昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

日本人が誤解している飲茶の世界

私のブログをずっと読んでくれている方には、何をいまさら的な事ではあるのですが、かつて・・・もう20年以上も前になりますが、中国に留学し中国語を学んでいました。

最初に中国の地に降り立ったは1994年、今からもう24年も前になるのですが、場所は上海。今でこそ上海はアジア屈指の大都市ですが、私が住んでいた時は「元大都市」。

 

f:id:casemaestro89:20180227195836j:plain

f:id:casemaestro89:20180227200001j:plain

発展に取り残されたかのような、近代的な古い町並みが残り、松尾芭蕉の「兵(つわもの)どもが夢の跡」の句を思い出させるような都市でした。今でこそ吉野家にココイチ、モスバーガーにサイゼリヤとてんこ盛りですが、私が上海の空気を吸い始めた頃の上海には、マクドナルドすらなかったのです。

その分、「魔都」と呼ばれた魅惑の都市の面影が、雰囲気ごと色濃く残っていました。かつてここを訪れた芥川龍之介、谷崎潤一郎、金子光晴などの文学者がステッキ片手に散歩をし、ゾルゲのような世界のスパイが暗躍する闇の世界・・・そんな彼らとふとすれ違いそうな、妙な錯覚さえ覚えたものでした。今こうして思い出せばですが、私が上海に留学していた時が、「魔都」だった最後の時代でした。

今の上海は非常に発達し、東京などと寸分変わらなくなったものの、あの「魔都」の雰囲気を消してしまった上海は、もはや「ただの街」と化してしまった感があります。

 

 

f:id:casemaestro89:20180227201200j:plain

その上海に1年間住んだ後、留学先を南方の広東省広州に移しました。

 

広州。その名前は上海はおろか、同じ広東省にある後輩都市の深センの陰に隠れていますが、当時は中国一の経済都市でした。

広州はどこか陰気臭かった上海に比べ、南方独特の底が抜けた明るさに満ちあふれていました。冬なのに昼間なら半袖でも過ごせたほどの温暖な気候、せわしなく行き交う人の波。やはり25年前の中国は広州がいちばん活気にあふれていました。

私がこの地を気に入るには、さほど時間はかかりませんでした。

 

しかし、私がここに何より興味が湧いたのは、中国でもここにしかない、広東省独特の習慣でした。

 

 

広州にはどこにでもある、至ってふつうのレストランに入った時のこと。ふつうにメニューを見てふつうに注文しようとした時、服務員(店員)から意外な事を聞かれました。

 

「要什么茶?」

(お茶は何にしますか?)

 

へ? お茶?

上海では一度も聞かれることがなかったフレーズでした。

中国に住んで既に1年も経つと、これくらいの中国語は何の問題もないのですが、かなり意表を突く言葉に返す言葉がなく少し戸惑っていると、彼女はすかさずヘルプを。

「烏龍茶、プーアル茶、紅茶、ジャスミン茶がありますよ」

上海にもお茶はあるものの、「お茶!」って言ったらまず種類の選択肢はなし。緑茶またはそれらしきものがドン!と出てくるだけ。これだけで激しくカルチャーショックです。

その時はどのお茶を選んだのかは覚えていないですが、おそらく無難に烏龍茶を選んだと思います。

 

更に驚いたのは、頼んだお茶がきちんと急須に入って運ばれてきたということ。

 

f:id:casemaestro89:20180227204805j:plain

上海でふつうの食堂で食事をしたらわかりますが、上海では「お茶」はコップにお茶の葉を入れ、直接お湯を注ぎます。「ダイレクト茶」と言ったらいいでしょうか。

対して広東省のお茶に対する対応は、日本と同じ。中国に来てから「ダイレクト」しか知らなかった私は、はたまたカルチャーショック。

 

広東省には、食事の前にお茶を愉しむという習慣が古くから残っおり、

「食べ物もいいけど、お茶もね」

という広東人の心意気が表れています。

そして、彼らの「お茶を愉しむ」という習慣が文化に結晶したのが、

「飲茶(ヤムチャ)

の習慣です。

f:id:casemaestro89:20160315100654j:plain

この飲茶が、広東省で味わったの第三のカルチャーショックでした。

飲茶という名前は、日本人の間では知らない人はほとんどいないほどですが、そのほとんどの人が誤解している「飲茶」を少し解説したいと思います。

 

「食在広州」

中国人は、一般的に食い意地が張っています。

「四足のものは机と椅子以外、空を飛ぶものは飛行機とミサイル以外、何でも食べる」

この言葉を、どこかで聞いたことがあるかもしれません。中国人の食い意地の強さをあらわした言葉です。

ちなみに、これは「海に棲むものは潜水艦以外」という派生バージョンもあります。

しかし、この言葉は広東人に向けられた言葉だと言われています。広州の市場はちょっとした動物園か水族館。こんなものまで食うのか!?と目を疑ってしまうようなものまで売られています。

広州は「中国一の食い倒れ」と言われている食の街です。

「食在広州」

という言葉も昔から存在している、自他共に認める食い倒れです。「食在王将」ではありません。

当たり前のことですが、海外では食文化が日本とは全く違います。中国はまだ近い上に、我々が普段から中華料理に馴染んでるのもあって、海外の中では食に対する抵抗が少ない方ですが、それでも違うところは違います。

海外生活を楽しく過ごすキーは、食べ物が合うかどうかがかなり大きいと思います。海外旅行でも、食べ物が美味かった国は概ね評価が高い。

逆に言うと、どんなに気候が良くても、人がやさしくても、食べ物が合わなかったら生活は地獄。食欲は人間の最大原始欲求の一つなので、そこを損ねるとダメージはかなり大きい。

留学や仕事などで海外に住もうとしている人は、ここを考慮に入れないと後で痛い目に遭うかも!?

私が広東省にフィットした理由は、この食い物にもあります。

 

 

飲茶は、後述しますが、『飲茶』という食べ物があるわけではありません。読んで字のごとく、あくまで「お茶を飲む習慣」のことです。

お茶だけではなんだか寂しいな・・・と茶菓子や食べ物が加わったのですが、日本人はそれを「飲茶」と呼んでいます。これも後述します。

 

飲茶の時間

飲茶は広東省のレストランに行っても、営業時間内ずっとやっているわけではありません。伝統的な飲茶の時間は、主に3つの時間帯に分かれます。

 

早茶:早朝~8:00くらい

下午茶:午後1時~*1

夜茶:夜8時(店によって違う)~深夜

 

この時間帯でおや?と気づく人がいるかもしれませんが、飲茶の主役は「お茶」なので、メシ時から外れていることが多い。「夜の飲茶」こと「夜茶」は、ディナータイムが終わった後に行われ、そこからお茶を飲みながら、眠くなるまでひたすらおしゃべりに興じる。これが本当の「ヤムチャ」なのです。

ここで私が広東で味わった、いや、上海から来たからこそのカルチャーショックとは何か。

「広東人は超夜型人間だった」

当時の上海は、夜9時になると店もほとんど閉まり、道には人気がほとんどなくなっていました。夜型には辛い営業時間帯だったのですが、広東は夜12時を過ぎてもバリバリ営業中。年がら年中暑いので眠れない風土もあると思いますが、そりゃ夜の9時10時からカフェインたっぷりの中国茶を飲んで食ってるのだから、そりゃ眠くならないわな。

 

ここで、日本人が飲茶に対し誤解しているエトセトラを。

 

誤解その1:「飲茶は中国に行ったらどこでも食べられる」

飲茶は中国広しといえども、広東省独特の習慣です。基本的には、広東省、もしくは「広東文化圏」である香港・マカオでしか経験できません。

他の地方、たとえば北京や上海などで食べたいと思ったら、中級以上の広東料理のレストランに行かないと無理です。その広東料理レストランも、必ず飲茶タイムがあるかどうかはわかりません。中にはない所もありますから。

なので、たとえば北京で飲茶食べたい!ということは、北海道の札幌で、

「本場のゴーヤチャンプルー食べたいね♪」

と言っているようなものなのです。食いたければさっさと沖縄行くか、ぐるなびで近くの沖縄料理店を探せと。

 

誤解その2:「『飲茶』という食べ物がある」

ミスドのミスター飲茶や中華街の飲茶というイメージからか、「飲茶という食べ物がある」と誤解している人がけっこういます。

「飲茶」というのは上に書いたとおり、おつまみをついばみながらお茶を飲んでおしゃべりを楽しむという習慣のこと。本当に「飲茶」という漢字そのままなのです。飲茶タイムにレストランに行っても、まず選ぶのは「お茶」。基本的にウーロン茶、プーアル茶、ジャスミン茶、紅茶から選べますが、上海あたりでよく飲まれる緑茶系を置いている所は滅多にありません。高級レストランでは、お茶だけが書かれた「お茶用メニュー」もあります。

日本人が言う「飲茶」は、お茶の足しに出てくるおつまみをベースに発展した「点心」のことです。「点心」は中国語で「ティエンシン」、広東語で「ディムサム」と言います。しかし、飲茶の「おつまみ」は中国語で「小吃」と書き、「点心」は広東語独特の言い回しです。

このフレーズが広東系中国人によってアメリカにも伝わり、アメリカ英語でも「ディムサム」がそのまま"Dim Sum"として英語になっています。

 

誤解その3:「『飲茶』って中国語でしょ?」

「飲茶」という文字、上に書いた通り「お茶を飲む」ことです。

しかし実は、「飲む」の「飲」は古文ーー我々にとっては漢文ーーに多少残ってるだけで、現代中国の日常会話では全く使われません。学がない中国人によっては、「飲」の字がわからない人もいます。現代中国語で「飲む」は、「喝」となります。

中国語の方言には、あの空海や最澄が唐に留学していた時に使われていた古代中国語の用法や音韻(発音)が、タイムカプセルのように残されていることがあるのですが、「飲」も広東語では日常で使われている古文の一つ。口の悪い私は、「中国語のシーラカンス」と言っています。現代中国語では「イン」と発音しますが、広東語では「ヤム」です。

そして「ヤムチャ」という発音も、実は広東語です。広東語とは広東省や香港などで話されている方言のこと。香港映画で昔はお馴染みだったので、数ある中国の方言の中でも耳にしたことがある方かと思います。

広東語の発音をカナで正しく書くと「ヤツァー」になるのですが(「ム」は口を閉じて「ム」と発音する閉鎖音)、人によっては「ヤムチャー」と言うので、ここは細かく気にする必要はありません。

「ヤムチャ」が広東省のご当地グルメなら、「ヤムチャ」という言葉自体がご当地ローカル。広東省以外で「ヤムチャ」と言っても全く通じません。

日本人:「なんでヤムチャが通じないの?中国語でしょ?」

中国人(広東人以外):「????(こいつ何言ってるんだ・・・)」

と、非常にとんちんかんな会話になります。

 

ヤムチャに欠かせない「点心」も、広東語の発音が日本に伝わったものもあります。

f:id:casemaestro89:20160315103156j:plain

「シューマイ」は「焼売」と書きますが、これを中国語で読むと「シャオマイ」。「シューマイ」と少し近いですが、広東語では「シウマイ」と日本語とほぼ同音となります。

 

f:id:casemaestro89:20160315103246j:plain

これはチャーシュー(叉焼)ですが、チャーシューも実は広東語です。そもそもチャーシューは広東料理で、他の地方にはない「ご当地グルメ」なんです。中国語では「チャーシャオ」です。

日本と中国のチャーシューは、味がちょっと違ったりします。中国のチャーシューは、「蜜汁叉焼」という名前のものが多く、読んで字のごとく非常に甘い。広東では甘くないチャーシューを探す方が難しいのですが、この甘味がけっこう豚肉に合い、病みつきになるのです。

 

広東のローカルフードにすぎなかったこれらの「点心」が、何故中華料理の代表のような顔をして日本中、いや世界中を闊歩しているのか。それは、海外に移住した華僑の出身地が関係しています。

横浜の中華街は、今はだいぶ勢力図も変わってきたのですが、古くからの人のルーツをたどるとほとんどが広東系住民です。「中国のユダヤ人」こと客家(はっか)系も少なからずいますが、彼らもほとんどが広東省出身。対して同じ日本の中華街でも、神戸と長崎は福建系(神戸は台湾系=中華民国籍)が多く、同じ中国人でも文化が若干違ってきます。

 

広東系は、福建系もそうですが、「オラこんな村イヤだ~東京海外へ出るだ~」とばかりに外の世界へ出て行く人が多いのが特徴です。

日本人インド人としてイメージするのは、ターバンを巻いた髭もじゃの人ですが、あれはシーク教という宗徒で、インドの人口の2%弱にしか過ぎません*2。それも、インドではある州と都市に固まって住んでいるため、ターバンを巻いたインド人なんて、インド国内では滅多に出会いません。

では、何故日本人のイメージがターバン姿なのかというと、海外に出る古株の「印僑」のほとんどがシーク教徒だったから。それも日本の場合、神戸に集中的に住んでいたのですが*3、そのビジュアルが強烈だったのか、「インド人=ターバン」という方程式が脳内で成立してしまったと。

中国系も、明治時代以降日本に移住した人たちに広東系が非常に多く、特に関東はほぼ広東系。彼らは横浜に固まって住んだ結果、かの中華街が出来たのですが、日本に持ってきた広東の食文化が日本に定着し、日本でも受け入れられました。その時、彼ら広東人が食う料理=中華料理として認識されたという経緯があったのでしょう。

他にも、日本人ならお馴染み、酢豚やワンタン麺*4、フカヒレスープも広東料理。酢豚もガチのローカルフードなので、くれぐれも北京や上海で酢豚食いたいと言わないように。くどいようですが、北海道で本場の沖縄料理を食べたいと言っているようなものですから。万が一「酢豚」が来ても、それは我々が想像する酢豚とは、似ても似つかない中華料理な何かが来ることでしょう。

日本人が中国に抱く最大の誤解、いや幻想、それは

「日本で食べられる中華料理は、中国どこでも食べられる」

ということだと、私は思っています。

 

「広州の観光名所は?」

私は胸を張って答えます。

「レストラン行って、食って食って食いまくれ!

おっと、飲茶タイムも忘れずにね」

 

 

*1:イギリスのアフタヌーンティーから来た習慣らしく、香港がメイン。中国広東省ではあまりない。

*2:外務省のインド基礎データによると1.7%。

*3:戦前には、日本最大どころか世界屈指の「インディア・タウン」がありました。今でも小規模ながら元町界隈にはインド系香辛料の問屋が軒を連ねています。神戸のイスラム教モスクも、元々は財を成したインド系が寄付したものです。

*4:「ワンタン」も広東語。