昭和考古学とブログエッセイの旅

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BEのぶの外国語論 第三章ー英語落語で英語を勉強しよう

語学論外国語論

英語をはじめとする外国語を勉強する方法・・・勉強したいけれどという人は、まずそこで迷路にはまってしまうことが多いです。本屋に行っても、英語のテキストが山というほどありますしね。
しかし、私が外国とその言葉に興味を持ち始めた30年前、小学生のガキが外国語が聞ける機会と言えば、NHKの語学講座と短波ラジオくらいでした。短波ラジオ片手に、ベランダで夜空を見上げながらチューニングしていると、ノイズの奥からかすかに異国の言葉が・・・という経験をした人は、たくさんいることでしょう。

 

今では、インターネットを通してクリック一つで世界中のラジオが、短波ラジオと違ってノイズなしで聞ける。本当に良い世の中になったと思います。
しかしこれ、海外からの視点だと「ただし、日本を除く」だったりします。
日本にも、radikoNHKらじる★らじるなど、リアルタイムでラジオが聞けるアプリがあります。が、これにはある制限があります。それは「日本国内限定」。海外に行かないと実感が沸かないですが、これらのアプリは日本でしか起動しないんです。

仮にradikoを起動させてみて下さい。まずIPチェックが行われているはずです。海外から聞こうとするとこの時点で、
「お前に聞く権利などない!」
と弾かれてしまう。つまり、日本のアプリでありながら海外在住日本人は使用不可。

私はPCやiPhoneのアプリで中国・台湾・ロシア・イギリスのラジオをリアルタイムで聞いていますが(どれを聞くかは気分次第ですが、台湾の国営ラジオの語学講座を聞くと面白い)、何の制限もありません。こんなアホみたいな制限をかけているのは、世界広しといえども日本だけでしょう。いや、北朝鮮があったか(笑)


それはさておき、ネットラジオの普及で外国語学習の選択肢が増えたことは確かです。
それだけに外国語学習の道標が増えてしまい、混乱していることも確かです。語学への入口が多すぎて、どれを、どこから手を出して良いのかわからなくなり、モチベーションがフェードアウトしていく・・・と。


「海外旅行に困らない程度、そこそこ会話ができればいい」
「最初からとっつきやすい英語の教材が欲しい」
という方のために、私は、ある新しい選択肢を用意しました。

それが英語落語です。

 

 

英語落語

落語は基本、日本語(江戸弁・関西弁)でやるものですが、英語で落語をするというジャンルも、最近確立されつつあります。

 

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英語落語を本格的に始めたと言われている人が、二代目桂枝雀師匠です。
「100年に一度の天才」と言われた上方落語家で、ただでさえ派手な上方落語に上塗りするような破天荒な落語は、今でも根っからのアンチがいるほどの賛否両論の議論となっています。

枝雀は素人時代から、『漫才教室』というラジオの素人お笑い番組で頭角をあらわしました。
この『漫才教室』は昭和30年代の上に関西限定だったので、関西人でも知らない人が多いですが、この番組から3人の天才を輩出しました。一人は前田健だった桂枝雀。一人は当時高校生だった6代目桂文枝。そしてもう一人は、当時天才中学生と言われた横山やすし
いずれも当時は素人でした。


頭脳も明晰で、神戸大学に合格するものの、なんや大学ってこんなもんかと1年で中退して米朝一門の門を叩いた異才でもあります。
留学時、東大に合格したものの、総長の挨拶で東大の底が見えたと入学式当日に辞めちゃった(で、中国にやって来た)変わり者がいましたが、やっぱり天才ってやることちゃうわと。
しかし、その前から英語には興味を持ち、入門時点で経済の専門書を英語で読むほどだったそうです。難しい顔をして英語の本を読んでいたと、すぐ下の弟弟子である桂ざこば師匠が回想しています。また昭和30年代から海外に目を向け、海外に落語を広めようという野心があったそうな。

そこで確立させたのが、英語で落語を演じること。初心者でも楽しめる「寿限無」「動物園」などの落語を英語に訳し、英語落語の土壌を切り開きました。
枝雀はあまりの完璧主義さ故に芸に悩みうつ病となり、最後は自殺してしまいますが、彼が落語界に蒔いた英語落語の種は、今確実に芽生えています。
海外で活躍している落語家に上方系が多いのもそのせい。

 

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同じ「桂」でも一門が違いますが、海外へ落語の武者修行の旅に出た桂かい枝師匠がいます。それまで同好会のように、内輪でひっそり行っていた英語落語を海外に向けて発信したパイオニアで、現在の英語落語界を引っ張る第一人者。たまにNHKの演芸番組やようつべで日本語で落語をしていると、

「うわ、日本語しゃべってるし!」

とこちらがビックリしてしまうほどです。
さらに今、落語に追い風が吹いています。日本でも現在、静かな落語ブームが来ているそうですが、海外でも昭和元禄落語心中というアニメ化された漫画が外国人アニオタに大ウケし、ラクゴってなんじゃと注目されました。確か、2016年の世界のアニメ好きの間で一番検索されたトレンドワードは、"rakugo"だったとか。

 

外国人のプロ落語家もいるー桂文枝15人目の弟子


その英語落語の波は、ついに上方落語界初の外国人落語家を生み出すこととなりました。

 

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桂三輝さんです。

6代目桂文枝(落語に興味がない人は、桂三枝と言えばわかるでしょ)の弟子で、三に輝くと書いてサンシャイン、「三輝」はサンシャインと読みます。
スロベニア系カナダ人で、カナダで劇作家として活躍していました。伝統芸能の研究のために日本に遊学中に偶然落語を聞き、
「私はこれ(落語)と出会うために日本に来たんだ!」
というほどの衝撃を受けます。
そして落語の研究のために大阪の大学院へ。寄席でたまたま聞いた桂三枝(当時)の創作落語を聞き、文字で表すと一目惚れ。
「私は三枝師匠の落語を(英語に翻訳して)世界に広めたい!」
その後、師匠の前で土下座して弟子入りしました。
三年間の厳しい修行の末、100年前に東京で活躍した快楽亭ブラック(イギリス人)以来の「欧米人」または「外国出身」落語家となりました。

桂三輝さんは、メディアではよく「史上2番目の外国人落語家」と言われていますが、実はこれ、厳密には間違いです。
その前に、テレビでもお馴染み笑福亭鶴瓶師匠の弟子に、笑福亭銀瓶さんがいました。
「いました」といっても今もいるのですが、現在は日本国籍を取っているので「日本人」です。しかし、弟子入りし笑福亭の名前をもらった当時は韓国籍在日韓国人だったので、厳密に言うと3人目(上方落語界では2人目)だったりします。だから私は「外国人」ではなく、「欧米人」「外国出身」と書いているのです。これなら正解。
マスコミめ、勉強不足じゃ~。

 

桂三輝さんは、ある意味師匠桂文枝の夢を背負っています。
文枝師匠も海外に早くから目をつけ、海外公演もかなりの回数こなしています。意外と知られていませんが、外国人を含めたアマチュア落語家への落語指導も行っています。
英語で落語も行っているのですが、海外公演の際は言葉の壁を感じていたそうです。これはテレビでも言っていました。
そんなところにガイジンが弟子入りしてきたと。
「三輝」という名前も、"Sunshine"という外国人にも覚えられやすく、かつ世界中の人を落語で笑わせて輝けという意味が込められているそうです。

 

実際の三輝さんの英語小咄集を聞いてみましょう。

「英語や~~!どないしよ!」

なんて身構える必要はありません。

 

(字幕なし)

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(こっちは字幕付き)

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落語は基本英語で行っているのですが(当然、日本語でも出来ます)、同じ外国人でもアマチュアと比べ所作の土台がしっかりしています。まだちょっと粗っぽいですがアマチュアとは一段階以上レベルが違います。師匠や兄弟子に、かなりみっちり所作の基本を教わったのでしょう。文枝師匠はテレビでは「いらっしゃーい」ですが、弟子にはめちゃくちゃ厳しいことで有名ですから。
それもあいまって、三輝さんの英語はなんだか大阪弁に聞こえると、大阪出身の海外在住者に言われたこともあったそうです。

三輝さんの英語落語の特徴の一つは、登場人物がすべてオリジナルのままなこと。
上の動画の後半の「寿限無」にしても、英語を聞いてもらったらわかるように、登場人物の名前はすべて日本人のままです。

友達をジョンにしたりムハンマドにしたりと、国に合わせて登場人物の名前を変えたら感情移入しやすいんじゃないのと、素人目に思ったりします。

三輝さんも文枝師匠の創作落語の設定を少し変えたり、自分のオリジナリティを出そうとしたそうです。が、ウケないどころか落語の持つ空気を壊してしまったと、全くの失敗だったそうです。
そこで登場人物も日本人のまま直訳し、間のとり方も師匠のコピペでやったら、ドッカンドッカンとウケたそうです。

 

そして第三の特徴、三輝さんの英語落語が英語教材として優れている点は、「英語を中立にしている」こと。

三輝さんの上の動画を見ると、けっこう早口なのに内容がけっこうわかりませんか。そこにヒントがあるのです。
中立的英語とは、どこの国の色にも染めない、透明で無国籍な英語ということ。
当たり前の話ですが、どの言語にもスラングやその国・地方独特の表現が存在します。
三輝さんはネイティブながら、ネイティブが使うようなスラングは排除し、その国・地方色に染まらないスタンダードな英語で落語を心がけています。たとえば、can't、don'tと略さず、can notかつdo notとしたり。
これは英語としてはやや古い表現らしいのですが、それだけに中立的で非ネイティブにも聞き取りやすい。そして、アメリカ・カナダなどだけで通用するようなカジュアルな表現は使うと、「日本」という落語の雰囲気に「北米」が混ざってお客さんの想像力が混乱し、結果台無しになってしまいます。三輝さんもそこに5~6年間試行錯誤を繰り返した結果、無色透明の英語を使うことによって落語の世界に入りやすくするそうです。これもある意味、落語の芸です。

中立的英語を一言で言うと、「教科書通りの英語」を使っているということです。
我々が中学校や高校で習う英語は、なんだか面白くない、表現が古臭いと感じることがあります。その理由は「中立的英語」だから。
ところが、その「中立的英語」の傾向は全世界ほぼ共通。つまり、日本の学校の英語教材はつまらんとか何とか言いますが、それもだいたい世界共通ということ。
三輝さんの英語落語は全世界で通用しているのだから、習う英語は教科書通りで良いということなのです。

辞書に載っていないスラングを連発して、
「オレ、外国語しゃべれるんだぞ、すごいだろ」
と格好つける必要はありません。


落語で英語の勉強するメリットが、もう一つあります。それは、落語という伝統芸能を鏡にし、日本文化の勉強にもなるということ。
外国語を勉強する究極の目的は、相手の文化を鏡にして自国文化を観ること。以前、こういうことを書きました。

外国語はペラペラになって他人に自慢するアクセサリーにしている人が多いですね。というか、それが目的になっている人がほとんどじゃないかと。
中身がない空き缶を転がすと、カランコロンと大きな音を立てます。いくらペラペラで周囲が格好いい!と羨望の的でも、肝心の話の中身はその空き缶。プロはそこを見抜きます。

落語は、日本文化が濃縮されパックになっている芸能です。歌舞伎や能などと違い、庶民の娯楽なので敷居も高くない。
最近、ミニマリズムが世界中で流行りらしいですが、落語は世界一コンパクトにまとめた演劇のミニマリズムであると同時に、濃度の違いはあれど「日本文化」もコンパクトに詰まっています。『笑点』の司会である春風亭昇太師匠は、落語は世界一コンパクトな演劇であると表現していましたが、この言葉を借りれば「世界一コンパクトな日本文化」とも言えなくもない。
外国人にとっても、笑いながら日本文化を勉強できるというツールとして、落語が徐々に知られつつありますが、それは日本人も同じ。英語を勉強することによって、落語から日本文化のエッセンスを勉強する。一粒でこんなに多彩な味がする飴はありません。

英語のテキストに迷っているくらいなら、ようつべで英語落語を聞いていればいいのです。ラジオ感覚でBGMとして流しておけばいいのも、落語の良いところ。名人になると聞いているだけで頭の中で映像が再生されますから。


落語も敷居が高くなければ、英語落語も高くありません。英語初心者どころか、英語がわからなくてもなんだかわかってしまう、なんだか不思議な、日本人には灯台下暗しなツールで英語を勉強してみるのは如何でしょうか。

上に挙げた桂かい枝師匠の英語落語も、古典落語ながらわかりやすくて英語の表現力の勉強になります。

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これは上方落語の古典、「いらち俥(くるま)という噺です。江戸落語ではストーリーを変えて「反対俥」という噺となっています。この英語落語もちゃんとオチがありますが、聞いててわかれば英語力あるかもよ。

 

そして枝雀師匠は落語界の名横綱。本人の英語より、落語を英語で解説したリアルな芸をお楽しみください。

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 英語の勉強、日本文化の復習、そして笑える、こんな教材はありません。

 

落語界には、英語だけではなく中国語やドイツ語落語などをやっている噺家さんもいるのですが、そう言えばちょっと前の『笑点』で、林家三平師匠が大喜利の挨拶で中国語をしゃべってました。
私は中国語には厳しい「淡路の中国語の師匠」。もし三平師匠が自分の弟子なら、

「声調メチャクチャや!声調は中国語の命やて言うたやろボケ!」

「それ発音ちゃうわ!ワシそんなん教えたかアホンダラ!」

と灰皿を投げて怒っていたことでしょう(笑

 

■■第一章、第二章も読んでね■■

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