昭和考古学とブログエッセイの旅

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

ブログ移転のお知らせ

私のTwitter垢を見てくれている方は、もうご存じでしょうが、今年の1月よりワードプレスにてブログを移転しました。 新しいブログのリンクは最後に貼りますが、今年よりブロガーとして本格的に稼働することになり、心機一転WPへの移動となりました。 別には…

難波病院ーその病院、訳ありにつき

先日…といっても先月になってしまいましたが、なんばパークス南側、ヤマダ電機LABI1なんば店横のホテル建設予定地から「遺跡」が出てきたという記事を書きました。 parupuntenobu.hatenablog.jp この記事中に、「大阪市パノラマ地図」という地図を出しました…

なんばパークス南で謎の遺跡発見!その正体を追う

大阪の難波にある「なんばパークス」の南端、少し前の記憶がある人は大きな平面駐車場として覚えている人がいるかと思います。もっと具体的に言えば、「ヤマダ電機LABI1なんば店」の横、南海電車との間のスペースです。 そこに、タイ資本の「センタラグラン…

中国ウォッチャーが見た韓国人の頭の中-最近の日韓関係に添えて ※2019/9/2編集

前編である前回の記事の続きです。 parupuntenobu.hatenablog.jp 久しぶりに書いた記事がまさかの大花火、死に体だったうちのブログに息を吹き返してくれたのは、ひとえに読んでいただいた読者さんのおかげです。 で、かんたんな御礼はこれくらいにして、本…

消えた遊郭・赤線跡をゆく-和歌山天王新地編

遊郭・赤線跡探索がライフワークの私だが、興味の範囲はあくまで歴史であり過去である。「現役」には特に興味を持たないので和歌山県にいくつ「現役」があるのか、それはわからない。が、和歌山県で私が唯一知っている場所がある。それが今日のお題、天王新…

阪和射撃場-阪和電鉄幻の施設が今ここに明かされる

現在、関西空港へのアクセスラインとして大車輪の遅延騒ぎを起こし・・・は今や昔、JR西日本のドル箱路線として活躍している阪和線。昔は「阪和電気鉄道」、略して阪和電鉄という私鉄であった。 当時の経営陣は、ネタを残すために経営していたわけではないの…

紀和駅と駅名の由来-かつてここは和歌山駅だった

和歌山県和歌山市。かつてここには、「和歌山駅」があった…いや今でもあるやんかという声が聞こえてきそうだが、現在のJR和歌山駅のことではない。 南海電鉄和歌山市駅からJR和歌山駅まで、東西に走る一本の線路が走っている。地元住民か鉄道好きのお友達以…

神戸の近代建築に残る戦争の痕

太平洋戦争が終わってから、74年が経とうとしています。 「あの戦争をまた繰り返す気か!」 と鼻息の荒い人の横で、 「え?アメリカと戦争していたの?知らなかった!」 と驚く若者も現れ、やれ平和ボケだと目くじらを立てる人もいます。が、70年以上も経て…

消えた遊郭・赤線跡をゆく 三津浜稲荷新地編

「坊っちゃん」の降り立った地-三津浜 三津浜の遊郭-稲荷新地 電柱に残る稲荷新地の跡 おまけ 「坊っちゃん」の降り立った地-三津浜 三津浜(みつはま)は、愛媛県松山市街の北西にある港町です。古くから伊予水軍の本拠地であり、江戸時代から明治後期に…

【昭和考古学】「阪神飛行学校」と盾津飛行場(大阪陸軍飛行場)

大阪の大和川河口、現在の南港口周辺に「第ゼロ代関西国際空港」建設計画があったことを、先日書きました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 「戦前、南港に空港を作る予定だったらしい」この話は地元に伝わる伝説として小耳程度にはさんでいたものの、おばちゃ…