昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

日本最強のレトロ学生寮、京大吉田寮に潜入!【昭和考古学】

 

京都大学正面

もう3月の話になってしまいましたが、京都であるツアーに参加してきました。

その名は、

「京大の歴史的建造物を探索しようツアー」


京大は構内参観自由なので、ツアーに参加しなくとも一人で見ることは可能です。私も12年前ではありますが、1日かけて京大をゆっくり探索したことがあります。
が、明治・大正・昭和と100年の歴史を持つ建物を建築学の素人が見ても、

「あー、この建物、昔からあるんだなー」

くらいの感想しか抱くことができません。
建物によっては重要文化財に指定されていたりするのですが、何がどう重要文化財級の建物なのか、素人にはやはりわからない。それを建築学のプロに説明してもらおうというツアーでした。

私が参加したのは「前半」でした。京大キャンパスといってもかなり広いので、1日ですべての建物を説明するのは正直しんどい。不可能ではないものの、終わる頃にはガイドする方もされる方もおそらくクタクタ、説明なんて耳にも頭にも入らないと思います。

「後半」のツアー参加を忘れた上に、ツアーに参加したのが2ヶ月前なので、ネタとしての賞味期限も過ぎてしまったため、今回はこのツアーの目玉、京大吉田寮を取り上げようと思います。

 

 

吉田寮とは


京大には現在でも数多くの「謎」を抱えていますが、その中でも「謎度MAX」と言えるのが「吉田寮」です。
京大のことを知らなくても、吉田寮の名前はなんとなく聞いたことがある人がいるかもしれません。

 

 

京大吉田寮入口

こんなのや、

 

 

京大吉田寮外観

こんな写真を見たことがあるはず(笑)


そう、京大、いや日本の大学でも唯一となった、「カオスな学生寮」のことなのです。

吉田寮が吉田寮たるゆえんは、その建築時期。
大正2年(1913)に建てられた現在の寮は築100年オーバー。文句なしの現存する日本最古の学生寮です。というか、鉄筋コンクリートならさておき、木造建築で今までよく残っていたなと。
吉田寮は、ただ古いだけではありません。現代でも残る帝国大学時代の、かつ現存する日本最古の学生寮なので知名度が非常に高く、見学希望者が絶えません。
しかし、そこに学生たちがそこで現実に生活しており、見学をあまり快く思っていない傾向があります。観光名所でもないのだからそれはやむを得ない。
その上、貴重な建物ゆえに不法侵入や無断撮影が多く、後述する大学側とのいざこざもあり寮側もかなり神経質になっている模様。
今回は「特別サービス」といっても良いでしょう。

 

現存する数少ない帝国大学の寄宿舎京大吉田寮

残念ながら、写真撮影はここまで。

ここから先の写真撮影は、カメラをカバンにしまった上でご遠慮願いたいとのことでした。
海外のスラム街、もしくはメキシコの麻薬王の邸宅にでも入るのかよという緊張感でした。

よってここからは、借りてきた画像でお送りします。

 

 

吉田寮の構造

我々がイメージする吉田寮は、北寮・中寮・南寮とフォークの形に建てられており、それを束ねるように管理棟があります。
それぞれの寮で、すべて寮生たちの意思決定による、旧帝国大学や旧制高校の自治寮さながらの運営が行われています。

北寮・中寮には、写真のようなちょっとしたベランダ(軒先)があるのですが、南寮にはありません。
寮は2階建てで、元々は男子学生のみの入寮が許されていたのですが、現在は女性も入寮可。実際に女性が寮内を歩いていました。また、日本人だけではなく外国人留学生の入寮も可能です。

入寮に関しては、寮生に様々な希望を聞くそうです。

吉田寮は相部屋が基本なので(一人部屋も不可能ではないが、希望が通るとは限らない)、入寮に関しては「喫煙」「ペット」「子供」が必ず考慮されるそうです。嫌煙者なのに相方がヘビースモーカーだったり、猫アレルギーなのに相方が愛猫家だったら、寮生活は365日が地獄です。

私も中国での寮生活の時も、のちに「火車頭(機関車)」と中国人にあだ名されたほどのヘビースモーカーな私に対し、相方が嫌煙者ではないもののタバコは吸わず。タバコに対しえらい気を使った記憶があるので、これは当たり前の配慮ですね。

最後の「子ども」はなにか。吉田寮の入寮条件は、「単身者に限る」とは書いていません。家族とまでは言わないけれども、子供連れの寮生もいるにはいるそうで、相部屋に子どもがいてもいいかという意思確認ですね。

 

 

 

 

玄関

 

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寮の玄関向かって左側には、かつて下駄箱がありそこで履物を脱いで中に入っていたのですが、現在は土足となっています。
そこで我々がまず衝撃を受けたのは、玄関にいきなり人が寝ていたこと。
玄関には何枚もの毛布が積まれ、それに人間が寝て・・・いや埋もれていることに気づくのに数秒かかりました。しかも、ボサボサの頭に目だけが毛布から出ているだけの、非常に不気味な姿。人間らしき物体が存在しているのは目視できたものの、それが本当の人間だと認識するには、少し時間がかかりました。
こんにちはと挨拶しても、全く反応なし。人間であることと、生きていることは確かなのですが、それ以上の自信はありません。
毛布何枚もかぶるほど寒いなら中で寝ればいいのに・・・と思っても、俺はここで寝る権利があると言わんばかりの、無言の自己主張のようでした。

 

いきなり金槌で殴られたような京大の洗礼と共にスタートした吉田寮ですが、これはほんのご挨拶に過ぎませんでした。

 

寮内、そこは・・・

 

吉田寮の廊下

中に入ると、カオスという表現しか思いつかないほどの異空間が広がっていました。
廊下に無造作に置かれた生活用品、窓ガラスが割れたままになり枠しかない窓、そして一体何年前のやねん!?というような、古びたポスター。
中には、ほんのかすかに「関東大震災40周年」と認識できたポスターのかけらもありました。阪神淡路大震災でも東日本大震災でもありません、「関東」大震災です。

歴史の固有名詞と化した関東大震災が起こったのは1923年。その40年周年となると…1963年かと、思わず指折り数えてしまいました。
1963年はすなわち昭和38年。今から55年前のものでした。
どこの骨董品店にも置いていないような「昭和」が、吉田寮には陳列されていたのです。寮内は写真撮影厳禁でしたが、これだけは特例として撮らせて欲しかった。

 

吉田寮は木造なので、廊下も当然木造。ミシミシというかギシギシというか、板がきしむ音が一歩あるくごとに響きました。
場所によっては、板が腐りかけているのか、脚が沈んで板が破れるというギャグマンガのような展開になりそうなところもありました。
しかし、鉄筋コンクリートの建物にはない、建物のあたたかみというか、「息」を感じました。ギシギシと鳴る廊下も、吉田寮という木の生き物の鳴き声のようにも聞こえました。

 

吉田寮の中を覗いて、一つ気づいたことがあります。
寮内は確かにガラクタが無造作に置かれ、いつから使われたのかわからないような生活用具が廊下の到るところに転がっています。
こたつに入ったままピクリともしない寮生、重要文化財扱いされそうな共用の黒電話・・・。
色が剥げかなり風化していましたが、学生運動華やかな頃の、文化大革命かよとうなりたくなるようなポスターもありました。
そういう意味ではカオスです。

しかし、そんなカオスでも不潔だという感が全くない。そりゃ確かに建物は相当年季が入っているし、窓ガラスも割れっぱなしのまま放置だけれども、不潔な不快感が全くなく、むしろ妙なほどの清潔感がありました。
清潔感に通じることといえば、寮内には臭いとか何か臭うとか、そういう不快感もありませんでした。トイレに行けばまた別かもしれませんが、生ゴミもちゃんと処理されているのか、そういう鼻をつく臭いもゼロでした。
風邪か花粉症で鼻の効きが悪かった…というオチはありません。

 

吉田寮を実際に訪ねた他の人のブログなどを見ると、「カオス」と言い切っている人がほとんどです。
しかし、私は別の感覚を覚えました。
「カオスの中にも秩序あり」
言葉に表現すれば、こんな感じです。カオスといっても、スラム街のように汚いとか、秩序がなくすべてが無造作いうわけではないのです。我々部外者にはわからない、いや寮生にすらわからないかもしれない、100年以上培われた普遍的な不文律がある気がします。

 

カオスの中に秩序ありながらプライバシーが全くなさそうな吉田寮でも、プライバシーは保たれているようでした。これも「カオスの中の秩序」のひとつ。
朽ち果て穴が開き、機能しているかどうか不明とはいえいちおう各部屋にはドアがあり、現在は事実上相部屋(二人部屋)か個人部屋となっているそう。
寮生が案内してくれたのは、4~5人で共有しているスペース。空室をリビングのような共有スペースにしていました。寝室は、

「汚すぎてお見せできません」

と案内の寮生は照れていました。
四畳半くらいの広さの部屋には、マンガやゲーム機などが所狭しと置かれていましたが、六法全書や難しい専門書なども本棚に陳列してあり、いかにも学生の部屋らしいなという趣でした。吉田寮という先入観さえなければ、至ってふつうの学生寮です。
部屋には共有らしいノートPCがこたつの上に置かれていたのですが、ふと不思議に思って聞いてみました。

「吉田寮ってインターネットはつながるのですか?」

答えは、意外なことに全然YES
寮の名義でブロードバンドが引かれており、直接は聞かなかったものの、後で調べると料金は400円/月。初期費用はLANケーブル自己調達代のみだそう。
そのLANケーブルも、寮から歩いて数分の生協で、吉田寮用に(?)「かなり長いやつ」が売っているという便利さ。
しかし、最近は無線ルーターを使ってWifiを共有したり、モバイル端末を持ち込む人が多いそうです。当然、モバイル端末の持ち込みも全然OKで、私のプライベート用モバイルWimaxの電波を見てみると、バリバリ4本線でした。
インターネット環境においては今日もビンビン4本線の吉田寮に対し、ヒョロヒョロの2本線がいっぱいいっぱいの淡路島。「大正時代」に負けてるって、どないなっとんねん。


中庭に見たカオス

吉田寮の廊下を歩いていると、緑が広がる寮と寮の間である物音がしました。どこかで聞いたことがあるような、どこか懐かしい音、いや、声が。
私はその声がする中庭の方を見てみると。

 

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そこにはニワトリが!!
それもオール放し飼い。数も1匹2匹ではない、10匹はいました。
ニワトリはさばいて鶏肉にして食うのか、それともタマゴ目当てなのかはわかりませんが、放し飼いで我が庭のように中庭を走り回れる環境は、ニワトリにとってはパラダイスでしょう。
スーパーフリーに我が世の春を謳歌しているニワトリは、自由が憲法、自由が生命の京大生を象徴しているように感じました。

 

 寮内にはネコもOK。実際に見たのですが、みんなで飼っていると寮生いわく。

じゃあネコでOKなら、

 

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ヤギもOK。
カオスや、実にカオスや。

 

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かつては、「オークションで手に入れたらしい」(byガイドさん)エミューも飼っていました。
エミューの糞はニワトリがついばみ餌になるなど、寮内で素晴らしいリサイクルが成立していたのですが、その姿は見つからず小屋だけが残されていました。
今はいないのかと聞いてみると、

「食べたそうです」

唖然としてそれ以上ツッコミを入れることができなかったのですが、さすがは吉田寮。
それにしても、味はどうだったのだろうか。


吉田寮には「吉田寮畜産協同組合」という組織が本当にあり、ニワトリだけでも軍鶏からコーチンまで、31羽のニワトリを飼っている模様です。
飼っているだけではありません。ヤギのミルクを使った自家製プリンやモッツァレラチーズを作ったり、ニワトリのタマゴ販売をやっていたり、かなり本格的かつ本気の組織です。
私が見た中庭という名のものは、寮の牧場兼畜産組合の牧場だったようです。

 

上で私は書きました。吉田寮はカオスの中に秩序ありと。

しかし、ミニサバンナのような中庭を見るにつれ、この前言は撤回しないといけないかもしれません(笑

 

 

百年前のハイテクトイレ

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吉田寮のトイレは、寮の端に一つ、共同のものがあります。
排泄物は穢(けがれ)という考えもあってか、日本のトイレは伝統的に家の外に置かれることが多いです。

 

旧制姫路高校白陵寮地図

旧制高校の寮の構造を見ていても、共同便所は屋外に置かれることが多く、建物内に置かれるようになったのは鉄筋コンクリート製になってから。上の図は旧制姫路高等学校の地図で、赤枠内が寮なのですが、黄色で丸をした便所は外に設置されています。
そういう意味では、吉田寮は旧制高校・大学寮の基本構造を残す最後の一つなのですが、ここに今に通じるハイテクが使われていたこと、ご存知の方はいるでしょうか。

なおここからは、トイレの話に入ります。食事中の方は食事をちゃんと消化してからお読み下さい(笑

 

便所の外観はただの和風の建物なのですが、少し違っていたのは、屋根の上にあった四角いスペースがあったこと。何かと聞くと換気口だったのですが、これがキーとなります。
昔のトイレは、ごく例外を除いて汲み取り式でした。
よって便所中に臭気が漂い、水洗便所が当たり前だと思っている今の人なら、あの臭気は到底耐えられまい。生理現象なので行かざるを得ないですが、トラウマになりかねない次元です。
現在の吉田寮のトイレは水洗ですが、昔は当然汲み取り式でした。その臭気に対して、昔の人はちゃんと対策を取っていたのです。

 

京大吉田寮トイレ

吉田寮トイレの仕組み



屋根の上の通気口により、自然風が常に通るようにします。
すると屋内の気圧がさがり、臭気が上に逃げ通気口を通して排出される。簡単にいうとこんなシステムなんだそうです。
最近、電気などを使わない「エコ換気」が建築のトレンドなんだそうですが、

「『エコ換気』なんて最近開発されたことのように聞こえるけど、モデルは100年前からあったんですよ、その証拠が吉田寮の便所です!」

と建築士のガイドさん。
「これを見た時は、一建築家として感動しました」
と興奮気味に語っていたので、よほどのものなのでしょう。

 

そんな話を聞いていて、あることを思い出しました。
母方の祖母の家のトイレは汲み取り式だったのですが、臭かったという記憶が全くなかったこと。
当時の私の実家も汲み取り式だったのですが、それはもう臭い臭い(笑)。水洗に慣れた今ならあのトイレなど恐ろしくて行けず、便秘不可避です。
肉を食わないベジタリアンのトイレ、例えば禅宗のお寺のトイレは臭くないそうですが、祖母は別にベジタリアンでも何でもない。
同じ汲み取り式なのに何故こうも違うのか。幼い私はとても不思議に思ったものです。
ただ、祖母の家のトイレに一つ違うところがありました。それはトイレに窓があったかどうか。
祖母の家の便所は、今考えれば、ものすごく高い位置に窓があったのです。それも一ヶ所ではなく数ヶ所でした。そしてその窓は常に開放され、冬はガクガク震えながら用を足した記憶があります。
100年前のハイテクの話を聞き、ふと私の頭に残る七不思議を思い出しました。
祖母の家は明治時代に建てられたというわけではなかったですが(といっても1920年代だったそうですが)、もしかして習慣的に「エコ換気」をしていたのではないかと。

それにしても、気圧や通気はいかにも「科学的」な話ではありますが、それを習慣的・感覚的に気づいていた先人の知識・知恵は素晴らしい。


しかしながら、トイレのハイテクは誰もマークしなかったか、私がググった限りそれに言及したサイトはなし。それ以前に便所の写真すらありませんでした。
やはりこの話は、建築学の専門家だからこそ解説できる、吉田寮のマル秘スポットなのでしょう。

 

 

吉田寮、実は・・・

こんなボロ・・・もとい昭和をぶっ超えた大正レトロな吉田寮、学生以外の一般人はおいそれと近寄れない独特のオーラがあります。

入り口に強力なバリア、いや今はエヴァンゲリオン風にATフィールドと呼べばいいのか、が張られているようで、それを打ち破らないと中には入れない的な・・・気の弱い人はATフィールドによって弾き飛ばされます。

しかしこの吉田寮。

 

泊まれます。

 

重要なことなので、もう一度言います。

 

一般客宿泊可です。

 

なんと、学生以外の人も泊まれるそうなのです。

京都でお金もなく橋の下で野宿しようとしたところ、

「お金なければここに泊まれ」

と見知らぬ地元民(?)に紹介された人もおり、穴場中の穴場として知る人ぞ知る存在です。

ただし、今までの流れでわかるとおり、部外者の宿泊は大部屋の雑魚寝は当然、「布団と枕はついていますよ」という程度で、それ以外は何もついていない。写真撮影も禁止なんだそうです。そして何より、環境は今までの流れのとおりです。

Twitterで詳しい人に話を聞くと、予約は不要、飛び込みでも十分泊まれるとのこと。空いていない時は宿泊不可ですが、それは行ってみてのお楽しみなんだそうです。

 

でも、宿泊料はお高いんでしょ?

(どこかのテレフォンショッピング風)

 

みなさん気になる料金は、なななんと! 一泊200円!!

・・・だったのですが、今は「任意」となったそうです。つまり気合と根性と図太い神経があればタダで・・・いや、それはお願いだからやめて下さい。

しかしよく考えると、寮費自体は400円/月。それに比べたら200円/泊は月額料金の半額、かなり「割高」ですな(笑)

 


京大名物「総長カレー」生みの親にして、俳人総長として京大生に親しまれた尾池和夫元総長は、手記を見ると総長を辞めた後だと思いますが、学生に招待され寮内を見学し、寮生と一緒に鍋をつついたことがあったそうです。その際、

大寒や未来はここに吉田寮 

という句を残しました。

私も総長に負けず(?)、吉田寮で一句。

 

春寒の壊れし窓や吉田寮

 

寮生のこたつから出ぬ浅き春

 

 誰や、才能ナシなんて言うたのは。せめて凡人にしてくれ。

 


吉田寮の危機

 

建築学上非常に貴重で、かつ日本に残る最古にして最後の自治学生寮の一つとして、吉田寮は天然記念物級の存在感を醸し出しています。
これだけ有名になると、ボロいとは言え立場は安泰なのではないか。ところが現実は逆。非常に重大な危機に直面しています。

結論から言うと、大学が寮生の追い出しにかかっているのです。
大学は何度も入寮禁止のお触れを出してはきたものの、吉田寮は寮生を募集し続けました。
そして大学はついに、今年(2018年)度から入寮を禁止、9月までに全員退寮せよ、9月以降の入居は不法占拠とみなすと通知してきました。
今回はかなり一方的かつ強気のようで、事実上の最後通牒ですね。

大学と学生たちの対立点は、学生たちが「寮の改修」を求めているのに対し、大学は「寮の建て替え」だということ。
吉田寮は耐震強度ゼロだからここに住むのは危ない、地震が起こったらどうするんだという大学側に対し、学生はあくまで「寮のリフォーム」。
築百年とは言え、土台がしっかりしているのだから建て替える必要はない。これが学生側の主張です。
一級建築士のガイド氏も言っていましたが、吉田寮は土台がしっかりしているからこそ、百年の風雪に耐えられたのだと。詳しくは建築のド素人なので書けませんが、吉田寮が百年経っても大丈夫な秘訣を、建築学の見地から教えていただき、それに納得しました。
しかし、そこが平行線となっているのです。

ここでおかしいなと部外者かつ第三者が思うのは、大学の退寮通知、木造の寮だけではないのです。
実は、吉田寮は上で紹介したもの(旧寮)以外にも、2015年に建てられた「新寮」もあります。築3年足らずの新寮ですが、ここの寮生にも退去通知を出しているのです。
大学側は「一時的なもの」「老朽化に伴う安全確保」としていますが、では何故「築3年足らず」の寮生も退寮させようとしているのか。
また、今回の退寮は「吉田寮の建て替えを目的としていない」と声明を出しているものの、なんだか建て替える気マンマンなのですが・・・。

 

当然、寮側は反発。
特に大学が学生と話し合わず、メール一本で済ませようとした態度に、横暴だと猛反発。しかし、大学側に一切話し合う気はないようで、現在も平行線が続いています。

しかし、これは学生側にも問題があると、ガイド氏はボソっと漏らしていました。
吉田寮は自治故に完全なる民主主義です。それ故寮としての意見がまとまらずバラバラになっていると。
大学側は「出て行け」「(たぶん)建て替える」の一本で貫かれているのに対し、学生の方が束になっていない。
ガイド氏は市井の一建築家として、是非この貴重な建物を残してほしいと思っているようですが、それは私も同意見です。

が、部外者が首を突っ込むと藪蛇になりかねず、大学の自治を冒しかねない。

 

そしてもう一つ、私が思ったことがあります。
この吉田寮の危機に対し、OBは何やってんの?と。
築百年以上の寮、学生時代をここで過ごしたOBはごまんといるはず。
東大にも、駒場キャンパスに「吉田寮鉄筋コンクリート版」こと東大駒場寮というものがありました。残念ながら現存しませんが、駒場寮にはムツゴロウさんこと畑正憲、作家の立花隆、そしてホリエモンと、そうそうたるOBが揃っています。
吉田寮OBにこれといった有名人系はいないようですが、それでも会社の重役や株で儲けた人など、それなりの人材がいるはず。
修理費や維持費の問題であれば、OBが寄付や株式投資で賄えばいいじゃないかと。
台湾では、日本統治時代の建物の修繕費を寄付で募り、その資金を株式で運用して維持費にあてることをやってるそうですけどね。

しかし、何パターンかググってみても、OBの声は聞こえません。
自分らが青春を過ごした建物が危機に瀕しているのに、不気味なほど無言なのです。
大学と学生の問題で部外者が口を挟む問題ではなく、吉田寮には「寮生自決」のような伝統があるのかもしれませんが、それが現在暗礁に乗り上げいるからこそ、部外者、特にOBが声を上げる必要があるのではないかなと、寮の保存を切に願う一個人として思います。

 

ただ、吉田寮支援のサイトもちょくちょく出始めているので、救済計画はこれからかもしれません。

yoshidaryozaiki.wixsite.com

www.change.org

 

 

結論。吉田寮に住みたいかぁ~!?

 

ここまで吉田寮を見てきましたが、いくら部外者が絶賛しても、本音かどうかはこの質問でわかります。

ここに住みたい?

 

私は即答します。

 

 

 

 

住みたい!!

 

めっちゃ住みたい!!

 

入試の下見に偶然吉田寮を見て、ここに絶対に住むんだ!と志を強固にした人もいれば、吉田寮に入りたいがために京大に入った(つまり京大は二の次w)という人もいるそうですが、いざ現物を見てみるとその気持ちがよく理解できました。
なにせ、私本人がそう思いましたから。
いまさら京大に入るのは、たとえ地球の自転が止まっても不可能ですが、もしも中学生くらいから人生やり直せるならば、ここに入寮したいがために京大を目指すのも悪くない。そんな無駄なことを思った京大吉田寮の春の陽気な日でした。

 

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