昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

イチローの引退に添えて

イチロー引退

2019年3月21日、日本が生んだ野球界のスター、イチロー選手が引退を発表しました。深夜だったとは言え、見ていた人も多かったと思います。


私もリアルタイムで引退会見を見ていましたが、野球哲学者のような表面とは裏腹に、本人ははっちゃけてすらいた気がします。
我々が描いていた「哲学者」はあくまで「ハレ」の面、会見の姿が普段着、我々一般人が知らない「ケ」のイチローなのでしょう。


実は、というか実を言わなくてもイチローと同世代(同い年とは言ってない)な私、同世代という親近感もあり言動には常に注目していました。
イチローが日本球界で無敵を大暴れしていた当時、私は中国に留学中でした。
ネットもない当時では、日本の情報は意識的に取りに行かないと入手できません。ましてや情報統制が利いている中国のこと、流れてくる日本の情報は限定的なものでした。

世界中どこでも情報が入手できる世の中では死語になりそうですが、「浦島太郎状態」という言葉もさんざん体験しました。


中国帰りの私の「浦島太郎状態」の一つが、イチローでした。ぶっちゃけ、知らなかったのです。
一時帰国し、200本安打達成で国内の話題がイチロー一色になっていた時、
「イチロー?ふざけた名前やな」
最初の印象は、確かこんな冷たいものでした。
しかし、テレビでその活躍を見るにつけ、これはすごい化物が出てきたものだと。
その後の活躍は、私が書く必要もないでしょう。

 

彼がメジャーで苦しみ悩んでいた頃は、ちょうど私の人生の挫折期間と重なるものがありました。
もし死ぬ勇気があったら…いや自殺もできないヘタレ故に今も生きてる…と今なら直視できますが、リアルタイムでは生き地獄でした。
しかし、イチローももがいてる、オレが苦しむのも当然だ。自分の人生をイチローに投影していた感もあります。
そういう意味でも、私にとってイチローは人生の一部だったと言えなくもない。本人がこれを見たら、
「そんなお大げさな!!www」
と笑い転げると思いますけどね(笑)


イチローは野球人生の中で数々の名言・迷言を残していますが、昨日の1時間半の会見の中でもそれは生まれました。
「おかしなこと言ってます?」
「裏で話そう」
「今日から元イチロー」
などなど、なかなかおもしろいことを言うなと。

 

昨日の会見で刺さったイチローの言葉は、見ている人や境遇によって違うと思います。
Twitterのトレンドをクリックして流し読みをしていても、アンテナに引っかかった言葉は人によって様々。それだけでも、イチローという人物は野球選手を越えた、伝達力の高いメッセンジャーでもあります。
私が心に刺さった言葉は、

「自分が熱中できるもの、夢中になれるものを見つけられれば、それに向かってエネルギーを注げるので。そういうものを早く見つけてほしいなと思います。
それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁に向かっていける。向かうことができると思うんですね。
それが見つけられないと壁が出てくると諦めてしまうということがあると思うので。
色んなことにトライして、自分に向くか向かないかというより自分が好きなものを見つけてほしいなと思います」

という、子供向けへのメッセージ。

これは私も、若い人に向かって言いたい言葉でもあります。

イチローの言う「自分が熱中できるもの、夢中になれるもの」は、私にとっては歴史です。

小学生の頃から、なぜかは知らないけれど、歴史の本をむさぼり読み、「歴史オタク」への道まっしぐら。しかし「オタク」扱いはされず、「社会にめちゃ詳しいやつ」というイメージを周囲に抱かれていました。
中学生の時には歴史学者になりたいと漠然と考え、夢見ていました。

 

しかし、不幸にも、
「歴史でメシが食えるかい!」
「お前なんかがなれるかい!」
という周囲、というか家族の言葉、イチロー風に言えば壁に阻まれ、夢は諦めました。
他人だったら、そんな壁、邪魔や!とぶち壊すエネルギーは(当時は)あったのですが、相手は家族だったので。
現在はブログやTwitterで好き放題書いていますが、あの時諦めなかったらな…という後悔の念は、時折頭をよぎります。
学や知に対する無理解・視野狭窄は悪である。これが私の、家族という身近な存在を経て得た人生哲学です。


イチローはまた、こんな言葉を述べています。

Q:
イチロー選手の小学生時代の卒業文集に「僕の夢は一流の野球選手になることです」と書いていたが、その当時の自分にどんな言葉をかけたいですか?

 

A:「『お前、契約金1億(円)ももらえないよって』ですねww」

 

私が同じ境遇なら、小学生か中学生の自分にこう言いたいです。

「周りはボロカスに言うけど、『好きな歴史でメシを食う』という志は絶対に捨てるな。どんなことがあってもこれだけは貫け」

同様に、若い人、特に10代のこれから何をしても面白くなる世代には言いたい。

時間を忘れるほど熱中・夢中になれるもの、それが君の生きる道。
それを大切にしろ。好きこそものの上手なれ。

夢中になれるもの、熱中できるものが生きている中で見つかっただけでも、人生の半分はクリア。それを若いうちに見つけ、集中できたら儲けもの。
残り半分は、熱中できること自体をを目的にせず、それを通して何を伝えるかを考えること。
この境地に至ると、給料が低いなど物理的な幸せに恵まれなくても、精神的な幸せを得ることができます。

 

また、多感な時期の子供を持つ親御さんにも言いたいのは、子供の可能性を信じてあげて欲しいということ。

子供どころか結婚もしていない私が言っても、説得力ないと思いますけどね(笑)

 

同じく同世代ということで応援していた相撲の旭天鵬(現友綱親方)の引退も、なんだかオレの中で一つの時代が幕を閉じたかなと、パーティー解散後の静けさのような寂しさが心の中を襲いました。
しかし、まだイチローがいる。その意味ではまだ一本の線で支えられていた感がありました。

 

今日のイチローの引退で、自分の人生ついに折り返し点に到達、自分の人生の半分が終幕したかと。イチローの引退で、さて「第二の人生」が始まる。
私が別に何を引退したわけではないですが、同世代のイチローの引退は、私に形のない「覚悟」を改めて気づかせてくれました。
お前もいい加減、歴史という鋤と鍬で荒れ地を切り開く「肚(はら)」を持て。お前に足りないのは「自分への自信」だ。
私にそう語りかけている気がしました。

 

日本球界で9年、米国MLBで19年。28年間の野球生活は、平成の始まりと共に始まり、平成の終わりと共に終わる。
本人は狙ったわけではないと思いますが、そこに少し平成が生んだ時代の寵児たる運命が垣間見える気がしました。

 

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