人の婚礼時の写真です。服装から、男性は旧帝国海軍の士官ということがわかります。

さて、この人は誰でしょう。

答えは、少佐時代の山本五十六(のち元帥)です。当時35歳でしたが、当時としてはかなりの晩婚でした。日露戦争で彼は左指を数本失った上、前身に火傷の跡があったそうですが、それをコンプレックスに持っていたとも言われています。

 

日米の少女

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昭和22年(1947)、米軍の軍人の娘と、日本人の友達の少女。羽子板を持っているので、正月の写真でしょうか。日米の晴れ姿の比較が面白いです。

今から70年前なので、もしかして二人とも生きているかもしれません。

 

魔都上海

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1930年代、「魔都」と呼ばれた頃の上海です。上海の古い写真は腐るほど持っているので、コレクションをじっくりカラー化してみたいと思います。

 

 

すべてがカラー化できるわけではない

こうしていろんな画像をカラー化してみましたが、おそらく数百枚は試したでしょうか。

しかしながら、きれいにカラー化できたのはほんの一部。氷山の一角をアップしたにすぎません。この記事の下には、上手くカラー化できずボツとなった古写真の骸(むくろ)が、数多く眠っているのです。

また、カラー化できる写真も個体差があり、上にチラっと書きましたが、戦後の写真は比較的きれいにカラー化できる傾向があります。やはりカメラかレンズか、はたまたフィルムの性能が違うのでしょうか。

しかしながら、ダメと思うのはまだ早い。一度、手元にある古い写真をカラー化してみては如何でしょうか。きっと面白い発見があるやもしれません。

白黒写真はある意味無尽蔵にあるので、どんどんカラー化しつつ、好評であれば第二弾、第三弾といってみたいと思います。

こんな面白い大人のおもちゃ、もうやめられない・・・と書くとなんだか写真が白黒ではなくピンクになるのは気のせいか。