昭和考古学とブログエッセイの旅へ

昭和の遺物を訪ねて考察する、『昭和考古学』の世界へようこそ

台北帝国大学の歴史 中編【昭和考古学】

前編では、台北にある台湾大学の前身、台北帝国大学の歴史をざっくり書きました。はい、あれでざっくりです。

parupuntenobu.hatenablog.jp

 

中編は、実際に現在の台湾大学への冒険へと旅立ち、台北帝国大学の遺構を目(写真)で味わいましょう。

 

 

台湾大学への行き方

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台湾大学は、ターミナル駅や官公庁が並ぶ市街中心部から南東の方向にあります。地下鉄なんてなかった20年前はここに行くにも一苦労だったのですが、今は地下鉄でひとっ飛びです。

 

台北MRT台湾大学までの行き方


台湾大学への最寄り駅は、緑線(G線)の「公館」駅で下車します。「公館」の二つ北寄りの「古亭」駅が旧制台北高等学校への最寄り駅なので、地下鉄一本で日本統治時代の高等教育機関建物巡りが可能です。

 

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「公館」駅には、台湾大学という副駅名が存在しています。日本風にいうと台湾大学前」ですね。

もしこれが大阪なら、「四天王寺前夕陽ヶ丘」「喜連瓜破」のように二つの候補を合体させ、「公館台大」という駅名になってのかも。

 

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台湾大学の正門へは、3番出口をのぼったらすぐ・・・でもありません。大学の正門までは、この3番出口を上がって徒歩でだいたい2~3分。2~3分くらいブツブツ言わずに歩けって?それを言えるのは地上に出るまで・・・。

 

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台湾大学の正門です。

この正門の建物(守衛室)は台北帝国大学創設当時から変わっておらず、今も守衛の詰め所として現役です。

 

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台北帝国大学当時の写真ですが、光景はほとんど変わっていないことが写真の比較からもわかると思います。

鉄道や路面電車の便がなかった台北帝国大学までの交通は、当時発展しつつあったバスで補完していました。この台北帝大の正門前には「帝大正門前」というバス停があり、中心部からの直通バスで8銭だったという記録が残っています。

 

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台湾大学の正門の向かい側は、大学前らしく学生向けのカフェやスイーツ店が立ち並んでいます。スタバやKFC、吉野家などの、日本人にもお馴染みのお店もあります。

20年前に台北に住んでいた頃にも、台湾大学前にはちょくちょく足を伸ばしていました。その時は、「吃到飽(食べ放題)」と書かれた学生向けの安食堂や、難しい本が並んだ本屋が軒を連ね、学生街はどこの国も変わらんなと感じていました。今回、大学前界隈も少しウロウロしてみましたが、完全に「今時のナウなヤング向け」になっており、20年前の面影はほとんどありませんでした。

そのうちの一軒に、台北の歴史書籍を扱う古書籍店がありました。当時研究が始まったばかりの日本統治時代の資料が数多く揃っていて、台北帝国大学のリアルタイムの資料も店先に無造作に置かれていました。

店主は戦前の内地の大学を卒業した「元大学生」らしく、台湾人訛りが全くない日本語は、ヘタな日本人より上手いなと思ったほどでした。しかし、上手いですねなんて言おうものなら、僕も「日本人」だったんだからそりゃそうだ!とゲンコツを食らいそうなくらい叱られたものでした。

台北在住日本人は多かったものの、日本統治時代に興味を示しここ(台大前)まで資料を求めてやって来る日本人は、当時は相当珍しかったそうです。客らしき人と台湾語で話していても、私が来ると独り言まで日本語にチェンジ。よく来たね、台湾の歴史に興味持ってくれてありがとうと立ち読み御免、台北帝大や総督府の貴重な資料を見せてもらっていました。

しかしまあ、あれから台湾史の研究を続けていたら、今頃はいっぱしの専門家になっていたかもしれないものを。己の飽き性浮気性のバカヤロウ。

商売気が全くなかった楽隠居の道楽商売は既に終わったか、今回訪ねてみると店はありませんでした。店主のおじいちゃんの淀みのない、昭和20年でフリーズしたかのような日本語と共に、20年間おとぎ話か夢でも見ていた気がします。

 

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太平洋戦争中、『戦争反対!』と言ったらどうなるの?

「昭和は遠くなりにけり」
時代は21世紀となり、平成ももうすぐ終わりを告げようとします。
昭和という言葉がますます遠くなり、じきに文化財扱いされるのではないかと、昭和生まれの私はつくづく思います。


しかし、メリットもあります。
「昭和」という時代を、歴史学的に見れるようになったのです。
昭和史という分野は、非常にデリケートな分野でもあります。特に先の戦争のこととなると、当事者の自己弁護や感情論が渦巻き、解剖学的に書くには「それなりの覚悟」が必要でした。今でも某知恵袋なんかでは、戦争の質問となると回答欄が「戦争」になってますね(笑)
司馬遼太郎が満ソ国境で起こった「ノモンハン事件」を題材に、長編小説を書くとしていたことは有名です。ノモンハンの取材は、かの『坂の上の雲』の取材と同時進行で進められていましたが、結果的に書きませんでした。
いや、「書けなかった」が正解。
司馬はこう答えています。

「(昭和のことを)書いたら1年も持たずに気が狂って死ぬんじゃないか。私には書けなかった」

 

「昭和という時代は、私にとって書いていて実に精神衛生に悪いものを持っています。それをいつか若い世代が昭和を解剖して欲しい。私の言葉はそのきっかけとして若い人に託したい」

 

昭和前期をリアルタイムに生きた人間の、血を吐くような声です。
私が昭和史、特に昭和20年までの昭和前期史をライフワークにしているのは、司馬のこの言葉がきっかけです。じゃあ「若い世代」の一人として、昭和を客観的に解剖してやろうじゃないのと。

 

昭和前期に関しては、情勢が目まぐるしく変わる激動の時代(今もそうですけど)だけあって、興味の有無にかかわらず素朴な疑問を持っている人は多いようです。
陳腐・・・といったら失礼か、ベタ中のベタな疑問と言えば、


「なんで日本は戦艦『大和』『武蔵』なんか作ったの?」


今でも質問コーナーに定期的に出る質問です。

 

そこそこ海軍史を勉強している人なのでしょう、下のような変形バージョンも出てきます。

 


「なんで日本海軍は、空母機動部隊という世界初の独創的な戦術を編み出したのに、最後の最後まで戦艦にこだわったの?」


で、答えはって?

これを答えるには、ブログ記事2つ分くらい消費するほど昭和史を、いや日本近代史を延々と書かないといけないので、今回は答えません。

 

超ベタな質問もありますね。

 

何故日本は戦争に負けたの?

これの答えは簡単。「アメリカと戦争したから負けた」んですわ(笑)

 

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ガンガンいこうぜ!-ドラゴンクエストスペシャルコンサート@洲本

ある休日のこと、洲本の町を歩いていると、こんなポスターを見つけました。

 

2018ドラクエコンサート洲本



ほう、交響楽団によるドラクエか。

そう言えば、ドラクエどころか生オーケストラは、ヨーロッパで1回だけ聞いたことがあるものの、日本では一度もなかったりします。当時全国トップクラスの実力だった中学の吹奏楽部の演奏なら聞いたことはあるけれど、それはプロのオーケストラではない。

地元でやる、それも縁もゆかりもありまくりのドラゴンクエストのコンサート。それも、作曲者のすぎやまこういちさんと、ドラクエの制作者ほりいゆうじ(堀井雄二)さんもあらわれる。生ドラクエの上に生すぎやま&堀井も見られる良い機会だと、さっそくチケットを購入しました。

 

で、このポスターには、地元民以外は「おや?」と気づくところがあります。

 

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「あの思い出が堀井雄二の故郷でフルオーケストラと共に蘇る?」

語尾に「?」がついているところに引っかかったのではありません。堀井雄二氏は淡路島の洲本出身だったのです。

 

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他人をコントロールしようとする事、他人にコントロールされる事

 

日本特別扱いに中国反発=台湾地震の救援めぐり

headlines.yahoo.co.jp

 

台湾東部の地震で、蔡英文政権が中国ではなく日本の救援チームを受け入れたことに中国国内で反発が出ている。

共産党機関紙・人民日報系の環球時報(電子版)は8日、「大陸を拒絶しながら日本の援助を受けるのか?」と題する記事を配信した。

環球時報によると、台湾総統府報道官は8日、救援の人員や物資は足りていると説明し、中国などの援助を辞退しながら「唯一の例外は日本だ。高価な探査機を持っている」と発言した
日本の救援チームは8日、震源地に近い花蓮で、傾いたビルで人命探査装置による捜索活動を始めた。

 

まずは、地震で亡くなられた住民のご冥福をお祈りいたします。一日も早い花蓮の回復をお祈り申し上げます。

 

この記事は、台湾の蔡英文総統が中国の救援隊を断り日本のを受け入れたことに、中国がキャンキャン吠えている「いつもの流れ」です。

結果的にはこれ、選ぶのは台湾の方。どちらを選ぶかは相手の勝手。
「カラス何故鳴くの。カラスの勝手でしょ
というドリフターズの替え歌がありましたが、そういうことなのです。
「勝手でしょ」という、自分がコントロールできない事を必死にコントロールしようとし、他人が持っている選択権を俺によこせとなるから、イライラするハメになる。中国は体を張って、俺みたいになるなよと世界中にアピールしてくれているのです。
それか、同時に好きな女の子に告白してフラれた方が、
「あいつは特別扱いだから(=俺様を振りやがって!)」
と負け惜しみを言っているというか。

同じ言うなら、
「日本よ、うちの台湾を頼むぜ」
と彼氏気取りでメッセージを送った方が良い。どうせ叩かれるなら、こちらの方がよほど「中国らしくて結構」と思いますわ。


しかしこれ、中国のことを笑えたものではありません。
人の振り見て我が振り直せ、個人レベルでもコントロールできないことをコントロールしようとして、一人もがいていることが見受けられます。

 

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ブログと自分史

 

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2月6日はブログの日

 

なんだそうです。

 

www.yuru-ppo.xyz

 

こんな日誰が決めたんや、そもそもなんで2月6日がブログの日やねん!

と吠えても仕方ない。ただ、ブロガーとしてこの日はちょっと見逃せない。
全日本2,300万の(?)ブロガーの諸君は、この日にいっせいに記事を上げるが良い。私もそもそも予定がなかったものを、こうして無理矢理上げているのだから(笑)

 

それはさておき、我々は、はてなブログでブログを書いているわけですが、ブログとはそもそも何なのか。

 

ブログは、狭義にはWorld Wide Web上のウェブページのURLとともに覚え書きや論評などを加えて記録(ログ)しているウェブサイトの一種。
「WebをLogする」という意味でウェブログと名付けられ、それが略されてブログと呼ばれるようになった。
その執筆者はブロガー、個別記事はブログエントリーと呼ばれる。

(By Wikipedia先生)

 

まあ、そういうことです(笑)

私のブログの定義は、「アウトレンジ発信型Webノート」だと思っています。
ブログは、基本的には何を書いても自由です。非公開で書くという方法もあるものの、基本的には無差別発信型です。書くことによって物事や自分自身を客観的に見据え、その反応によって物事の視野を広げる「書き物ツール」が、ブログなんだろうと。

そういう意味では、ツイッターFacebookなどのSNSも同じです。
しかし、ツイッターは日本語なら140文字という文字制限があり、Facobookは発信の射程距離が短い。私がブログをやっている理由は、それらの欠点が自分にとって致命的だから。ブログは自分にフィットするツールなのです。

 

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台北帝国大学の歴史 前編【昭和考古学】

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台北の郊外、公館という地に台湾大学が鎮座しています。11の学部に50以上の学科を備え、3万人ほどの学生が在籍している、台湾一の総合大学です。

中国の伝統的価値観では、犬である武官より犬をコントロールする文官の方が格上でした。しかし、台湾では何故か昔から理系重視の流れでした。最近は特にその傾向が顕著らしく、台湾大学の「台湾一」という看板は外れつつあるそうです。とは言ってもブランド価値はまだまだ台湾一。キャンパスを歩いていると「台湾の東大」の風格を見せています。

 

そんな台湾大学、日本統治時代は台北帝国大学という名前で、キャンパスも校舎もそのまま流用しています。少なくとも、前回の旧制台北高等学校(現国立台湾師範大学)よりかは有名じゃないかと。

しかし、台北帝国大学だったのはわかっているけれど、一体どういう経緯で作られて、どういうコンセプトの大学だったのか。何故台北に大学が出来たのか?

そう問われると、人に偉そうなことを書いている自分が、わかっていそうでわかっていない。

今回は、そんな外地にあった帝国大学の話を。

 

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不要(プーヤオ)

海外に旅行や仕事で行く際、現地の言葉を覚えるのは決して必須ではありません。しかしながら、挨拶の言葉くらいは覚えておくのは、ちょっとしたマナーとも言えます。

そう言われなくても、いろんな思惑で覚えてから行く人は多いと思います。

しかし、そういう基本的な言葉以外にも、覚えておいた方が良い言葉もあったりします。

 

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中国に限らず、旅行をしたりしてうざいのは、しつこくつきまとってくる客引の連中。
中国旅行を経験したことがある人なら、観光地やショッピングでしつこい客引きや店員に、不愉快な思いをした人も多いと思います。

しかし、彼らも生活がかかっているので必死です。

中国では、彼らに対して、ののしり言葉や強力殺虫剤より効く言葉があります。

 

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