昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

今の中国は何故尊敬できないのだろうか。その歴史的経緯

中国

 

前回に書いたブログ

 

parupuntenobu.hatenablog.jp


はてブに、kame710さんからこんなコメントがありました。

 

昔の中国はこんなにすばらしかったのに、今はあんまり尊敬できることなく、残念です。

文字からため息が聞こえてきそうなこの言葉、同じような声がいろんな所から聞こえます。

そう思ってしまうのもごもっとも。
だって私もそう思いますもん。中国のことを知れば知るほど、その思いは深くなります。

 

中国は、日本の歴史や文化形成に多大な影響を及ぼしてきました。いちいち書くまでもありません。
これは、いくら中国が嫌いな「嫌中派」でも認めざるを得ません。


明治時代までは、日本の教養人の条件は中国古典、つまり漢文に精通した者というのが絶対条件でした。
幕末~明治維新の洋学(蘭学)マスターたちも、教養の土台は漢籍なのです。
福沢諭吉しかり、夏目漱石しかり、西郷隆盛しかり。

 

それだけ日本に大きな文化を与えてきた中国ですが、歴史をサラッと学ぶと、ある時代から急に面白みがなくなることに気づきます。
それは何故か。そこを紐解いてゆくと、中国が抱えるある「怪物」の存在に気づきます。

今日は、そこを考察していきたいと思います。

 

 

唐の時代の多様性

古代の中国王朝は、異民族の文化や、異民族自身に非常に寛容でした。
中国の文化的ピークは、遣唐使でお馴染みの「唐」の時代。
中華民族の五千年の文化がぁ~!」
とは言うものの、その文化のほとんどは唐の時代に確立されたものです。
さらにその唐文化は、当時「西域」と呼ばれていた中央アジアペルシャ(イラン)などの文化を吸収したもの。

 

長安の宮廷では、馬に乗ってボールを操るスポーツ、ペルシャからやって来た「ポロ」が流行り、「胡服」というパンツルックが流行る。
街角では西からやってきた、鼻が高く顔の彫りが深い白人系の商人が、ラクダに異国の文物を載せて市場へ向かう。

市場では白い肌の人から黒い肌の人まで、東西南北の珍品が所狭しと置かれ、東から船に乗ってやってきた若き日本人留学生が、冷やかしを楽しんでいる。
長安の酒場では、「胡姫」と呼ばれた西域の青い目の女性が接待をする酒場が繁盛し、官服を着た仕事帰りの役人たちが、ペルシャ伝来のガラスカップに注がれた葡萄酒(ワイン)片手に乾杯をする。

街の寺院では、頭を丸めた仏教の僧侶がお経を唱え、その隣の礼拝堂ではユダヤ教のラビが安息日を祝い、街角ではキリスト教の宣教師が神への帰依を説くため辻説法を行う。


なんだか唐の長安ってものすごいインターナショナルで多様性がある、今のニューヨークのような都市だったことでしょう。
歴史の事実を淡々と書きながら、頭の中で映像化してするだけでも、ワクワクしてきます。
もしもタイムマシンがあったなら、この時代の長安を覗いてみたい気分です。さぞかし活気に溢れた都市だったことでしょう。


宋と「中華思想」の芽生え


しかし、唐が滅び宋になると、北方異民族の侵略に悩まされることになります。
宋の時代、経済活動が盛んになり、文化的にも皇帝自ら文化の発信者となっていましたが、
軍事には力を入れず、中国歴代王朝の中でもダントツの「軍弱国家」となりました。
それゆえ騎馬民族の軍事的圧力に耐えることは出来ず、毎年彼らに金品を支払ってご機嫌を取ることに。

それが、今まで「アジア最強なり」と威張っていた中国にとっては、最大の屈辱だったのです。


しかも、実際に北方騎馬民族の「金」に攻められ、領土の半分を奪われてしまいます。
皇帝は捕虜になり連れ去られ、宮廷の皇女は娼館に売り飛ばされ娼婦になったと言います。
これを「靖康(せいこう)の変」と言います。

 

この時、たまたま都にいなかった皇族が長江を渡り南に逃れ、「宋」を建て直しました。
これを南宋と言います。

 

あれだけ魅力的だった中国のネジがズレてきたのは、この「宋~南宋」あたりからと私は考察しています。

そこで現れたのが、宋学と呼ばれる思想でした。


中華思想の生みの親

 

宋学」は南宋朱熹(しゅき)という人物によって形作られた、儒教をベースにした思想です。
朱熹が大成させたことから、「朱子学」とも言われます。
日本では朱子学と言った方が通りが早いので、以後「朱子学」と書きます。
今までの儒学ルネサンスする形で作られたので、英語ではNeo-Confucianism(新儒教)と言われています。

 

朱子学の内容は非常に難しいので、ここでは書きません。私もあんな机上の理想論ばかりのお説教はうんざり。
まあ、私もたいがい理屈っぽいと言われますが(笑)


朱子学には、自分の国(王朝)を異民族に奪われたという、拭いきれない屈辱がバックボーンとして存在しています。
そこから生まれたのが、「華夷の別」という考え。いわゆる中華思想です。

 

「異民族が中国の半分を支配しているが、本当の『華(文明国)』は我々にあり、向こうは『夷(野蛮人)』なのだ」

 

さらに、そこから思考を発展させます。

 

「『華』が絶対的なナンバー1であり、『夷』は『華』を抜くことはできない。よって永遠に『華<<<夷』である」

 

上の理屈、異民族に国を取られた負け惜しみ感満載なのですが、それを観念論(屁理屈)でごまかしています。

中華思想」のベースは実は劣等感で、あれだけ威張って「中国5千年~」と言っているのは、劣等感の裏返しということです。中国人は絶対認めないけど。
しかし、それでもいいのです。朱子学では「頭で考えたこと」を重視し、それが「正しい」こととされるから。

 

 

「華夷」の考えは、それ以前の中国にも存在はしていました。
しかし、ぼんやりとした霧のように、漠然とした気体としてしか存在していませんでした。
それを理論で固め「個体」にし、目に見えるものにしてしまったのが、朱熹をはじめとする朱子学者たちでした。
朱熹は「中華思想」という魔物を生み出した、「非常に偉大な人物」なのです(汗)


中国の不幸のはじまり


魔物なんて中国の歴史では何人も生まれています。
が、その後の中国王朝が朱子学を採用し、現代中国にまで続く「国家観」となってしまったのが、中国の文化史面の不幸の始まりです。

不幸だけではありません。それがイデオロギーとなることによって、それ以外を受け付けない身体になってしまったのです。
正解は常にひとつだけ。それ以外は「不正解」という、極端な思考になってしまいます。

 

文化というものは、「一つのもの」から生まれません。多数の事象・習慣・歴史などが重なり発生するものです。
なので、「文化の素」というものがあるとするならば、それは「多様性」と言えるかと思います。


日本の文化が魅力的だと海外から注目される理由も、その多様性にあります。
宮崎アニメやポケモンが何故世界であれだけ人気があり評価されているのか。
それは、いろんなものを混ぜる多様性をベースに、新しいものを創造しているから。

 

では、日本の多様性とは一体何なのか。どんなものか。私は一言で説明しています。
サイゼリヤで明太子パスタを箸で食うこと」
と。
一度外国人に聞いてみて下さい。「イタリア料理を箸で食う」発想なんてありませんから。

 

イデオロギーが一つになってしまうと、文化がしぼみ面白みに欠けてしまいます。
新しい文化の芽が産まれようとしても、上(国・王朝)が「けしからん」と根っこごと引き抜いてしまい、「上がOKを出した文化しか生まれない」という風潮になってしまいます。
「官製文化」しか認められない世の中では、大衆文化は絶対に生まれません。


元の文化復興


モンゴル族「元」南宋を滅ぼします。日本は鎌倉時代のことです。
元は唐と同じく多様性を認める文化を持っていたため、草一本生えなかった文化の土壌に、芽が出て花が咲き始めます。
景徳鎮の陶磁器が花開いたのもこの時代だし、日本人にも人気がある『西遊記』『三国演義(いわゆる三国志)』も、「元文化」の産物です。

 

性質は唐王朝に似ている元が続けば再び文化の花が咲き乱れていたに違いないのですが、元は「明」に追われ、モンゴル平原に帰っていきました。
(※註:学校では「元は明に『滅ぼされた』」と習いますが、それは間違い。明の後も、元は「北元」として明が滅んだ後も残ります。モンゴル側から見たら、「自宅追い出されたから故郷の実家に帰っただけ」ですが、歴史は他方側から見ることも大切です)


明による文化の急速劣化と精神的引きこもり


中国文化史にとって、明は中国の「文化劣化」を決定づけるとどめの一撃となりました。
明以降、中国文化にオリジナリティがなくなり、非常につまらなくなったからです。
その理由は、朱子学の事実上の「国教化」です。
「国教」と言っても宗教ではないのですが、朱子学を「国教」とすることにより、政治イデオロギーが一本化されます。


イデオロギーが一本化するもう一つの弊害に、「政治的自由がなくなる」があります。
上で「文化創生には『多様性』が必要」と書きましたが、大衆文化を花開かせる肥料に「自由」も必要です。
この自由とは、言論の自由とか表現の自由とかを指します。
文化史から見る「自由」とは何か。国家から「ああせい、こうせい」「あれはダメ、これもダメ」と押し付けられないことです。

 

イデオロギーと国の文化介入で国をダメにした国家が、最近までありましたね。ソビエト連邦ことソ連です。
ソ連の前のロシア帝国は、今では信じられないかもしれませんが、科学・芸術分野は世界最先端の国でした。
政治的な自由はなかったですが、王朝が文化に介入しないどころか保護していたので、様々な文化の花が咲きました。

 

しかし、ソ連共産主義イデオロギーを強制注入させ、文化まで「国家の管理」にしてしまったため、あれだけ輝いていたロシア文化が見事に枯死。


その後遺症は、ソ連が崩壊した今も続いています。「文化の種」が、まだ海外で保存されていただけマシですが。
ウソと思うなら、よく考えてみて下さい。ソ連が何か文化を生み出しましたか?テトリスくらいでしょ?(笑)

 

それを揶揄ったアネクトード(ロシア小咄)に、こういうものがあります。

ハンガリー首相「ついに我が国に海軍省を作ることになりまして」


ソ連大使「それはそれは。でも、貴国には海がないじゃないですか。海軍省を作っても無用の長物では?」


ハンガリー首相「貴国にも文化省があるじゃないですか」

 


朱子学は、その本体に排他的かつ「俺様一番」なバックボーンを持つため、自然と排他的になる上に「上から目線」となります。
排他的になると、多様性を失う上に自由も抑圧するので、文化の種を植えても育ちません。
よって、世間全体が停滞どころか劣化してしまいます。

 

明の中期以降は、「北虜南倭」といい、北からモンゴル族(北元)、南からは倭寇に国がいじめられる、非常に不安定な王朝でした。
それに対して、今に残る「万里の長城」などの対処療法は取ったものの、頭痛の種が取れたわけではありません。
そこで、負け惜しみとして余計に「中華思想」に凝り固まり、現実逃避することになりました。
いじめられて引きこもりになってしまった人が、
「俺は・・・実は本気でケンカしたら強いんだぞ!」
と妄想するようなものです。

じゃあ、強くなるために身体を鍛えたり、勉強したりするのかというと、それもやらない。
いじめられる度に、ずっと頭の中で「勝利宣言」し続けるだけだったのです。

 

その構造は、近代中国を代表する文学者、魯迅の傑作『阿Q正伝』の主人公、阿Qに現れています。『阿Q正伝』は青空文庫で無料で読めるので、お暇な時にアプリで見てみて下さい。中国人が今まで見て見ぬフリをしていた「病巣」を、容赦なくえぐった傑作です。


清の停滞


明が滅び「清」になり、状況は少しだけ変わりました。しかし、ほんのちょっと動いただけでした。
残念ながら、清の支配民族の満州族には、漢民族文化を超える文化がなかったのです。
そこで、「中華文化」をレンタルして自民族に取り入れていくうちに、「庇を貸して母屋を取られる」という状態に。
さらに、文化的な「自由」も、最後まで生まれませんでした。

清朝は、政治の力で『古代』を人工的に再生産し、アジアに停滞をもたらした王朝である」

司馬遼太郎に鼻で笑われる有様でした。
司馬さんが「停滞」なら、私は「劣化」と表現します。

 

そして中国人、というより中国「王朝」の精神世界に巣食う、「中華思想」という怪物を退治しないまま引きこもってしまったため、プライドだけはめちゃくちゃ高い、歪んだ人間を作ることになってしまいました。

 

中国歴代王朝文化値グラフ

 

唐をMAX100とした、中国歴代王朝の「文化値」をグラフにしてみました。

文字でグダグダ書くより、こうしてグラフにしてみた方が、視認効果が大きくてすぐわかると思います。もちろん、独断と偏見ですが(笑

 

 

現代中国の野望と危機


その「怪物」が長い眠りから覚め、暴れかけているのが、今の中国・アジア情勢です。
ドラゴンボール風に言えば、封じ込めていたはずのピッコロ大魔王が復活してしまったという感じでしょうかね。
それも、欧米や日本が経済進出という形で、大魔王に栄養分(軍事費)を与えてしまったわけで。

 

 

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「うわー!ピッコロ大魔王復活させちゃったよ!(汗)」
という過ちは、日本もアメリカも、ヨーロッパもついに気づき始めました。
あ、ヨーロッパはドイツ以外ね(笑)


しかし、まだ救いはあります。
まだピッコロ大魔王が「完全体」になっていないのです。

 

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なんだかセルになっちゃってますが、まあいいや(笑)


中国の習近平は、「中国の夢」「中華復興(振興中華)」という言葉をスローガンにしています。
中国中国言っていますが、このスローガン、知っている人はマスコミが一切報道しないため、中国ウォッチャーや在住者以外、知らない人が多いです。
これをドラゴンボール風に言うと「『中華完全体』になる」ということ。

 

これ、実はメチャクチャ怖い思想です。なぜならばナチスドイツと同じ思想だから。


フィリピンの前大統領、アキノ氏はテレビで、
「中国のやり方、ナチスそのままじゃねーか!」
と言ったことがありますが、彼はちゃんと本質がわかっていたのです。
その証拠に、この「ナチス発言」で抗議したのは、言われた中国だけ。
ナチス発言にはめっぽううるさいヨーロッパは、みんなダンマリ(黙認)でした。
これ、ふつうなら大統領全世界に土下座じゃ済みません。
ここあたり、日本のテレビや新聞は全く報道しません。私も知ったのはイギリスBBCですから。


中国が目指す「完全体」とは何か。
それこそ、司馬遼太郎が言った、
「政治の力で『古代』を人工的に再生産し、アジアに停滞をもたらす」
ことなのです。

中国にとっては、進化・発展より「停滞」の方が統治には良いのです。

 

現代中国に「文化」が生まれない理由


今も中国に新しい文化が生まれる気配がないのは、根っこに
イデオロギーの一本化」
「それによって生まれる排他性」
「多様性を認めない政治システム」
があるからです。これがなくならない以上、力づくで「アジア征服」はできても、「文化の征服」はできないでしょう。
少なくても、中国政府も人民も、この根っこに気づいていない。いや、気づいても気づかぬフリをしているだけかもしれませんが・・・。

 

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