昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

モスクワ地下鉄のリング型ICチケットと、ある日本人の予言

ロシアはモスクワで、こんな地下鉄ICパスが発売されたそうです。

 

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https://twitter.com/hiduki_8kd/status/952152998674817024/photo/1

 

現物はこんな感じ。

ロシアモスクワ指輪型リング地下鉄ICパス

この中にICチップが入っており、改札を素通りするだけで処理されるというシステム。手袋をはめたままでもOK、その上防水防塵仕様という情報です。当然、世界初の試みです。

去年の11月か12月に発売されたそうですが、即日完売で年明けから再入荷の予定だとのこと。

画期的なICパスだけあって、お値段は2,200ルーブル。現在1ルーブルは1.96円ですが、面倒くさいので2円とすると¥4,400也。日本のICパスのように、デポジット込みなのかは不明ですが、どちらにしてもICパスにしてはえらい高い。

しかし、やはり革命的に小さいICパス。話題作りも含めるとこの¥4,400は決して高くないかも。

 

他にも、

 

モスクワ地下鉄ICパスブレスレットタイプ

時計かブレスレットタイプや、

 

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カードに穴が開いているから、バッグのどこかに引っ掛けるタイプ(?)も販売されています。

上の写真に値札がありますが、300ルーブル(¥600)と書いてあるので指輪型の2200ルーブルに比べればお安いもので。

 

それ以上の情報はないですが、我々がまばたきをし、あくびをしているうちに、時代はどんどん進んで行くのだと感じました。

 

で、今日は予定を変更して何故この話題を持ってきたかというと。時を約20年前に戻す必要があります。

 

 

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約20年前、西暦1999年から2000年にかけて、ミレニアム流浪旅行と銘打って、主にユーラシア大陸を放浪しておりました。いわゆるバックパッカーです。公式なタテマエ上は、「見聞を広める為」となっています。

上がその「だいたい」のルートですが、けっこう適当です。ヨーロッパと中国は特に適当です。

最初は一人旅として出発したのですが、こういうバックパッカー系の話をすると、必ず3つのことを質問されます。

 

よくある質問一つ目:言葉はどうするんですか?

なぁーに、カタコトの英語があればなんとかなります。中国や台湾・香港なら漢字書いて筆談ね。

で、こう言うと必ず以下の回答が返ってきます。

「あたし、英語しゃべれない・・・」

大丈夫!喋らざるをえない、状況に追い込まれたらけっこう喋れます(笑)

英語しゃべらないと死ぬ!という状況に追い込まれると、十数年、いや数十年前に忘れたはずの英語を思い出すのです。生存本能が、奥底に眠っていた記憶を呼び起こすのでしょう。中高、人によっては大学でも習った英語、忘れているようでけっこう覚えているのです。

まあ、ガチで英語が通じなかった所もありましたが、その時はボディーランゲージとフィーリングで。人間面白いもので、ジェスチャーでけっこうわかってくれたりするのです。「腹減った」という顔をするだけでも、ちゃんと察してくれます。外国人は空気読まない察しない、と言いますが、私の経験ではけっこう察してくれます。

どうやら人間、というかホモ・サピエンスにはそういう機能がついているらしい。一時期我々人類と同時期に暮らしていたネアンデルタール人が何故滅んだか。現代人類との混血も含めいろんな説が飛び交っていますが、ネアンデルタール人には「相手の気持ちを察する」機能がなかった、あるいは乏しかった、よって集団生活したり、協力して工事をするなどの能力に乏しかったのではないかと唱える学者もいます。

バックパッカーやってわかったことは、肌の色が違っても目の色が違っても、同じ人間なんだなーということ。気持ちは驚くほど通じ合う。

大丈夫大丈夫、なんとなるって!

 

よくある質問二つ目:海外なんて怖くないですか?

怖い怖い言ってて海外出れるか!自爆テロ?そんなもん交通事故や(笑 

でも、「君子危うきに近寄らず」で危なっかしい場所や国などには絶対近寄らないことと(たとえば今ならイラクやシリアと、トルコとの国境とかね)、日本大使館や緊急時対応くらいは頭に入れておいた方がいいと思われ。ちなみに、上の地図で私はシリア・イラクに行っていますが、当時はアサド・フセイン政権ガッチガチで社会秩序はめちゃ良かったから。アメリカめ、余計なことしやがって。

 

よくある質問三つ目:一人で寂しくないですか?

バックパッカーは、ビジネスマンのようにシングルルームなどには泊まりません。「ドミトリー」と呼ばれる多人数部屋に泊まることがほとんどです。

ドミトリーについては、下のリンクをどうぞ。

2017年台湾の旅-台北のゲストハウスOxygen Hostel - 昭和考古学とブログエッセイの旅へ

 

何故バックパッカーがドミトリーに泊まるのか。一つ目は「安い」。二つ目は「情報が集まりやすい」から。そして三つ目が「旅仲間をGETできる」こと。

ゲームのドラゴンクエストドラクエ)にたとえるならば、ドミトリーってルイーダの酒場と思えば結構です。

ルイーダの酒場(ドミトリーがあるバックパッカーのたまり場)で仲間を募り、「パーティー」(旅仲間)を組んで、海外のあり得ない常識・習慣や、くさったやくにん(賄賂よこせ腐敗役人)、ばくだんいわ(テロ)、バクシーシ(インドのヒンディー語で「施し」という意味)乞食などの「モンスター」をやっつけ、「経験値」を身に着け、「レベル」を上げていく。

ね、旅はドラクエでしょ?

 

かの人もこう言っています。

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「人生はロールプレイングゲーム

by堀井雄二(実は淡路島の洲本生まれで、地元の高校を出ている)

ドラゴンクエスト生みの親がこう言ってるのですが、私なりに解釈すると、人生は小さな旅の連続である。人生がロールプレイングなら旅はロールプレイング。ゲームのロールプレイングと同じく、人生もワクワクを忘れずに楽しく生きよう。

堀井氏がどんな意図でこの言葉を述べているか、知り合いでもないのでわかりません。しかし、私は堀井氏のこの言葉に大いに賛同します。

 

私も行く先々で様々な旅人と「パーティー」を組みました。国籍も日本人はもちろん、イギリス人やオーストラリア人、アメリカ人などなど、時によってはどこの国連軍、多国籍軍やねんの様相でした。目的は違えど旅人は同じ。そんな彼らとは、意外なほどすぐに仲良くなれます。

中でもいちばん長く旅を共にし、いちばん印象に残っている日本人がいます。彼を仮にS君としましょう。

S君は関西の私立の雄、K大学の学生でした。実は当時、K大学のバックパッカーが非常に多く、彼もそのうちの一人でした。話を聞くと、K大学は休学届を出せば休学中の学費は無料。私立大の全額無料は、他に早稲田大学の夜間くらいしかなかったそうな。

また、当時は国立大学も全額無料で、国立大のバックパッカーもけっこう多かった記憶があります。東大はいなかったけど、京大・阪大・東京外大・筑波大など、私立以上にバラエティにあふれていました。もっとも、これは国立大学法人化の前だったので、法人化された今はそれほど甘くもないと思います。

S君の専攻は情報科学で、その専門知識をけっこうマメに教えてくれました。そもそもEmailなるものも彼に教えてもらい、彼のヘルプで生まれて初めてのメールアドレスというものを、ヨーロッパの某国で作成しました。まあ、この「はじめてのいーめーる」だけでもブログ記事一つできるほどの四苦八苦ものだったのですが。

1999年当時のIT事情は、インターネットという言葉がようやく広がり始めたという時期でした。しかし、パソコンのOSはWindows98。海外から日本のサイトを見ようものなら容赦ない文字化け。SNSYoutubeなんてあるわきゃーない。

メールも、日本語など当然打てない見れない。

「Ogenki desu ka. watashi ha ima London ni imasu. Daijoubu ikite masu」

と全文ローマ字で送ったものでした。

20代にとってはWindows98などIT縄文式土器でしょうが、我々インターネット黎明期を過ごした者にとっては、リアルで触ったOSなのです。

S君は専門分野だけあって、インターネット何それおいしいの?状態の私に、ITとは何かを毎日暑く・・・いや熱く語ってくれました。

彼はよく言っていました。

「今起こっているITの進化、これからの進化は産業革命以来の大変化です!僕らはその大変化に中に生きているんです!」

 

特に、ICチップに関しては専門中の専門なのかかなり詳しく、そして熱量たっぷりに「これからの未来図」を語ってくれました。

Suicaなどで使われる「非接触式ICカード」(これが正式名称)はソニーがかなり気合を入れて開発している(世界初の実用化ICパス、「オクトパスカード」(香港)はソニーの技術)。

(当時は)実用化されているのは香港だけだけど、時期に世界中で使われるようになる。日本も5年以上10年以内に実用化される。

鉄道の定期券など以外にも、自動販売機やコンビニでも使うことができるようになり、ICチップにお金をチャージしてカード一枚で買い物ができる時代が、15年後(2015年頃)までには当たり前になる。

パソコンも、ノート型パソコンもロクになかった時代、手のひらサイズのパソコン、画面を触って操作するパソコンが当たり前になる。(要するにスマホタブレット

今(2018年)の時代から見ると、なんや当たり前やんということでしょう。要は、これを1999年、20世紀に言っていたことが衝撃でした。ほぼ「予言」です。思い出してみれば、当時マニアックな技術マニアしか知らなかったBluetoothの存在も、この時彼から教えてもらいました。

これがどれだけ「夢想」だったか。S君の言葉を元にその後、香港のオクトパスカードの実情を見に行きました。何事もまず現物を見る。百聞はなんとか。それが私のモットー。

で、目の前に見た後帰国し、友人知人に「ICカード」のことを言ったのですが・・・お前何寝ぼけたこと言ってるんだと、だぁ~~れも信じてくれませんでした。Suica一つでも、2000年前後の一般庶民には夢物語だったのです。

 

「なんや、ドラえもんの世界やんか~www」

あまりに壮大な世界に脳のCPUの処理能力を超え、学がない私はついに笑ってしまうほどでした。

「だからのぶさん、ドラえもんの世界がもう目の前なんですよ!」

彼はそれでも真面目に熱弁を振るいました。時には、あまりに不真面目に聞く私に突っかかってくるほどでした。

彼の「予言」に何人の人がついて行けたのかは不明でしたが、日本語でメールが送れない時代にスマホタブレットPCだなんて、なんとかも休み休み言えという次元でした。

 

しかし、彼の「予言」はまだ終わりませんでした。

ICカードパスでさえ、日本では全く実用化されていない時代に、彼はこんなことも言っていました。

「ICチップはさらに発展して、改札を通るだけで反応するICパスができます。パスを外に出す必要すらなくなります。ICチップが小型化すれば、キーホルダーやイヤリング、指輪に情報やお金を入れて、マネーレス決済できます。おそらく今から20年から25年後くらいに。僕らの手のひらにICチップを埋め込んで、そこに(情報の)すべてが入ることも、僕らが生きてる頃には当たり前になります」

彼が語る「今」は当然1999年の話ですが、今の時代のフィルタを通すと、すっと彼の話が入ってくると思います。しかし、当時は話があまりにぶっ飛びすぎ、聞いている方は頭クラクラでした。

 

上のモスクワの指輪型ICパスの話を知った時も、その話題自体に驚いたわけではないのです。S君が語っていた「予言」がまた一つ現実になったこと、これに驚きでした。IPhoneIPadが出た時の「予言的中」ほどの衝撃はないですが、それでもまた一つ時代が進んだなと、20年の時を経て改めてS君の慧眼に脱帽でした。

人は、自分の知識の理解を超えたものには、夢だ妄想だとフタをしにかかる傾向があります。そんな「夢想」を、おや、おもしろそうやなと耳を傾けるか、はいはい夢想乙と片付けるのかは、あなたの知識のフィールド次第かもしれません。しかし、一度話を聞いてみる価値はあるかもよ。

 

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

そして、お疲れ様でした。

ちょっと息抜きに、モスクワの地下鉄のことも読んでみませんか?

parupuntenobu.hatenablog.jp